2003年の読書記録*5月



邪魔  奥田英朗  講談社
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★★★★
あらすじ 小さな放火事件が招く家庭崩壊と、それを追いかける刑事たちの人間模様。
感想 人はこうして、坂道を転げ落ち、人生を転落していくのか・・・という、お手本みたいな人物がたくさん出てくる。
まず、しょっぱなから登場する不良たち。オヤジ狩りなんぞをしているうちに、だんだんと危ない方面に導かれていく。
そして、主人公の刑事の宿敵のような刑事。こいつも、転落の一途。道連れあり。このあたりの警察内部のドロドロとした体質がみごとに描かれていて、小説とはいえ日本の法治に対して不安を抱いてしまった。
なんと言っても、もう一人の主人公である主婦とその夫。この夫婦の転落人生は半端ではなかった。
主婦、恭子は、ひょんなことからパートの待遇改善のために尽力する事になるのだが、そのために自分の大事なものをなくして行く。
坂道でボールを転がすと、ボール自身では止まらない。
それと同じで、人生も、落ちていくのに加速がかかると自分の頭では「止まりたい!」と思っても、体は止まらず、何とも仕方のない状態になるんだろうな・・・・そんな読後感でした。
こういうの、好きです。





変態  藤本ひとみ  文芸春秋
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★★★
あらすじ 主人公の奈子は、日仏作品の翻訳者でありエッセイスト。
10冊ほどの出版を経て、次はナポレオンの前妻ジョセフィーヌの伝記エッセイを書きたいと願っている。
その資料をもとめるうちに、ある男性と知り合い、今までは自ら閉ざしていた性の快楽への扉を開けることになる・・・。
感想 この「ある男性」というのが「変態」・・・ という話ではありません!!
変態と言うのは、芋虫がさなぎになり蝶になるように、ヤゴがさなぎになりトンボになるように、「形態を変える」と言う意味の「変態」なのである。
誤解なきように・・・。
現代の物語であるのに、随所に、自著の作品を彷彿とさせるエピソードを盛り込みながら、奈子が殻を破って、官能を得ていく様が藤本さんらしい、格調高い「エロ」で描かれている。
格調が高くてあんまりいやらしく感じられないくらい。

正直言って、やはり藤本さんには歴史ものをもっと描いて欲しいなー。と思った。





王妃の離婚  佐藤賢一  集英社文庫
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★★★★
あらすじ ぴょんちゃんから、お借りしました。
時は15世紀の終わりごろ。
時の王ルイ12世が王妃ジャンヌに対して離婚訴訟を起こした。
孤立無援の王妃に対して、過去の影を引きずる弁護士フランソワが弁護する事になった。
裁判の行方は・・?
感想 この作品が直木賞を取った時から、読みたいと思っていた。
ストーリーはぜんぜん知らなかったので、この時代にこんな裁判があったということに驚いた。
この世をわが世と思っているような王様は、離婚も自由にできると、思い込んでたし、まさか、そのために裁判が起こされるなんて。
読み進むうち、最初は只の陰気で不細工な王妃様が、だんだんと魅力的になってくる。
モノクロの人物描写に鮮やかな色彩が施されるように、見事に変貌していく。
フランソワの駆け引きは、鮮やかだったし、フランソワの過去、そして秘めたある出来事などとうまく絡み合わされていて、とても面白い展開であった。
心から消えることの無いフランソワの昔の恋人への思いがとても切なかったし、もう一人のフランソワが誰であるのかが分かった時など、涙がつつーっと・・。
読み応えがありました!





