2005年の読書記録*12月



あの日にドライブ/荻原浩★★★★
光文社
エリートコースから脱落した中年男が、次の仕事が見つかるまでに選んだのはタクシー運転手だった。不本意な毎日の中でいつも夢想する仮の自分。「あの日」「あの時」「…だったら」と、繰り返しながら主人公がつかんだものは…。
くよくよ三昧の主人公が、物語の終る頃にどう変わっているか、おぎりんならではの切なくユーモラスな「人生の哀愁」を楽しめる一冊。
エリートコース(大手都市銀行の行員)から、ふとしたことで外れて、今で言う「負け組み」になってしまった主人公の牧村伸郎。今は腰掛のつもりでタクシードライバーになったのだけど、行員だった時代を折につけてはため息と共に思い出し、今の境遇を嘆きまくり。 ほんとならこんな男には感情移入も出来ず、読んでいてイライラさせられるのではないかと思うけど、それがおぎりんにかかったら違うのだよね。
それはおぎりんの発する独特のユーモラスな内面描写が辛気臭い中にも、くすっと笑いをもたらしてくれるから。
過去を振り返る…実際のところ、あの時ああしていれば今の自分はもっと違う人生を歩んでいたのではないか…なんて、よくそう考えるひとと、そう言うことを考えないひとがいると思うけど、わたしなんかは結構過去を振り返ってはうじうじ悩むときもあるので、この主人公とは思考が殆ど同じだったりして(笑)。とくに、主人公はタクシードライバーと言うことから、人生を道路にたとえて「あの時あのまがりみちで曲がったら」などと考えるのだけど同じ事を思ったこともある。
そんな主人公を取り巻く人々も、また個性的でおもしろかった。 ひとは見かけと違う、その人にはその人なりの人生があり、その重みを背負ってるのだ。 自分のことに汲々としてると見逃しがしがちなもの。 ほんの少し余裕を持ったり、視点を変えれば見えるものもたくさんある。 そうして変わっていく主人公が好ましい。
荻原さんらしいラストに、すがすがしい気持ちをもらった。
同じ年頃の、人生にちょっと疲れ気味の中年には、一服の清涼剤となリ得る作品なのではないだろうか。



龍の黙示録/篠田真由美★★★
祥伝社
主人公の柚ノ木透子は、ある人物の紹介で鎌倉の著述家の龍緋比古(りゅうあきひこ)のところに秘書として働きに行くことになった。 しかし、透子の知り合いが言うにはまったくの同名の人物が明治時代から存在しており、しかもその容貌までも酷似していると言う。そして、その年令さえも…。そこで、龍が吸血鬼では?と言うのが、知り合いの言い分なのだが、現実派の透子はそれを、一笑に付していた。 が、透子の周辺にもなにやら不思議な出来事が重なり、ついには透子も巻き込まれていく…。 はたして、龍の正体は?

わたしは吸血鬼が好きなのです。吸血鬼と言えば、血を吸われても構わない、それどころか吸ってください!と言いたくなるようなイケメンと、相場が決まっています。そう、この龍さんもすっごくイケメンっぽい!(彼が吸血鬼かどうかは読んでのお楽しみ、ということで(笑))そしてとってもクールなんです。魅力あふれる龍に、ぐいっとひきつけられました!
良い意味で漫画やアニメのように、その場面が浮かんでくるような、耽美的な雰囲気の作品でした。 あとがきで、著者篠田さんと恩田陸さんが対談をされててそれも面白かったんですが、そこで恩田さんが「龍を演じるとしたら『トヨエツ』が良い」と言っておられて、びっくり!実はわたしもそう思いながら読んでいたので。当然カイルは若かりし日の武田真二…。なんか、別のお話になりそうだけどね(笑)
らむちゃんにお借りしました。 ありがとう〜♪



物乞う仏陀/石井光太★★★★★
文藝春秋
以前、とあるバラエティ番組の企画で、若手お笑い芸人がユーラシア大陸をヒッチハイクで横断して一世を風靡したものがあったけど、この「物乞う仏陀」の作者の石井光太氏は、それに触発されて同じように海外旅行に出かけたと言う。
アフガニスタンとパキスタンの国境への旅。
そこでは、手足を切断された人々や、重い皮膚病や、ケロイド、眼球のない顔が、現実を突きつけてきた。
どこの国にもこう言う人たちはいるのか、この場所が特別なのか…。
著者は彼らを夢に見てうなされ、そして、その疑問を明らかにすべく各国への旅を続ける。
どこの国にもこう言った障害者や病人はいる。そして物乞いをして生きている。
なぜ、手足を切断されたのか、そして、物を乞うようになったのか、各国でどのような状況に置かれているのか、それらを知りたくて東南アジアに旅立った著者の、想像を絶するレポート。同じ地球上に住んでいるのを疑うような現状に、唖然とするばかりだった。

