2005年の読書記録*1月



閉鎖病棟/帚木蓬生★★★★★
新潮社
帚木さんの真摯で慈愛に満ちたヒューマニズムに胸打たれる名作。
精神病院に収容されているいろいろな人々。彼らはそれぞれ重い過去を持っている。 主人公チュウさんもまたその一人であった。
そのチュウさんの目を通して、病院内の模様が時にはユーモラスに賑やかに、それぞれの患者がとても個性的に描かれている。お互いを思い合い尊重しあいながら暮らす様子が、豊かな自然を織り交ぜてのんびりと叙情的に描かれていて引き込まれる。
中でも、秀丸さん、昭八ちゃんとの友情は読めば読むほどに心和み、みんなのアイドル島崎さんへの淡い思慕も微笑ましい。
一方家に帰りたがり、半年に一度の外泊を心待ちにし、母親が迎えにくると大喜びでその手をとり「帰ろう、一緒に帰ろう」と、精一杯の表現で喜びせがむ患者や、病院での人生を「余分な生」としか思えずに苦しみながら暮らすものもいて、その気持ちに胸が塞ぐ思いもする。「見た目」だけで判断してはならない、それぞれがひたむきに生きているんだ、というメッセージが静かに伝わってくるようだ。
変わらない日常が繰り返されると思っていた病院内で、とある事件がおき、そのことで傷つき、離れ離れになり、そして守りあう彼らの様子に人として大事なものを教えられる。こんなにも、思いやりがあり、人として大事な事を「分かっている」人たちが「精神病」という枠組みの中で差別されてしまう理不尽さ。そして私たちも差別する側だということを忘れるわけには行かない。
特に後半の「手紙」からラストまで、涙が溢れて止まらなかった。再読だったが感動は薄れることなく「みたび」「ヒトラー」「国銅」同様にティッシュを握り締めて読んだ。辛いながらも、明日に繋がるラストが胸に灯火をつけてくれるようだ。読み終えた後静かな感動に包まれてしばし泣きながら余韻に浸ってしまった。



対岸の彼女/角田光代★★★★★
文藝春秋
人付き合いの苦手な小夜子は、内気な3歳の娘のあかりにも自分の姿を重ねてしまう。ふたりは友達を作れないまま、公園をさ迷う「公園ジプシー」。
そんな小夜子が、夫や姑の嫌味にもめげずに、あかりを保育園に入れてまで働く。その社長はなんと自分と同じ年で同じ大学の同窓生だった。自分と正反対の社長、葵に急速に惹かれていく小夜子だったが…。

小夜子の視点から描かれた「今現在」の物語と、「高校時代」の葵の物語とが交互に進んでいく、少し不思議な設定となってる。
この、高校時代の葵が、まるで「小夜子の昔」のようだ。葵は、いま小夜子が見ている葵とはまるで別人のような女子高生だった。苛めが原因で都会から田舎に転校してきたのだ。そこで葵が「今度はイジメの対象にならないように…」と、慎重に学校生活を送る中で、唯一本当の友達と言えるナナコと知り合う。そして、このナナコがまるで「今の葵」そのままなのだ。 「高校時代」の「葵とナナコ」の物語はまるで立場を入れ替えて「小夜子と葵」の物語のように思えてくる。
愛しいまでにひっそりと友情を育んでいく二人。でも、周囲はそれを許さなかった。 どこかにいきたくて、でも、それがどこかさえ分からない。自分たちでは思うようには生きていかれない。もどかしさと切なさに思わず涙がこぼれた。「なんであたしたちは自分で何も選べないのか、大人になったら選べるようになるんだろうか」葵と一緒に私もボロボロ泣いていた。
一方、小夜子は思う。「なんのために大人になるのか」それはまさに、少女のころに葵が抱いた心の叫びと同じ…。結局私たちは大人になっても何も進歩していないのではないだろうか?だけど、彼女が出した答えにはっとさせられた。「そうだ!そうだよ!!年をとるって素敵な事なんだ!」と…。彼女が出した答え、そして前向きなラストに勇気付けられた!!
お仕事をもってる女性ならではの視点もきっと、共感を得られると思う。見事な心理描写だった。 オススメです!!
あさみさんにお借りしました。ありがとうございました!



