2003年の読書記録*3月



嫌われ松子の一生  山田宗樹  幻冬舎
満足度
お薦め度
★★★
あらすじ 夏休みを恋人となんとなく過ごしていた今時の大学生、笙(しょう)の部屋に、急に父親が訪ねてきた。「松子おばさんが死んだ」と父は告げ、孤独死だった彼女のアパートの後始末を頼むと言うのだ。
笙はそれまで自分にそんなおばさんがいると言う事を知らなかった。
しかも、松子伯母の死は、殺人によるものだと知る。
笙はだんだんと、松子伯母さんの生涯に何があったのか、知りたくなって・・・。
感想 大学生の笙の目を通して、明らかになる「松子の一生」と、当時の松子が一人称で語る「自分の一生」との2次元構成になっている。これが、ミソと思う。
多分、松子の一生だけの物語なら、もっともっと暗いだけの物語になっていただろう。
「これでもか!」というアンラッキーが、次々に松子に降りかかるのだから。
でも、笙が物語りに加わる事によって、「死」だけではなく「生」と向き合う事ができる。
松子の一生を垣間見た事で「自分の生も有限なのだ」と、気づく笙に、読者も共感するのではないだろうか。
そして、物語の終焉には若い笙と恋人の前向きな未来に、パワーを与えられる事だろう。

半日で読んでしまうぐらい、すごく面白かった。
久しぶりに「ノンストップ」で読み終えた。





半落ち  横山秀夫  講談社
満足度
お薦め度
★★★
あらすじ 一人の警部が、妻を殺してしまう。
早々に自供はするのだが、犯行から自主まで2日間の間があった。
その間に何があったのか?
犯行は認めても、2日間の事は一切黙して語らず・・これを「半落ち」と言う。
警察、検察、弁護士、裁判官、刑務官、新聞記者・・・6人の目と立場を通して徐々に真相に迫る。
感想 焦点となる「2日間の空白」をめぐっての、各方面の熾烈な戦いと駆け引きが見ものだ。
最初は「早く教えてくれよ」という、じれったさがあったが、主眼が変わるたびに、その人たちの人となりから犯行を犯した警部への感情、自分の立場に対する気持ちなどが丁寧に描かれていて、読ませられた。
犯行さえ認めてしまえば、犯人の心理に思いを馳せる事もなく、ベルトコンベアーに乗せられたように、最終的に刑務所に行き着く。
それが正しい事かという問題提起が重かった。
そして、何よりも犯人となる警部のすんだ瞳と深みのある人物像が、物語を「情」あるものにしていると思う。
2日間の謎は解けるのか?
最後までひきつけられる話だった。
*個人的には「腹話術の人形に似た栗田警部」がどんな顔か気になった・・・。





ネグレクト  海野真凛  文芸社
満足度
お薦め度
★★★
あらすじ 愛は、中学3年生。施設育ちだ。
母親は3歳の時、いったん愛を施設に入れたが、10歳で再び引き取る。
しかし、火事で死んでしまったため、施設に逆戻りしてからずっと施設にいた。
母親に虐待を受けていた愛だけど、成績は極めて優秀、品行も極めて方正。
高校に入ると同時に、施設を出て一人暮らしをはじめ、施設の先生も学校の担任も応援してくれた。
ところが意外な事件が愛の身の上に降りかかる。
親の愛を一切受けられなかった孤独な少女が、やっと見つけた拠り所が崩れた時、愛の不幸が表面化する。
感想 思っていたよりもフィクションが大きかった。
じつはもっとノンフィクションに近いものを期待していたのだが。
読み物として読んでしまえば、それなりに面白い、というか一気に読める、迫力がある。
愛を優しい気持ちで取り巻く大人たちも、いい感じで描かれていて、その人たちの「愛を救えないのか」という苦悩が、読者の胸に迫ってきて感動させられるのだけど・・・。
やはり、どうしてもノンフィクションのトリイ・ヘイデンの作品と比べると言うか・・。
でも、小説として楽しむ(?暗い作品なので、楽しむと言うと語弊がありそうだけど)だけなら、すごくエンタメ性が強いと思った。
「ネグレスト」というのは、虐待の中のひとつで「育児放棄」の最たる状態を言う。
「母親って何?」と、叫ぶように問い掛ける愛の気持ちが、読者に突き刺さる。





