2004年の読書記録*10月



明日の記憶/荻原浩★★★★
光文社
「ほら、あれ、あの作品」
「あの人、あの人。あの映画に出てたあの人!」
そんな会話の多い私には他人事でない作品だった。
主人公は、ごく普通の広告代理店勤務のサラリーマン。
「加齢による単なる物忘れ」の範疇を超えた「記憶障害」が、実は「若年性アルツハイマー」と分かってからの、恐怖や哀しみをリアルに描いている。
病気になること、それ自体は決して不幸な事ではないと思う。
その病気になったことで「苦しむ」ことが、不幸なのだと思う。
だけど、まだまだ働き盛りで、特に病気でもなく、仕事も順調で…なのに、「なぜ自分がこういう事になんだ??」と、苦しまずにいられない人間がいるんだろうか?
だんだんと、壊れていく自分を認識しているという悲しさ。切なさ。苦しさ…。焦りと不安と恐れ…。「なんで?何が悪かった?」という不毛な自問自答。負けまいという気負い。もしも自分がそうなったら、この主人公のようになるだろうという、とってもリアルな描写に圧倒された。 主人公だけではなく、家族や同僚などの反応も概ねリアルなんだと思う。
人に悟られまいとしてぐっと踏みとどまろうと、メモにメモを重ねる主人公のジャケットのポケットはパンパンに膨れていく。
その物忘れを、同情する振りをして利用する人間もいる。
優しい人も、エゴイストたちも、全てが読者にとっては切ない。
この物語のラストは、ひたすら美しくて悲しくて胸苦しい。
涙を流さずにいられなかった。

なおぞうさんからお借りしました。ありがとうございました。
泣かなくとも、中高年必読の書…と思った。オススメ!!



仮出所/吉村昭★★★★
新潮社
無期懲役囚が、16年の刑務所暮らしを経て仮出所を許され、出所してからの日々を淡々と、本当に淡々と描く。
地味で、その上とってもとっても暗い作品なのに、なぜか目を離せず、一気に読んでしまった。
「あなた、経験者なんですか?」と、問いたいぐらいのリアルで緻密な心理描写。受刑後という特殊ではあるが、淡々とした日常の描写なのにグイグイと読ませられた。
ひとつには、主人公を引き受けた「保護司」との心のふれあい(というと陳腐だけど)、保護司の人間としてのフトコロの広さと、主人公との間にできる信頼関係も、見どころのひとつ。
初の吉村作品。
これはネッ友のクーのお母さんが「漂流」という作品をオススメしてくださったのだが、面白そうだったのでいろいろ調べたら、この作品が「暗い!!」ということで、とりあえずこちらを借りてみたのだ。
ラストはかなり悲惨なのだが、そういう覚悟で読んだらまずまず大丈夫。「救われない」ラストが苦手な人にはオススメできないが、ともかく「暗い」のがお好きな人がいたらオススメしたい。



アメリカの蹄/帚木蓬生★★★★
講談社
作田真は心臓外科医を志し南アフリカのこの国に留学してきた。が、そこで見たものは徹底した黒人差別だった。反発を覚えた作田はスラム街で医者として生きるサミュエルの診療所で手伝いをするようになる。すると、そこに体中に水泡や赤い丘疹を作って病んでいる子供たちが。その数はどんどん増えるばかり。その病気を調べるうちに作田が知りえた真実は?

帚木さんの描く男の人ってほんとに、信じた事のために真摯に打ち込む姿が清々しくて美しくてカッコいいんだよね!!人として医師として一番大事な「人としての尊厳」を肌の色で区別しない…それは帚木さん自身が投影されてるのでしょうか…。「国銅」の「国人」ほどではないけど、この作田もよかった。
でも、ストーリーの中で一番好きだったのはレフ親子ですね。出番は少ないけど、真のヒューマニズム精神を持ってる人たちだと思った。特にお父ちゃん!
以下ネタばれ↓
作田は自分の信念で動いてるけど、レフ息子は言わば巻き添えを食らったという所だ。なのに、やはり将来を棒に振る覚悟で、それどころか命をかけてワクチンを渡してくれた行為には涙が出る思いだった。
そして最後のほうの記者会見!ノーマン・フォックスを糾弾して追い詰めていく所は作品中でも一番のみどころ、少なくとも私が一番好きなシーンだ。こういうの、好きなんですよ!!映画の「マーシャル・ロー」のラストみたいな。
もう一人良かったのは作田の恋人パメラのおにいちゃんのニール!!泣かせます!これもやはり若き日のデンゼル・ワシントンを当てはめて読んでしまった。ちょうど「遠い夜明け」の頃の…。
どうして、拷問に耐える男というのはこんなにも美しいのであろうか。
アマンドラの意味がわかったときは深く感動してしまった。


