2005年の読書記録*11月



命の終わりを決めるとき/朔 立木★★★
光文社
「死亡推定時刻」があまりにも面白かったので、図書館で本書を見つけて「やったー♪」と借りてみたものの…。及ばず。
「終の信託」と「よっくんは今」という2つの短編が収録されているけれど、どちらも「殺人容疑」で拘束されて、検事や刑事に取り調べられている状況での、当事者たちの心理描写を描いた作品だ。 特に「終の信託」は、医者による安楽死をめぐる事件として、読み応えがある…はずだけど、医者、検事双方に感情移入が出来ず、まったく盛り上がらないまま読了。
たしかに、無意味な生命延長は患者の尊厳をなくし、家族の負担を増すものだろうが、それが医者と本人だけのあいまいな意思表示だけによって、決定されて進められるとしたら、家族は抵抗を覚えるのは当然ではないか。
この医者は、家族が患者を思っていないと断定して(描写としてはそう言うように描かれているが)そう言う行動に出たわけだが、果たして医者から見た家族の姿は正しいのか。それは医者の主観に過ぎないのではないか。
そう言う問題提起をこの小説自体がしているのなら、それも良いけれど、小説としての魅力は…申し訳ないけど、なかったです。

「よっくんは今」は、恋人をナイフで惨殺した少女の心の中を描いたもの。
実際の事件をヒントに描かれた作品だと言うことだけど、ま、ほんとに殺人のきっかけや動機なんて、はたからは計り知れない部分が多いだろうから、その点ではこの小説は「リアル」なのかもしれない。 でも、犯人にも刑事にも全然同調できる部分がなく、これまた盛り上がらないうちに読了した次第です。



高熱隧道/吉村 昭★★★★★
新潮文庫
この本は、最近吉村さんを読むようになり、代表作だと聞いていたので、是非とも読んでみたいと思っていたところ、ネッ友のくままさまにお借りすることが出来ました。くまま様、ありがとうございます♪

黒部第3発電所。
戦局が重大な局面に達していた昭和11年。日本は、その軍事力増強のための電力供給に、北アルプスの黒部峡谷にダム建設を計画するのだ。
そのために必要なのがトンネル工事。
正式に言うと
「黒部渓谷の上流、仙人谷でのダム構築・取水口・沈砂池の建築と、それにそれに仙人谷から下流方向の阿曾原谷付近までの水路・軌道トンネルの掘鑿(くっさく)工事」
と言うことである。
ところがこれが言語と想像を絶する難工事であった。
きわめて厳しい自然の中での工事である上に、掘り進める岩盤がとっても熱いのだ。最初のチームが30メートル掘り進んだところでギブアップ。そのときの岩盤の温度、摂氏65度であったらしい。
その後を引き継いだ佐川組の、岩盤との…というよりも、自然との死闘を描いたのが本書であるが、掘れば掘るほど岩盤の温度は上がり、最高では165度にも達したと言う。何度も温度計(?)が割れてしまう。
その熱い岩盤に、ダイナマイトを仕込んでも、着火するよりも先に自然発火して爆発の惨事。もちろん、何人もの死者を出す。
そこで講じられた策は、水を川から引き上げて掘ってる人にホースでかけるという。そして、その「かけてる人」にも、また、ホースで放水。
ダイナマイトには、また工夫を凝らして自然発火がないようにする。竹筒を使ったりして。 そんな苦労をしてても、死者は後を絶たず。
そのうえに日本では前代未聞の「砲雪崩」と言うものが襲う。
これは、一瞬にしてコンクリートの建物を根こそぎ吹き飛ばすような恐ろしい雪崩のようですが、当事者たちにはわけがわからず、後に離れた場所に建物の残骸や被害者の遺体を発見して慄いたようだ。 何度も、この工事は危険だから止めなさいと言う通達が出ても、結局は軍事目的であるために、人命よりも優先され、過酷な中で工事は完成する。
全長904メートルのトンネルを掘るのに、2年4ヶ月かかり、佐川組請負の第一第二工区の人命損失233人となった。
ちっぽけな人間が大自然に立ち向かうさまは、あまりにもこっけいでありそして無謀であり、そこにかくもやすやすと失われた人の命があまりにも哀れを感じる作品でした。うーん、自然って凄い…。そして人間って…馬鹿だね