夜の果てまで/盛田隆二★★★★★
角川文庫
彼女に振られて、茫然自失の主人公俊介。バイト先のコンビニで、いつも100円足らずのチョコレートを万引きしていく女性がいたが、その彼女を偶然あるラーメン屋で見かける。次第に惹かれあっていく二人…。ノンストップの、切ないジェットコースターロマンス。

初めて読んだ盛田さん。
一気読みでした!!!
目が離せない展開の魅力ある恋愛小説だった。
実は冒頭、ラーメン店の店主が妻の「失踪宣言申立書」を提出して受理されるところからストーリーは始まる。なので、この主人公と万引きの女性が、恋愛して二人で失踪するのだということは最初から分かっているのだ。物語は、そこに至るまでの一年間をじっくりと丁寧に描いてあり、 湿り気のある重い恋愛が全編とおして切ないまでに展開する。
一回りも年下のハンサムな(と言う記述は目立たなかったが)男に恋をされたら…というのは、未経験なので(残念!!)その気持ちはわからないが、私なら彼女のように行動できるだろうか??どう考えてもリアルじゃない。「家出」だけならまだ、取り返しはつくと思うが、男と一緒に…となると、もう二度と以前の生活には戻れないと思う。全てを捨てられるのか?まぁ、ヒロインとは年齢も違うしね、土台、想像する事すら出来ないってモンだ(苦笑)。夫はともかく(おいおい…)子どもを捨てると言う事が、まず出来そうにないんだが。出来ない。どう考えても無理。どんなにハンサムな男に迫られても、子どもを捨てるなんて…うーん…え?そんなに真剣に考えなくても良い?失礼!(苦笑)
しかし、この小説はそれがとっても「リアル」だったのだ。ヒロインの祐里子の気持ちが全然抵抗なく感じられて、「ダメだよ、戻りなよ」と思う反面「貫いて欲しい」とも、思えてきたのだ。
また、俊介の気持ちも見事に描写してあったと思う。恋愛に落ちてその後の転落振りと、家族の反応も含めて全てがリアルに受け止められた。私が俊介の親ならきっと胸が張り裂ける思いだろう。息子よ、こういうことはやめてちょうだい…。母さん、読んでいて思わず胃が痛くなりそうだったヨ…。
一番可愛そうだったのはラーメン屋の息子の正太だった。このあと、この子には本当に幸せになってもらいたいのだが…。
転落系恋愛小説がお好きな方、是非ともオススメです!



神様からひと言/荻原弘★★★★★
光文社
大手広告代理店から「タマちゃんラーメン」で有名だが小さな食品会社に転職した主人公の涼平。
プレゼンでハプニングを起こしてしまい、「お客様相談室」へ配属されたが、そこはリストラ要員の強制収容所だった…。

前回読んだ「僕たちの戦争」「明日の記憶」に比べたら感動度は減るのだけれど、それでもやはりとっても楽しめた!ドラマの「ショムニ」みたいな感じがしました。この「お客様相談室」は文字通り、商品を買った客からの苦情を受け付けるところだ。そこで繰り広げられるドラマが、登場人物たち本人にとっては神経をすり減らし、心身ともに疲れ果ててしまうような毎日なのだが読者側から見れば笑える笑える!その「相談室」のみんながユニーク。まず、部長の本間、これが良い感じに「嫌な上司」で、他には敬語を知らない羽沢、喋る事ができず、右にしか首が回らない(精神的ダメージにより)神保。そしてなんと言っても篠崎!!これが飄々としてダンディーなナイスミドル(半分は自称)で、涼平とのコンビネーションが絶妙!二人のやりとりが目に浮かぶようだった。競艇が好きで大好きで何かと言うとすぐにレースに行ったり、会社の経費を使ってしまおうと考えたり、いわゆる「不良社員(なんて言わないか?)なのに、「謝らせたら天下一品」みたいな人物なのだ。「訪問謝罪の達人」と呼ばれている。彼が出てくるまでは正直言って間延びした印象だったのだけど、ぐっと面白くなり引き込まれた。
また、企業の腐敗、とでも言うのか、自分の事しか考えていないトップを持つ会社の哀れさ、(そこに勤める社員の儚さみたいな…)と言うのもリアリティがあって楽しめた。
主人公の学生の時からのバンドの夢や恋愛も、切なく描かれてて読み応えがあった。
★の数…迷ったんだけど、今回は4個と思ったが、後日増やしました。
とってもオススメです!!篠さま大〜〜好き♪