T・R・Y  井上尚登  角川文庫
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★★★★
あらすじ 1911年、上海の刑務所で、詐欺師の井沢修は中国人の関に命を助けられる。
関が中国の革命党員だったことから、伊沢は仲間になり、革命のための武器を手に入れるために、日本に渡る。
仲間たちとともに、日本での一世一代の大芝居が始まった。
感想 終始わくわくするような面白さだった。
主人公の井沢修は詐欺師ではあるけど、人物像がとても魅力的に描かれていた。
詐欺の手腕や度胸もさることながら、なによりもぶっきらぼうな中に隠した優しさに惹きつけられた。
ほかの登場人物も皆魅力的に描かれていたが、私が特に好きだったのは、喜春ねえさんと呼ばれる元芸者の老女だ。
伊沢やその仲間を、まるで子供のように可愛がり「死んでしまったら終わりだ。生きていておくれ」という喜春姐さんの言葉が切なかった。
日中の歴史的主要人物がいっぱい出てきたり、帝国主義から抜け出そうと革命の嵐吹く時代の、歴史的な背景の織り込み方もうまくて、易しい歴史ガイド、といった部分もあり。
最後の方は展開が読めたが、それでも「やっぱり!」と、自分の読みが当たった事が嬉しくなるような、そんな面白さがあった。
うん、こういうストーリーは大好きだ!
映画になったこともあり、天邪鬼な私は読むつもりが無かったので、貸してくださったぴょんちゃんに感謝、ありがと♪





永遠の出口  森絵都  集英社
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★★★★★
あらすじ 主人公紀子の小学校の3年生から、高校卒業までを連作短編の形でつづった1冊。
感想 なおぞうさんからお勧めしていただいた。

紀子は私たちの娘であり、そして私たち自身である。
友達同士の誕生パーティー、押し付けがましい友達や体裁を重んじる母親、意地悪なおねーちゃん(笑)など、心当たりがありすぎるぐらいあって、「え?私のことでは?」と思うほどに、その歳の少女の心境が巧みに描かれていると思う。
主人公の紀子は私とほぼ同世代(あるいは1年か2年か3年ぐらい下かな)だ。
なので、不良が頭につけているのはワックスではなくてディップだったり、ちょっと大人ぶって飲むのはコークハイだったり、サンリオの文房具(出始めだったよね)を選んでみたり「エースをねらえ!」でテニス部に入ったり「ガラスの仮面」で演劇部に入ったり・・・・・。 「そうそうそうそう!!そうだったんだよ、あの頃は!!」と、嬉しくなり、そのディテールの選び方の絶妙さに、にまにまと口元が緩みっぱなしだった。
なによりも、思春期の無常観が、自分自身が感じたのとまったく同じように描かれていて「分かる分かる!!」と、うなづいて読んだりもした。

誰もが一度はとおる道。
そして、二度と来ない時間。
失った時は永遠に取り戻せない。
「永遠」と言う響きの中に、逆に「限られた時間」を感じて、 何ができるのか?何をしたいのか?無為に過ごすよりは、何かをしていたい。できることをできるうちに!元気のあるうちに!・・・・そんなエネルギーを与えられるような読後感だった。
本は終わっても、物語はまだまだ続いている。紀子のも、私のもね。





100万回の言い訳  唯川恵  小説新潮連載
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★★★★
あらすじ 38歳の結子と40歳の士郎は結婚して8年の夫婦。子供はいない。
そろそろ子供を作る事に、タイムリミットを感じた結子は、「今夜こそ」と、「その夜」を夫の士郎に指定する。
ところがそんな夜に限って、マンションに火事がおき、二人は焼け出されてしまう。
それをきっかけに一時期別居を決めた二人に、結婚とは、夫婦とはなにかを考えさせる出来事が・・・。
感想 5月号で連載が終わったので、感想をアップします。
連載中から、次が楽しみに待たれる作品だった。
年齢的にもとても近い事もあり、この年代の女が感じる焦りのようなものが、リアルに描かれていてこちらにもぐさっと伝わってきたし、 結子が、若い男の同僚に言われて傷ついたり歓んだりする事の一つ一つ、すごくよくわかって共感を覚えた。
また、士郎のほうも、うちらの年代の男の考えている事はこんな感じかな?と、面白かった。
仕事にバリバリ燃えるでもなく、家庭を大事にするわけでもない、なんとなく気の抜けたような・・・。
もちろん、そんな人ばかりとは思いませんが!!(笑)
士郎の周り女の影、結子の周りに男の影・・お決まりのストーリーだけど、それぞれの人物が魅力的に描かれていたので、とても興味深くその行く末を読み進む。
結末は・・・。
まぁ、こんな夫婦もいるんでしょうね。
いまどきの夫婦って感じかな?