いつもはもっと長編の帚木作品、今回は短いせいもあったか、読み応えという点では「みたび」「閉鎖病棟」「国銅」に劣るものの、贔屓目があり★4つにした。これからも、帚木さまの追っかけをする所存である。



少年H 上・下/妹尾河童★★★★
講談社
昭和6年生れの「H」。熱心なクリスチャンの母親と、真面目でHの言葉をいつも真正面から受け止めてくれる父親と、ちょっとうっとおしいけど可愛い妹との神戸での4人暮らし。絵を書くことが大好きで映画が好き。ちょっと思考的にもませてて、何にでも興味津々。毎日生き生きと生活するたくましい少年が戦争に巻き込まれていく。
物語は、少年Hが小学生から中学生にかけて、戦争をどう捉えているかを描いているが、淡々とした日常の描写はとてもリアルで、まさに体験者ならではの貴重な作品となっていると思った。
教科書にも使われているが、今の子供たちに戦争時代の暮らし振りを教えるのにもうってつけではないだろうか。
当然、太平洋戦争から戦後までがきちんと描かれているのだが、だんだんと不穏で陰気な描写になっていく中でも明るく前向きでたくまく生きる少年と、その家族、人に対する思いやりの心を失わず、真実を見極めようとする姿が印象的。しかし、そんな明るい少年の心をもやはり蝕んでいく戦争の恐ろしさに身震いしてしまった。
ちょうど、「2004年新潟県中越地震」と、読む時期が重なり余計に読んでて暗くなってしまった。
戦争が終わっても、それでハッピーエンドとはなりえず(負けたのだから当然だけど)そこからの気持ちの切り替えが大変だった事にも胸が痛む思いだった。
それだけではなく、Hの父親とのやり取りがツボでした。Hの父親に対する思慕の念も胸をうった。空襲時のミシンの話や終戦後の仮設住宅での話は涙ものだった。

しかし、この「H」。作者のことだろう。一風変わった子どもであったのではないだろうか?うちの父は昭和8年生れ。ちょうど同世代だろう。父が言うには「平和というコトバも概念もなかった。生れた時から戦争であったし、自分も学校を卒業したら軍人になり戦争に行く、そして敵と戦うと思っていた。そういう教育であったしそれに疑問を挟む事もなかった」と言っていた。おそらく大半が父のような考えの子どもであったと思う。父の母親も、政府の「鉄供出命令?」に背いたりしたというエピソードを持つ平和主義者だったのだが、そんな母親に育てられても父は「普通の軍国少年」だったというのだから、国の教育って言うのは恐ろしいものだと思う。二度とこんな事があってはならないと、強く思った。
この戦争は何や?この戦争は誰の責任や?少年の声が聞こえそうだ。
クーのお母さんにお借りしました、ありがとう♪



乙女なげやり/三浦しをん★★★★★
太田出版
人生とは、愛と欲望と思い込みだ!!
三浦しをんの爆笑エッセイ!
あ〜…こういうの、★を5つ付けずにいられない私。
これは、WEBマガジンBoiled Eggs Onioneの 「しをんのしおり」をまとめた物らしい。
しをんさん、私よりもはるかに若いけど、共通する項は「マンガ好き」ってことでしょうか。
「秘密/清水玲子」については白泉社がつけたキャッチコピー「少女漫画の枠を越えた面白さ」というフレーズに敏感に反応して、白泉社に抗議文を作成までする勢い。
「アラベスク/山岸涼子」についても、熱く熱くその思いを友と語るし(類は友を呼ぶのだよね)映画の「moon child」についても、がっくんの事をひとしきり論じては私を唸らせ「西洋骨董洋菓子店/よしながふみ」では魔性の小野君はイチローだ!と断言し、「ロード・オブ・ザ・リング」ではヴィゴさまの大ファンになって彼の子どもを産むというし(妄想というキーワードも共通♪うふっ)…「白い巨塔」では五郎ちゃん五郎ちゃんと、財前フリークで…。
出てくる内容の全てが私のツボでありました!
この本でチェックしたマンガ「愛すべき子供たち/よしながふみ」「バルバラ異界/萩尾望都」そして、 「花さく乙女たちのキンピラゴボウ/橋本治/河出出版」などなど…。
f丸さんにお借りしました。ありがとう〜♪