公爵サド夫人/藤本ひとみ★★★★
文春文庫
サド公爵…その名を知らない人はいないでしょうが、この人物にどんなイメージをお持ちだろうか?書く言う私は、串刺し公の異名を持つドラキュラ伯爵か、また、青ひげのモデルとなったジル・ド・レか…と言う感じのイメージを持っていたんだけど、本著の前作である「公爵サド」における本人の人となり、そして実際にやってきたことと言うのは、全然スケールが小さい(と言っては語弊があるけれど)性的倒錯者というだけのものだった。当時のカトリックからは異端視されて弾劾されるが、別に殺人を犯したわけではなく、ほんとに、ただの「変なエロオヤジ」だったみたいで、実のところあまりの変態ぶりに気分が悪くなったのと、今の犯罪事情から見ればたいした悪行が描かれてる訳でもなかったので、途中で読むのを止めてしまったのだ。
続く本著は、イタリアに逃亡中のサドの妻ルネが食事を拒むところから始まる。乱行を繰り返す夫のサドをさぞかし憎んでいると思いきや、夫をかばいぬき、心の底から愛している様子とのこと、不思議に思った主人公で助任司祭であるピネルが、ルネと向き合い心の謎を解くというもの。
藤本さんの「歴史モノ」と「サイコサスペンスもの」との融合、と言った感じの物語で、「サド公爵」よりは楽しめた。ルネの心の中に入り込んでいくうちに、実はその母親とルネの子供のころからの関わり方が、今現在、夫との関係に大きな影を落としていると言うくだりは中々迫真の感じがあり読み応えがあった。やはり、子育てと精神形成は密な関係があるんだなぁと思うと、自分を振り返らざるを得ないのであった。

ラムちゃんからお借りしました。ありがとう♪



卵の緒/瀬尾まいこ★★★★★
マガジンハウス
僕って捨て子なの?悩める小学4年生の育生は、ある日母親に訊いてみた。「へその緒を見せて」。そこで母親が出してきたものは白っぽくて薄っぺらいものだった。
ユーモアのある母親、登校拒否のクラスメート、母親がいつも話題に出す「かっこいい浅井さん」、著者特有の素敵な登場人物たちと育生が織り成す心優しい物語。

瀬尾さん!!
いいです!!
最初は、育生の質問をのらりくらりとはぐらかしているように思えて「子どもだと言ってもきちんと真面目に向き合うべきだ」なんてチラッと思ったりもしたんだけど、この母親の愛情の深さが読めば読むほどににじみ出てくる。しかも、全然押し付けがましくなくって爽やかだ。
文章全体に漂う心地よさとやさしい雰囲気。居心地の良い部屋に居心地の良い友人と穏やかにおしゃべりして過ごす時間に感じるような、そんな心地よさだ。

●「7’blood」
書き下ろしで、同時収録の作品。
高校生の七子のところにやってきた腹違いの弟、七生。
張本人の父親は既になく、七子の母親も間もなく入院してしまったので二人で暮らす事になった。
子どもらしさがない、そつがない七生に最初のうちは馴染めない七子だったが…。

これも良い!!!
二人が打ち解けていくところなんかが、とっても素敵なのだ。そして、七子の母親が七生を引き取ったその裏にある事情など、切ないばかりに胸に迫ってくる。

どちらの話も、素敵でオススメです!