家族狩り  天童荒太  新潮ミステリー倶楽部
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★★★★
あらすじ 一家惨殺の猟奇事件は、その家の子供が親を殺し、自分も自殺するというものだったが、続発した事もあり、刑事の馬見原は納得がいかない。
事件を捜査する馬見原自身、子供の死により、崩壊した家族を抱えるのだった。
猟奇事件の真相は・・?
感想 「永遠の仔」とも、同じように、現代の病める家族をテーマとしている。
幼児虐待や、暴力、そして、家のことは妻にまかせっきりの夫。思い通りに子供を育てようとする父親。
重いテーマだけど、筆者の力量か、ぐいぐい読ませる。
登場人物たちのそれぞれが、仕事や家庭に何らかの問題を抱えていたりして、共感したり反発したりしながら、事件の真相に自然とつながっていく。
どこかみんな壊れてる人たち。
でも自分も外から見たら、ひょっとしたらどこか壊れているように見えるのかもしれない。
とっても、事件は陰惨で残酷なんだけど、この終わり方に意義があるように思う。
これが、天童さんの持ち味か・・・。

残酷な小説が嫌いな人は要注意です。





カシコギ  趙昌仁 チョ・チャンイン サンマーク出版
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★★★★
あらすじ 骨髄性白血病で、入退院をくりかえし苦しみながらの闘病生活をしているタウムと、子供のために全身全霊を傾けて看病する父、チョウの親子の愛情。
自分の父親を「カシコギ」と言う魚になぞらえるタウム。
カシコギの珍しい生態とは・・・。
感想 闘病している子供が小学校3年生という事で、私の末っ子も同じ年なのでその分ぐっと来たように思う。
病気はなんにしろ、苦しいものだろうけど、このタウムの症状といったら読んでいるだけで気が遠くなるような辛さなのだ。
それに耐えるタウムの健気さが痛々しかった。
なによりも、この親子の気持ちが通じ合っている様が胸を打つ。
それに比べて母親ときたら・・!!
「あなたが無為に過ごした今日という日は
 昨日死んでいったものが
 あんなに生きたいと願った明日」
この言葉を肝に銘じなければ、と思った。

惜しむらくは、台詞が翻訳のせいかどうか、授業で英文を訳した日本語、のような硬い感じがしてそれが残念だった。





アンクルトムズ・ケビンの幽霊  池永陽 角川書店
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★★★★★
あらすじ 鋳物工場に勤める「私」はある朝鮮人親子との暗い思い出を引きずりながら、今はタイ人の不法就労者たちといっしょに働いている。
しかし、工場長は賃金の支払いが惜しいため、彼らを入国管理局に密告するように「私」に命令する。
「私」はタイ人労働者チャヤンたちと社長との間に立って、辛い思いをしながら、自分の過去と対峙していく。
感想 韓国併合、強制労働、日本が昔朝鮮やアジアの国にしたことって、とっても酷いと思っていたけど、昔だけの話じゃない。
意味のない優越感は今も健在で、形が変わっただけかもしれない。
ここに書いてある海外労働者のうける差別や、私たち日本人から受ける扱いの酷い事に、針の筵に座っているような居心地の悪さを覚える。
彼らの生き方のなんて悲しく切ない事、そしてそうさせているのは他でもない日本人なのだ。
「アンクルトムの小屋」で、黒人が白人に受けた差別を、私たちは「酷い」と憤りながら聞く。
でも自分たちは??
8月22日の意味を知っているだろうか??
そんな中で、頼りないけど心優しい主人公の、チャヤンたちへの好意がせめてもの救いだろうか。
そして、主人公の過去の思い出もとても切なく・・。
積年のわだかまりを解いた時によみがえる過去に、ただただ涙。
すっぱーーん!!と、剛速球ストレートど真ん中で、胸を打たれた作品。
今年、一番の「火の粉」を抜いて1位に!(私の中で)





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