ナンシー関の
  記憶スケッチアカデミー2/
★★★★★
カタログハウス
残念ながら急逝された、ナンシー関さんの「記憶スケッチ…第2弾」
相変わらずの切れ味鋭いコメント。抱腹絶倒振りはパワーダウンを知りません。
残念ながら、ナンシー様の急逝によりアカデミーも中断。
行き場を失った、テーマ「天狗」の投稿をいとうせいこう氏、押切伸一氏、みうらじゅん氏の三方が「記憶スケッチ学会」第2段として選んだりコメントしたり。でも、言っちゃ悪いですけど、やっぱ、ナンシー関サマほどの面白さは無いですね。
すまんです。

そして、この本のもうひとつのお楽しみ、ナンシー関がパソコン技術を身に付けるまでを描いた連載エッセイ「赤パソ青パソ」がある。これがまた、面白い。面白くって面白くって、またしても、ナンシー関の急逝を惜しむのである。
このエッセイの最終目的、HP作り…このとき作られたHPはこちら、まだ見られるので是非見て笑いましょう。



桜花を見た/宇江佐真理★★★★
文藝春秋
化政年間から江戸末期にかけて活躍した実在の人物を小説にした連作短編集。
●桜花を見た
遠山の金さんには隠し子が居た??
離れていても、親子の情愛ってあるんだ。
おもわず、流し目の「杉サマ」を思い浮かべて読んでしまった。
●別れ雲
自分の店がかたむいて、今は細々と商いをしている筆職人の出戻り娘「れん」のところに、足繁く通う年下の男は有名な絵師だった。
出戻りの中年女(と言っても30そこそこ)に詰め寄る若い男の図。
うう〜〜。おもわずよだれが出ますな(笑)このあたりの描き方は天下一品ではないだろうか。
結末は、 タイトルから想像できるでしょ。切ない話です。この切なさが私は憎い。でも、宇江佐節なのかな。
なんで〜〜!!って、講義したくなるけど。
●酔いもせず
葛飾北斎とその娘お栄、そしてそれを取り巻く人たちの物語。
緒方拳と田中裕子で「葛飾北斎」って映画があったけど、それを思い出しながら読んだ。
●夷酋列像
蝦夷の絵を描いて大成した波響の生涯。
国後のアイヌ蜂起のことはこの前「蝦夷地別件/船戸与一」で読んで間がないので、興味深く読んだ。この作品では、松前藩側からの視点で描かれてて、しかも、「蝦夷地…」とは違う解釈だったし、面白かった。でも、宇江佐作品としてはかなり、色が違うのではないでしょうか?私は好きだけど。
●シクシピリカ
5作の中では一番すきかな〜。
主人公の元吉は羽州西山村郡(今の山形県)で煙草屋に奉公していた。そばには最上川が流れていた。
手代の傍ら勉学に励む元吉を江戸にやり、なお一層勉強させるのが一家の夢であった。
その夢を背負って江戸に出て「北夷先生」と異名をとる、本田三郎右衛門(本田利明)のもとに入門する。元吉は息もできないぐらいに感動する。ずっと憧れていたのだ。蝦夷に…。
さて、自分の出生地にちなんだ名前に改名するこの人物は誰か。
蝦夷地に思いを馳せ、自分の足で歩き、アイヌたちと話し、蝦夷の実態をその目で確かめて吸収していくすがた、何事にも前向きに興味を持ち、体をはって体得していく姿は近代日本を築いてきた先人として尊敬してしまう。
このひとも、先に読んだ「伊能忠敬」と共通する部分があり、地名も馴染みがあり思い出しながら読んだ。
これも宇江佐さんにしては異色か。しかし、私は好きだ。



ダ・ヴィンチ・コード 上・下/ダン・ブラウン★★★★
(越前敏弥/訳)角川書店
ルーブル美術館で謎の殺人事件。そのそばには不可解なダイイング・メッセージがあり、高名な象徴学者のロバート・ラングドンと、被害者の孫娘であり、暗号解読者のソフィー・ヌブーも巻き込まれていく。ダイイング・メッセージを解きながら、真相に迫る二人…。はたして、

