2006年の読書記録*11月



空飛ぶタイヤ/池井戸潤★★★★★
実業之日本社
すごく面白かった!!
ストーリー性、メッセージ性、エンタメ性、物語の構成、人物造形、と3拍子も4拍子も5拍子も揃った傑作でした。
(わたしにとっては・・・と言わせてください(笑))
あるとき、運送業者のトラックのタイヤがはずれ、道行く主婦を直撃して死なせてしまう。
非は運送会社にあるとして、世間から非難糾弾され警察からも犯人扱いされる社長の赤松。
しかし、日ごろから整備や点検に余念がなかった赤松は、どうしても「整備不良」というトラックメーカーであるホープ自動車の主張を受け入れられない。
事故が赤松にもたらす影響は大きい。
顧客離れや取引銀行であるホープ銀行の冷遇。そして、地域に生きる一個人としても思わぬダメージを受けるなど、次第に追い詰められていく赤松。
亡くなってしまった主婦やその遺族の気持ちと真摯に向き合いながら、家族や会社や従業員のために真実を突き止めようと立ち上がる赤松の、魂をかけた闘い!!
実際に起きた事故(事件)を元にしているので、おのずと結末は見えているが、物語はそこにたどり着くまでのさまざまな出来事を、臨場感豊かに描いてあり、引きずり込まれる。
主人公の赤松が追い詰められていく様はリアリティがあったが、その理由のひとつは、著者ならではの「銀行の姿勢」が内外から描かれているからだろう。ここに登場するホープ銀行は、財閥系のグループ企業で「ホープにあらねば人にあらず」という財閥独特の体質を今も持ち続けている。
そして、赤松の事故を起こした営業車は、ホープ自動車のトラックだ。しかし、ホープ自動車は事故の原因を「運送会社の整備不良」として赤松の異論を許さない。
また、同系列というだけで無理な融資を吹っ掛けてくるホープ自動車に、手を焼くホープ銀行は、その片方で赤松運送には過酷な処置をとろうとする。
赤松運送vsホープ自動車vsホープ銀行という三つ巴の攻防に、眼が離せないのだが、巨大企業のまえに吹けば飛ぶような中小企業の赤松が、どのように挑んでゆくのか、そこが一番の見所でもある。
各企業内部でも、社内勢力の拮抗が繰り広げられるところに読み応えがあったし、赤松の子供の学校で起きていることもまた、ぐいぐい読ませられた。

しかし、わたしが今回一番印象的だったのは、主人公赤松の人間性だ。 彼は愚直とも言えるほど実直だが、誠意と気骨を併せ持つ好人物で、読者として肩入れせずにはいられなかった。
おのずとそういう好人物には人が寄ってくると言うことか、赤松の周囲を取り巻く人たちの描き方もよかった。
時々眼を潤ませられてのラストは、これまた意表をつく爽やかさ。
読んでよかった!おススメです!

しかし、この実際の事件、本書を読むと事件に対する恐ろしさがさらに募ってくる感じです。 消費者の安全は、企業側のモラルの上に成り立っていると言う現実を突きつけられた気がした。 営利優先のために、ないがしろにしている大切なものにもう一度眼を向けてほしいものです。企業も、そしてわれら消費者も。




シャドウ/道尾秀介★★★★
東京創元社
道尾さんは初めて読む作家です。
冒頭からすんなり文章に入れて、そのまま一気に読まされました。
面白かったです!

主人公は小学校5年生の我茂凰介(がもおうすけ)。
癌で母親が亡くなり、父親の洋一郎との二人暮らしが始まる。
しかし、哀しい出来事はそれだけではなかった。
その数日後、母親の親友であった恵が身投げして死んでしまったのだ。
その夫は父、洋一郎の同級生であり旧友でもある水城徹。
水城の一人娘は、凰介の幼馴染であり同級生でもある亜紀。
不幸なことに、親を亡くすという同じ状況に陥った凰介と亜紀だったが・・・。
特に大きな事件性のある設定ではないのだけど、凰介がふとした拍子に見る幻のような光景や、父親の態度にどことなく不安を感じるらしい凰介の心理描写、おなじく父親に不信感を感じるらしい亜紀の心理、パソコンに残る「あるはずのない」ファイル、時々挿入される精神病患者の症状やレポート・・・などが、ミステリーな感じ。
人の心理なんかを淡々と追っているだけともいえる展開なのに、不思議と読者の心をわしづかみにして離さない。
逸らされることなく物語を読み進めていくと、ラストには驚きの真実が用意されていて、「やっぱりミステリーだった」という感心が沸き起こる。

また、この著者のほかの作品もぜひとも読みたい! と言う気持ちにさせられる一冊でした!!