死因究明―葬られた真実/柳原 三佳 ★★★★★
講談社
司法解剖の必要性は、その死因を明らかにすることで、死者の尊厳・権利を守るだけではなく、今の社会の中で誰もが持つ「死に至らしめられる可能性」を排除し、生きているものの権利を守るためににある。 本書では、現状での日本の司法解剖の驚くべき、ずさんで非人道的な実態が明らかにされている。 衝撃のルポでした! 司法解剖って言うとテレビドラマなんかのイメージが強いけど、日本においては今のところ、あれは「虚像」なのだそうだ。実は変死体の3、7%しか解剖されてないと言うのだ。 3,7%ですよ? 「病死」「事故死」の死因が特定されないと保険金の支払いにも大きく影響する。ので、日本では保険金支払いに関するトラブルが多いそうだ。 しかしそれ以上にモンダイなのは、司法解剖されないことによって犯罪が見過ごされている場合が多々あると言うこと。 ここでは、北海道で起きた木村事件という、高校2年生の少年がバイクの自損事故で片付けられてしまった死亡例などを軸に、いかに「司法解剖」が重要であるかを書いてある。 木村君は3日間行方不明の末に、バイク事故という形で発見された。ここに至るまでの警察や学校側の態度、担任の無責任さや挙・言動の不審さにも非常〜〜〜に腹が立つところである。 が、それよりも不審なのは、いろんな専門家に話を聞くと、素人目にもバイクの自損事故とは思えない。発見されたときの状況から見て警察の発表した死亡推定時刻や、その日にちさえも違う可能性が大きいとの事。なのに、バイクの自損事故で片付けるだけではなく、彼が無免許だったことから「道路交通法違反」による「被疑者死亡で不起訴」という処分まで受けることに…。 結局遺族は北海道警察を告訴することになる。 だが、火葬により死体もないから死因究明は至難の業で、事故から6年以上経った今でも、警察を相手にした遺族の戦いは続いているのだそうだ。 ここで、いかに「司法解剖」が重要なのかがわかる。司法解剖さえされていれば…。 何もかもがあいまいのうちに息子さんを失ったご両親の無念を思うと居たたまれない。 命日が来ると、お参りをする。でも、その「命日」さえ、真の「命日」ではない可能性が高いのだ。その「命日」には息子さんは生きていた可能性が高いのだ。 なぜこんなことに…と、一読者に過ぎない私でさえ憤怒がこみあげる。 他にも、司法解剖されなかったために犯罪を見過ごし、その「犯人」が犯行を繰り返したために事件が発覚した事例がたくさん紹介されている。(「和歌山カレー事件」の「カレー」以前の不審死などの他20件以上挙げられている)つまり彼らも、一度きりの犯行であれば、気付かれなかったのだよね。 司法への不信感が募るとともに、日本の現状のひどさにただ唖然として、怒りが込み上げる本書でありました。オススメ! 柳原三佳さんのHPはこちらhttp://www.mika-y.com/



人を殺してみたかった―愛知県豊川市主婦殺人事件/藤井 誠二 ★★★
双葉社
2000年5月1日に愛知県の豊川市で起きた、行きずりの高校生による主婦殺人事件の衝撃ノンフィクション。 犯行の後、かれは「ひとを殺してみたかった」と言い関係者を唖然とさせた。 彼が犯行を決意し、実行し、逮捕に至るまでが刻々と淡々と描かれていて、圧倒される。 なによりも事件後かれは「アスペルガー症候群」と判断される。 この症例は自閉症の一種だそうで、しかし、犯行とアスペルガー症候群とは一切無関係だと何度も繰り返されている。 しかし、世の中この少年のように「変わったやつ」と思われている人間は五万といるわけで、自分だって他人から見れば「変なところ」は持ってるはず。 これを「アスペルガー」なり「AD」なり(本書ではADHDは出てきませんが、症例チェックで「え?私?」と思ったこともある⇒だらしない、整理整頓ができない、モノを無くしやすい、気分がかわりやすい、気ぜわしい、心配性、かんしゃくもち、怒りっぽい、マニュアルに従うのが苦手、自尊心の低さ、不正確な自己認識、対人関係に一喜一憂しやすい、暴力行為をおかしやすい、しゃべりすぎる、手足を無意味にそわそわ動かす、順番を待つことが苦手である…なんて書かれては、胸がぎゅーっと締付けられるような不安感に押しつぶされそうになる。詳しくはコチラclick)誰が「私は完全に違う」と否定できるんでしょうか。 それと、文中に少年が井上雄彦氏の「バガボンド」が好きだという記述がある。 引用させてもらうと「とくにナオヒデ(少年の仮名)は「バガボンド」の主人公・宮本武蔵が槍術の達人である宝蔵院胤舜との戦いに勝ち、その胤舜が絶命するシーンが印象に残っていたと言う。私でさえ忘れられない1コマである…」とあるけど、胤舜、絶命していないと思うんですけど…。 手元に本がないので確かなことは言えないけど、胤舜は武蔵との死闘の末に、自分の命の大切さを師匠に思われている自分を確認し、明るい瞳の青年に生まれ変わったのではなかったか。 この豊川の少年が、胤舜が死んだと言う思い違いをしているのはいいのです。でも、この著者、ジャーナリストとして「私でさえ忘れられない1コマ…」はないだろうと思う。 ちょっと気になったので。もしもホントに胤舜が死んでて私のほうが思い違いをしていたのならゴメンナサイ。すぐに記事を直しますので教えてください。