ハンニバル  トマス・ハリス  新潮文庫
満足度
お薦め度
★★★★★
★★★★
あらすじ 「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」に続く、シリーズ最終巻。
あれから7年、クラリスはある事件によって、孤立無援背水の陣の窮地に立たされていた。
かたや、レクター博士は、フィレンツェに・・。
ふたりが出会うとき、運命は大きくうねりを見せる・・・?
感想 映画はもちろん見た。
だんぜん、原作のほうが良い!
クラリスの処世の不器用さの根っこや、レクター博士の知られざる過去にも筆は及んでいて、感無量だ。
メイスンとその豚は、映画よりも迫力があり、映画とは違うメイスンの最後も、また、原作ならではのメイスンの妹も、すべてがすばらしかった。
フィレンツェの刑事パッツィも、描き方がこまやかだったし、バーニーやカルロ、なんといってもクレンドラー!(グリーンマイルのパーシー以来の嫌なやつ!)映画よりもずっと深く丁寧に描かれていて、もう、言う事なし。
今まで読んだどの本よりも「えぐさ」を持ちつつ、それだけではなく読ませるという点で、秀逸。
終わりが来るのが寂しいと感じさせてくれた。(←最大の賛辞)
久々の大ヒット!
しかし・・・ラストは・・・納得しかねるかな?
あれで良いのか?
強いクラリスが好きかも・・・。





ブラック・ティー  山本文緒  角川文庫
満足度
お薦め度
★★★★
あらすじ 日常の中の些細な過ち、小さいけれどきっちり犯罪、(でもその小ささゆえに?罪の意識はなかったりして)そんなテーマでくくられた短編集。
感想 読んだことがあるような、ないような・・・。
短編集なので印象が弱かったのかもしれないが、もしも、再読だとしたら、ほとんどの話に記憶がなかったので、初めてと何ら変わらず、そのうえとても面白く読めた。
私は断然長編のほうが好きなんだけど、山本文緒さんは短編もかなり面白く読ませてもらえる作家さんだ。
本書の中で「ニワトリ」と言う話は、痛烈な印象で記憶にあり、以前読んだあとも、思わず夫にストーリー(というか、主人公の性格)を熱く語った。
「ニワトリ」は、他の短編集にも含まれているのか知らないが、4〜5年前に読んだとしたら、今でも覚えていたんだから、なかなか忘れがたい「面白い作品」と言うことだ。
重い作品ばかり読んだあとなので、軽いタッチのものでさくさく読めた。さすが山本さん。





涙  乃南アサ 幻冬舎
満足度
お薦め度
★★★
あらすじ 陶子は、娘の離婚によって過去に引き戻された。
思い出に出てくる婚約者は、今の夫とは違う人物だ。
なぜ、その思い出の中の婚約者と結ばれなかったのか?何があったのか?
戦後の復興を終えて高度経済成長の昭和60年代を舞台に、当時の流行や文化暮らしを織り交ぜながら、陶子にとって忘れられない慟哭の事件をなぞる。
突然消えてしまった婚約者を探して、やっとたどり着いた真相は?
感想 暗いです!
乃南さんの作品には「風紋」という、身も蓋もないぐらい暗い作品があるけど、本作品も相当暗いです。
物語は消えた婚約者を探す主人公の視点が、メイン。
なぜ消えてしまったのか、分からなくてあきらめられない女心が切実で胸を打つ。
彼女の「涙」という意味でのタイトルなのかもしれないけれど、私はもう一人、我が子に死なれてしまう刑事の気持ちがとっても痛くて、事あるごとに娘を思い出すその刑事の気持ちに涙した。
なんで?という、読後感。





クローン人間  饗堂 新   新潮選書
満足度
お薦め度
★★★★
あらすじ そもそも、クローン人間とは何か?
その存在の是非を問う前に、正しい知識を。
その上で、もう一度クローンについて考えてみよう・・・。
いまや「クローン人間」も「キメラ(異種配合)」「バイオハザード」も、サイエンスフィクションではない。
そのうち、クローン人間なんて発想は古くなり「人体サイボーグ化」と言う時代が来るのか・・・。
感想 この著者、饗堂さんというのはミステリー作家だ。なので、これも、新聞広告で見たときクローン人間を題材にしたミステリかと思った。ので、図書館にリクエストしたんだけど、いざ、手元に来たらびっくり!!なんだか、難しい専門書とまで行かなくても、ふつうの文学作品とはちょっと違う。
なんと言っても「新潮文庫」とかじゃなくて「新潮選書」だもんね。
図書館の人に手渡された時の居心地の悪さ!!赤面しそうだった。
でも、どうやら私のリクエストに応じて「購入」してくれたみたいなので、責任も感じたのでガンバって読んだよ。
でも、残念ながらあまりよく分からなかったかも(苦笑)
ただし、文章は易しく分かりやすく書いてあるので、ちょっとあたまのいいひとなら、きっとよく分かるだろうと思う。