確かに面白い!
一気読みさせるスピード感。
カトリック「秘密結社」「聖杯伝説」「マグダラ」「最後の晩餐に隠された秘密」などのキーワードから「薔薇の名前」のようなおどろおどろしいものを想像していたんだけど、思ったよりもずっと現代活劇風であった。
「面白いよ!」という感想は巷に溢れてるので、あえてココはワタクシ辛口で行きたいと思います。
と言うのも、そもそも、キリスト教の聖杯にまつわる伝説とか、ダ・ヴィンチの絵に含まれたメッセージとか、そういう類の「噂」というか「言い伝え」というのを全く知らない私(無知をさらけ出してますが…)こういう話が、キリスト教を信仰する人たちの中でどれほどのウェイトで持って話し伝えられてるか、その信憑性はいかほどの物か…といことが全くわからないのである。
まぁ、本作品はそれを差し引いて、本書の内容を全て鵜呑みにして読んでも面白い事は面白いんである。
でも私、ここで、高木彬光の「成吉思汗(ジンギスカン)の秘密 」を、思い出してしまった。
これは、義経=ジンギスカン…という、ほとんど「キワモノ」的な伝説(その辺どうなんでしょうね)を検証した作品で、今思うと馬鹿らしいような気もするが、読んでる最中は「うん!決まった!義経がジンギスカンだ!!」と、思わずにはいられないのである(私だけ?では無いはず)
本作品も、なんか、ディズニーが出てきた時点で、「ジンギスカン…」に似た何かを感じてしまった。いや、だからつまらないと言うのとは違うんですよ。念のため。 繰り返して言うけど、面白い事は否定しません。でもちょっと長すぎたかな〜〜…。

…わたしは海外ミステリーなら「レッド・ドラゴン」→「ハンニバル」の方が断然好き!
これに比べたら、全然物足りなかったと、言わせていただきたい。

このレビューは参考にしないで下さい(すみません)



ダレン・シャン ]/★★★
小学館
この前の9巻で、ダレンの大事な人が死んでしまうのだが(誰とは言わないが)、10巻のこの冒頭でダレンがその喪失感とトラウマに苦しむ様は、涙なくしては見られない。
でも、そのことが一件落着?してから、こんどはハーキャットが何者か?ということに焦点があたり、ストーリーは一時バンパイヤvsバンパニーズの闘いから逸れてしまう。
それがちょっと不満だった。
と言っても最後にはやはり、ビックリするようなオチが用意されてるけど。

それにしても、バンパイヤ対バンパニーズの闘いに人間も加わると…軍隊編成!なんて言葉も出てくるんだけど、この先ストーリーはどこに行くのか?
「全面戦争」なんだろうか。それはちょっと一ファンとして違うような気がしてしまった。
次巻に期待したい



国銅 上・下/帚木峰生★★★★★
新潮社
長門の国の奈良登りは銅の産出地であった。
そこで育ち、棹銅を作るために働く国人は、大仏建立のために、遠く奈良まで何ヶ月もかけて上り、そこで大仏建立にかかわる。生きて帰れる保証も無く…。大仏の周りで過酷な条件のもと、蟻のように働く人足たちの姿をリアルに描く感動巨編。

世界遺産でもあり、国宝でもある奈良の大仏は世界一の大きさを誇る銅像だ。そして、その大仏殿は世界最大の木造建築物(今の大仏殿は、江戸時代に建て直された3回目の建立物でオリジナルの3分の2の大きさしかないにも拘わらず。)
これを1300年も前に、作った人間たち。
働くと言う事がすなわち命を削ることになり、それがまた生きる事でもあった時代に、どんなに大変だっただろう。
この作品では、その時に生きて大仏の建立に関わった人足たちの姿が生き生きとリアルに描かれている。帚木さん、あの世に行ってインタビューでも取ったんですか?と言いたいぐらいに、真に迫ってる!
主人公の国人は、苦しい生活の中でも暖かさと賢さと優しい心を持ち、とっても魅力ある人物だ。(いい男指数100%ね!)景信や黒虫や日狭女との交流は暖かく、読むものを和ませ、泣かせる。
また、国人が字を覚え、字の意味を知り、自分で詩を考えていくようになっていくところでは、内面を文字にして自分を表現する事の喜びを知ってる者にとっては(書かないではおれないサガみたいなものを持ってるサイトの管理人さんたち…私も含めて)共感して有り余る物があるはず。
国人のほかの登場人物たちにも思い入れがある。
郷里に帰るときのことだけを思いながら働く人足たちの姿は胸を打つし、人足と言えども国人を人として尊重した衛士たちにも感動した。
兄を失ってから泣かないと決めた国人の代わりに、私がどれだけ泣いたか!!「三たびの海峡」のときと同様に、最後のほうはティッシュ握り締めてぐすんぐすんと。
国人、あなたたちの作った大仏は、今でも当時のままの姿で鎮座しているよ。世界遺産だよ。どこの国にもこんなに大きな銅の仏像はないんだよ。そして今では誰でも気軽に拝む事ができるよ(拝観料は要るけど)…そう、語りかけたい。
読んでよかった、本っていいもんですね!と、思える久々の作品となりました。とってもオススメ!

*現存の大仏は何度も戦火などに逢い、当時のものが残るのは台座の一部ぐらいらしい…。



/★★★★
感想
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