ぱちもん/山本甲士★★★★★
小学館
面白かったです〜! 毒気の強い荻原さん?毒の弱い新堂冬樹?それよりも、やっぱ、関西弁の巻き舌を描かせたら右に出るものがいないのではないかと思われるほどのド迫力は、山本さんの持ち味ですよね!! ぱちもんって、関西弁で「偽者」のことなのね。 この本は、偽者と言うよりも、怪しげで胡散臭ーーい探偵たちの連作短編集です。 ここに出てくる探偵たちはたいてい、客から「ぼる」ことばっかり考えてる。それで、「なるほど、探偵ってこうやって儲けるのか」とか「こうして騙されないようにしなくては!」と、社会勉強ができる(笑) 一番最初に出てきた探偵が、客を騙す手口なんてとっても鮮やかで恐れ入ってしまうのだ。 しかし!こんな探偵がのうのうと騙すだけで話が終ってよいはずはない! もちろん、きっちり落とし前は…。そこまでが「どうなるの?」と、目が離せない。 さくさく読めて、思ったよりも毒気がなくて、中にはちょっぴりさわやかなお話もあったり、悪いことをしてるように見えてもちゃんと理由があったり、なんか人間を肯定的に捕らえてて読後感も割と良かった。 好みで言えば、めっちゃ好みの短編集でした! あさみさんにお借りしました。ありがとうございました!



県庁の星/桂 望実★★★
小学館
Y県職員人事交流研修者として県職員総数29000人中の6人の一人に選ばれた野村聡(31歳)。 胸に誇りを抱いて、1年間にわたる民間企業への研修に入る。 配属先は…つぶれかけたスーパー?? マニュアルも組織図もないそのスーパーで、野村は怠け者の渡辺やパートなのに絶対的な権力を握るオバチャン二宮らとともに、職員の意識変革のために働く…のだが、実際は「分かってない」のは野村のほうだったのだ! 県庁務めのエリート、なんでもマニュアルどおり、役人根性丸出しの野村がスーパーで働くうちに得たものはなんだったのか。 桂さんの放つ役人エンターテイメント!!

ちょっと読みにくかったかなー。と言うのは、各章ごとの主人公と言うか、視点が変わっていくんだけど、それがわかりにくいので章が変わるたびに戸惑ってしまって読者の「ノリ」が細切れになってしまったかな、と言うのが理由の一つ。 そして、登場人物が全然魅力的な感じがしなかったのが、一番の理由。誰にも好感が持てないんだもん。 とはいえ、中盤この主人公の野村がスーパーの中で配置換えされて、惣菜売り場に配属されるのだけど、そこから話は俄然面白くなった。 特に終盤、このスーパーで展開される惣菜売り場の客引き合戦が見もの!こんなスーパーなら私も行きたいと思う。 そして、段々と変わっていく県庁さんの心のうち。 それらは本当に面白く読み応えがあったのだけど…。 「県庁の星」と言うタイトルも読み始めと終盤では意味が違うのもひねりがあってよいと思う。 残念なのは「面白い!」と思えるまでのインターバルが長かったこと。 それにつきますねー。 桂さんには「ボーイズ・ビー」「死日記」と言う名作があるが、「県庁」が気に入った方も気に入らなかった方もぜひとも前2作品をご一読いただきたいです!!! あさみさんにお借りしました、ありがとうございました♪