クローン人間を作る事には反対だと言いながらも、著者は丁寧にクローン人間ってなんなのか、どうやって作るのか、いままでの学者たちの試行錯誤を提示しながら、どういう意味で必要とされるのかなどを、分かりやすく書いてあるのだ。
一番特筆すべきは、やはり生殖医療だろう。
不妊に悩むカップルの中には、切望する人たちもいるだろう。
胚とか、細胞とかの時点で操作を加えたら、つまりは男性でも子宮を持ち、男性同士のカップルでも他人(女性)の遺伝子を頼らずに、子どもが持てるというのだ。
つまり、現時点で、妊娠不可能なカップルのためには、男女のカップル、ゲイのカップルを問わずとても有望視される技術なのだ。
男性に子宮・・・びっくりするような内容だが、こういうことがとってもわかりやすく書いてあるのが本書だ。(私はきちんと理解できていないけど・・・)
それから、病気の子どもを救うために使われるという方面でも、詳しく書いてある。
もしも、クローン技術で、病気の子どもが救えるとしたら、何が何でもクローン反対とはいえなくなってくるのではないか。
この本の終わりには将来の予見として「人体サイボーグ化」も、触れたいる。
それも、たとえば「筋ジストロフィー」のような筋肉の病気に有効だとなれば、それを食い止めるのも非情に感じられるだろう。
クローン技術は、この先何年かかかって確立すると、著者は予想する。
そして、その恩恵にあずかる人は必ず出てくるだろう。
社会の流れの前には「それは、人間の踏み込む領域ではない」と言う言葉は、説得力を持たないだろう。
人間の欲望や探究心は果てる事がなく、そして、倫理観も時代と共に変わっていき、いつか、クローニングも容認される時代が来るのではないか。
「脳死臓器移植」「遺伝子治療」「遺伝子組み替え食品」など、反対運動があっても、すでにしっかりと市民の生活に組み込まれている技術もあるのだ。
排除すべきだとする反対意見が「倫理観」であった場合、それは社会の流れの前には弱いのではないか。
と、言うような事が書いてあった。
ほとんど著者の言葉ですみません。
でも、 人間って、どこまで行くんだろう、と呆れると言う言葉では足りない、空恐ろしい感じがした。





しょっぱいドライブ  大道珠貴  文藝春秋2003年3月号
満足度
お薦め度
あらすじ 九十九さんは60くらいのおじさんで、お金があってとっても人がいい。
主人公の「わたし」の、父親や兄はその人の良さに漬け込んで、お金を借りたままにしている。
そして、「わたし」も。
劇団員の追っかけをして、劇団員を好きなのに、九十九さんとなんとなく付き合っている女と、人がいいだけで風采の上がらない初老の男との、物寂しい物語。
感想 これ・・・・
面白いんですか?
書評も読んだけど、選考委員たちの感想も、二分されている。
私は、小説に求めるものはなんらかの「感動」なのだけど、どうもこの作品とは相性が悪かったのか・・?感動って言うものはなかった。
ともかく、主人公に共感できない。
劇団員の「遊さん」のことを追いかけながらも、なぜか九十九さんを放って置けなくてドライブやデートしている。
「九十九さんと游さんの、どっちがいい。略。いや、どっちにしろ嫌なのだ。どっちも嫌なのだ。どの道嫌なのだ。」なんて考えてるんだもん。主人公。
読んでるこっちにも伝染してきそうな気だるさがうっとおしかった。
「湿ったユーモア」とか「小さな笑いや哀しみ」とか「さみしいユーモア」とか選考委員さんたちは誉めておられるが、ちっとも笑えなかったし、ユーモアも感じられない。
芥川賞って不思議ですな。正直言えば。
あえて誉めるなら、特徴のある文体、句読点の打ちかた・・と言う所でしょうか。
わたしには「純文学」が分からないのでしょうねぇ・・・。