著者のHPはこちら



モモ/ミヒャエル・エンデ★★★★★
岩波書店
モモと言う少女が主人公。
モモは不思議な女の子。ボロい紳士用ジャケットを着て、つぎはぎだらけのスカート、髪はぼさぼさ。あるときどこからともなくやってきて、この町の円形劇場跡の廃墟の一画に住み着く。そして、人の話を聞いてあげるという「能力」で、町の人の心を癒していくのです。そうして、モモはみんなの大事な仲間になります。
ところが、ここに現れたのが時間泥棒たち。人の時間を「時間貯蓄銀行」に「貯金」?「貯時間」?するんです。
すると、人は今までのようなゆったりした時間の使い方が出来なくなり、いつもいつも時間に追われるようになってしまう。
さて、ここで「はっ」と思わせられるのは、時間泥棒たちがみんなの時間を盗むようになって、世界ががらりと変わっていくんだけど、その様子って言うのが…。
まず、大人達はセカセカ。いつも笑顔もなく仕事をこなし、 機能的に早く作れるようにまったく同じデザインの家が所狭しと並ぶ町並み。 食事がゆっくり出来ないように(お客さんの回転が早いように)椅子なしの高いテーブルが並んだ、ビュッフェ+バイキング形式のレストラン。 子供は大人たちに構ってもらえず、ひとりで遊べるようなおもちゃを与えられる。それは想像力も友達も要らず発展性もなく、飽きたらどんどん他のおもちゃを欲しくなるようになっている…。
さて、どこかで聞いたことがあるのでは?いや、いつも見ている風景と言っても過言ではないのでは? 私たちの世界は、すでに時間泥棒たちに時間を盗まれているのかもしれないね。
そして、そのなかで時間泥棒とたったひとりで戦うモモ。味方は不思議なカメ。どうやって、時間泥棒たちから、みんなを守るんでしょうか。 モモの仲間を思う優しい気持ちと、不思議な世界に魅了され、最後まで息をもつかせぬ展開で、娘にも充分この物語のおもしろさは伝わったようです。
大人ももちろん楽しめるので、未読の方はご一読をどうぞ♪



夜市/恒川光太郎★★★★★
角川書店
物語は、ホラーというよりも不思議系ファンタジーという要素が強く、主人公がその昔に迷い込んだ「夜市」で、「自分の欲しい才能」と引き換えに弟を売ってしまった…。という、一見、え〜??悪魔との取引系?と思うようなストーリーである。
現実派にはちょっと受け入れられない展開だけど、これがなかなか、逸らさないというか、ひきつけられるというか、すっかりその世界観にはまり込んでしまいぐいぐいと読めてしまった。
主人公は弟を売ってしまったことを悔いているのだ。 で、再び夜市に入り込み、弟を取り戻そうというのだ。 そのために、GFを連れて行くのだ…。
不思議な夜市の中で戸惑うGF。そこで味わう数々の不思議な体験。そして物語は思わぬ展開へと読者を導く。 正直言って「ああなって、こうなるのだろうな」と思っていて、案外その「読み」は、的外れでもなかったが、もっと深かった!!
このストーリーの展開の絶妙さ。選考委員絶賛というお墨付きも、納得できると思う。 そして、もう一遍の「風の古道」 これも不思議系のお話で、この世の世界とは違う異次元の世界というか、別世界に迷い込んだ少年の物語である。 これもまた、現実派には「?」な設定でありながら、ぐっと読者意欲を鷲づかみにされるような良質のファンタジーで(あえて、ホラーといいません)しみじみ、じわじわ心に染み入るような話だった。
これはかなり印象に残る作品で、次作が待たれる。期待大の作家さんですよ!もっと他の賞をとってもいいぐらいかも♪
あさみさんにお借りしました。ありがとうございました!!



小説 直江兼続/童門冬二★★★★
集英社文庫
あー、やっぱ私は歴史音痴なんだな〜。
この直江兼続ってひとを全然知らなかったです。お恥ずかしい。有名なひとなんですね。どう有名かというと、戦国時代太閤秀吉に気に入られて、大名ではなく家臣であったのに大名よりも高い地位や名誉を与えられた人だそう。おまけに一番かわいがっていた加藤清正にも与えなかった「豊臣」姓をあたえたそうな。
その人物像は魅力あふれるもので、主人上杉景勝との主従関係にもその魅力は表れている。物語中で一番感銘を受けたのが、主景勝との信頼関係。
景勝の兼続に寄せる信頼も半端じゃなく、そしてそれに応えようとする兼続との結びつきは、そんじょそこらの恋人同士や夫婦よりも強硬で、美しく感じられた。
また、彼はかの石田三成とも、固い義兄弟の契りを結び、石田三成が秀吉亡き後窮地に追い込まれて行ったときも兼続は見捨てずに、契りを守り通したと言う。それはとりもなおさず、上杉家にも危機を与えるものだったにもかかわらず上杉景勝は
「与六(兼続の愛称)とならどこまでも共にいく」
と言うのだけど、ここが私のこの本の中での一番好きなところです。 「ハプスブルグの宝剣」のフランツの「ふたりでトスカナ人になろう」を思い出した!兼続も魅力的だけど、上杉景勝も兼続以上に魅力的に感じた。
兼続、景勝だけではなく石田三成、伊達正宗、千利休、そして兼続の妻お船、おしのなど、脇を固める人物像も魅力的に描かれていて、物語としてはとってもおもしろく、一気に読ませる一冊でした。
らむちゃんにお借りしました。ありがとうございました♪