僕たちの戦争/荻原浩★★★★★
双葉社
ノー天気で、いいかげんに暮らしていた現代の若者、健太がサーフィンの途中で戦争中の過去へタイムスリップ!そこでは健太は「尾島健太」ではなく「石庭吾一」だった??
かたやお国のために身を捧げるべく戦闘機に乗る、昭和19年の若者、石庭吾一は、飛行訓練中に海に転落。そして、目覚めたところは「現代」で「尾島健太」になっていた??
入れ替わった二人は、それぞれの時の価値観で、その時代を見つめる。軟弱な今風の若者健太は、軍隊のしごきに耐えられるのか?硬派の吾一は今の世の中で何を思うのか?
笑えて泣ける、そして戦争を考えるスグレモノ。

荻原さんは「明日の記憶」に続いて2冊目だけど、これまた良かった!!
入れ替わってパニックになる二人の様子が、とってもおかしくて最初は笑える。
パニックに陥りながらもその時代をなんとか生き抜いていく二人の様子が健気で、時には切ない。
読者は吾一の目を通して、現代の日本の乱痴気ぶりを改めて思い知らされて赤面する思いだろう。そして作者は吾一の目を通してそれをバッサリと斬る。
また、健太の目を通して戦争中の軍隊の狂気やむごさを体験するし、若者が自分の身を呈してもお国のために戦うと言う今の我々には想像できないような心理状態も、健太の気持ちの変化からなんとなく理解できる気がする。
戦争末期、日本が、軍部がどういう状態だったか。
後半はあまりにも切なくて涙無くしては読めなかった。
オススメです!



ボーイズ・ビー/桂望実★★★★★
小学館
母親を亡くしたことを理解できない幼い弟を持て余す心優しい兄、隼人(小学6年生)。父親にも相談できずに一人で頑張って、 どうにかして直也に母親の「死」を分からせたいと思っている。弟直也の絵画教室に付き合っているうちに出会ったのは オーダーメードの靴職人、栄造70歳。 仕事は確かだが気難しく、人を寄せ付けず、自己中心的な頑固ジジイだ。 子どもなんてだいっ嫌いだ!と、思いながらも、なんとなく成り行きで隼人のことを放って置けない。
このじいさんが本当にいいんです!見かけは意地悪、頑固ジジイ、口は悪いし、人嫌いだし、「あんた何様??!」と、言いたくなるようなオジイなんだけど、実は隼人みたいな子どもを放って置けなくて何かと世話を焼いたりして、どんどん巻き込まれていくのだ。その様子がとってもユーモラスで微笑ましい。読み進めるうちに大好きになっていった。
物語が面白いかどうかというのは、登場人物に魅力があるかどうかも大きなポイントだと思うけどこの栄造ジジイは文句なく魅力的。隼人と弟の直也も然り。 母親を亡くした喪失感に苦しむ様子はリアリティがあり引き込まれる。悩める隼人、母を恋う幼い兄弟が読者にとっても切なく愛しい。こんな子供たちを遺して行かねばならなかった母親もそざかし無念だったに違いない。
幼い頃に母親を亡くすというのが、どんなに苦しく悲しい事か経験した人でないと分からないと思う。死の目前に思わず、隼人に「あなたが頼り」と言い残してしまうが、その言葉のためにこんなにも一人で苦しむ隼人を見たらきっと、母親は自分に腹を立てるだろう。

母親をなくした少年と、孤独な頑固ジジイが力を合わせて、どうやって問題をクリアして行くのか。これは是非ともご一読を!栄造ジジイの「職人」の物語ともども堪能させてくれます!「読み終えた後、優しい気持ちになれる作品」が好きな人、必読ですぞ♪
ネッ友のあさみさんからご紹介いただきました。サンクス♪



/★★★★
感想