ラッキーマン  マイケル・J・フォックス 
         ソフトバンク・パブリッシング
満足度
お薦め度
★★★
あらすじ ハリウッド俳優のマイケル・J・フォックスの自伝。
感想 すごく面白かった・・と言いたかったが、残念ながら、文章がとっつきにくかった。
大分翻訳ものを読むのも慣れたかな、と思っていたが、ちょっと読みづらかった。
でも、われわれの知っている俳優としてのマイケルと、違う一面は見て取れたし、ヒット作に出ていたころの裏話などもあり、面白かった。
でも、なんと言っても、パーキンソン病にかかり、それをひた隠しにしていた時の苦労や、家族愛、そして、病気によって本人の内面が変わっていくくだりは感動的だった。
もっと言えば、病気を公表してからの周囲の反応や、マイケルが自分に何ができるかを考えて、実行していくところは読み応えがある。
これが一番、読みたかった。本書では最後のほうなんだけど、もっと詳しく読みたかった。
偶然だけど、先に読んだ「クローン人間」に出てきたパーキンソン病に有効な治療の「ES細胞」の研究が、ここでもやはり書いてあり、マイケルは期待していた。





手紙  東野圭吾  毎日新聞社
満足度
お薦め度
★★★★
あらすじ 盗みを働いた上に、家人に見つかり、殺してしまうという結果的に見たら「強盗殺人」で、つかまった兄を持つ直貴。
将来の夢も希望も、兄の犯行のせいで泡のように消えていった。
身内に犯罪者が出るとどうなるのか。
罪を犯したわけでもないのに辛い試練にさらされる直貴が下した決断とは・・・。
感想 やはり、ここでも「風紋/乃南アサ」思い出しました。
といっても、本書は一貫して犯罪者の実の弟に焦点をあてて展開する。
タイトルの「手紙」と言うのは、刑務所から兄が弟に宛てて書いた手紙のことか。
あまり慣れていなさそうな文章で訥々と、弟の身を案じているのが切なくなって涙を誘われる。
自分自身が罪を犯したわけではないのに、厳しい差別にさらされる直貴。
なぜこんな目に会わなければならないのか・・しかし、読み手のわたしも、実は差別する側なのではないかと思い至るのだ。





火の粉  雫井脩介  幻冬舎
満足度
お薦め度
★★★★★
あらすじ 勲は判事だ。
退官する直前の裁判では、ある一家惨殺事件の容疑者(被告人)を無罪にした。
彼の反抗とするには不自然な点があり、検察側もそれを証拠立てて説明することができなかったのだ。
疑わしきは罰せず・・・。
それから2年、ある日勲の一家のとなりにその時の被告人が、偶然引っ越してきた。
勲の妻はその元被告人武内を、よき理解者として歓迎するが・・・・。
感想 こんなの、待ってました!という感じのミステリだ。
「虚貌」では、視点がかわりすぎて消化不良だった感がある。
本書も、同じように「勲→妻の尋江→息子の妻の雪見」という風に視点がかわる。
しかし、まったく違和感はなく、逆に、とっても物語にふくらみが出たと思う。

老人介護や嫁姑、小姑の問題。
夫との誤解が誤解を呼ぶすれ違い。
幼い娘と関わり方に悩んだり、公園での他のママさんたちとやり取りを持て余したり。
娘の第一次反抗期、しつけと虐待の問題。
誰もが一度はとおる道?
小さなエピソードの一つ一つに「そうそう !」と頷かされる説得力があった。
ミステリー小説としてではなくても、十分「おんな」として共感したり、予備知識を与えられたりしながら読めたのだ。
特に介護に関わる大変さは、肉体的だけでなく精神的にも、消耗するのかもしれないという事がとってもリアルに書いてある。
かといって、ミステリー性が低いかというととんでもない!
その家庭に、あらすじで書いた「武内」が入り込んできて、それからが、何が起きるのか何が起きているのか分からない不気味さが充満する。
「真実は何か?」分からなくて、知りたくて先を急ぐ・・・それがミステリーの醍醐味!
ドキドキハラハラのすえにある「真実」は・・・。
ひさーしぶりにサスペンスらしいサスペンスを堪能した、と思う。
ネタばれする部分はちょっと安易かな、と思ったがそれを差し引いても、上出来、満足。