空白の叫び/貫井徳郎★★★★
小学館
面白かった!こういうのがほんとに好みのタイプの小説です。 3人の14歳の少年の出会う前と、出会った後のことを描いてあるんですが、背景や人となりを丹念に描いているので、読み応えがあった!! 読み終えるのが惜しいとさえ思えました。

最初は誰にも好感など持てずに、それでも物語りそのものに引き付けられて読んでいたのだけど、読めば読むほどにだんだんと少年たちが魅力的に思えてきて・・・。 少年たちはぜんぜん変わらないのだけど、こっちの気持ちがだんだん少年に引き付けられていくと言う感じで、ともかくおもしろかった!
「愚行録」に続き、はまりました! 貫井さんの小説は結構読んでるけど、一番は「空白の叫び」に決まったね。2番が「愚行録」。次も期待していますよ!!
久藤美也(くどうよしや)は、その女性的な名前から小学校のときいじめにあう。中学になり、あることがきっかけでいじめた側と立場が逆転してからは、一匹狼的な存在で己の権勢をひけらかし世の中すべての凡庸なものを憎む問題児になってしまう。そこへ久藤美也が最も嫌う凡庸この上ない教師がやってきた・・・。
葛城拓馬は裕福な医者の家庭に生まれ、一見何不自由のない暮らしをしている。まれに見るような美少年でもあり、特別な存在の拓馬はいつも平常心を失わないのだが、唯一彼をいらだたせる存在は、父親の使用人宗像の一人息子の英之だった・・・。
神原尚彦は、母親に捨てられたも同然で、祖母と叔母との3人暮らし。祖母が突然病気になり、母親と久しぶりに連絡を取り合うが、尚彦の目の前で母と叔母は醜い争いを始めてしまう。姉妹であるふたりの間に何があったのか。そして、死んだと聞かされていた父親が生きていると知ると同時に、病気の祖母が死んでしまい・・・。
同じ14歳と言うことのほかには、ぜんぜんつながりのない3人。この3人のつながりが見えてきたとき、物語は3人を転落の淵に立たせます。たった14歳の少年たち。彼らが、自分たちに襲い掛かる運命の波にどう抗うのか、それとも飲み込まれてしまうのか。
少年たちの心理描写を丹念に描いてあり、最初こそ少年たちの理屈っぽさや、年の割りに老成しすぎていることなどに鼻白んでしまう部分もあったのだけど、だんだんと彼らの気持ちに引き付けられていった。
特に印象的だったのは久藤美也。
人間が、明るさや前向きな気持ち、悪い言い方では軽さや欺瞞、偽善と言った、社会生活を送る上で良くも悪くも必要な感情をすべてそぎ落とすとこういう人物になるのではないかと言う感じがした。
ある意味ここまでシンプルな人間はいないのでは?と言うほどに達観したシンプルさがあって、最初は嫌悪感しか抱けなかった久藤に対して、だんだんとカッコよく見えてきたのが不思議だった。
久藤のほかの二人も十分な心理描写が出来てて、それぞれにものすごく感情移入していった。
久藤と逆に、かわいそうな生い立ちの神原は最初こそ同情したり、好ましく思えたりしたが、だんだんとその芯にある邪気を感じていったのもおもしろい。
少年たちが犯した罪にたいする気持ちや贖罪と更生という少年法とは切っても切れない問題に、こういう形で切り込んだのも目新しく感じた。 前編暗いし、ラストも決して爽やかといえない、それどころか後味が悪い部類に入るのかもしれない。それでも、わたしは目が潤んだ。 これからどうするの、と言う思いと、ある意味では「よかったね」と言う気持ちと、これからがんばりな!と言う気持ち、いろんな気持ちが混ざり合った不思議な感じ。

この少年たちのその後の物語も読みたい気がしたのだった。



毒 poison/深谷忠記★★★
徳間書店
読み終えたとき「一体わたしはこのタイトルの作品に、何を求めて読んだのだろう」と考えてしまった。 「毒」と言うからには「毒」を扱っているに違いないのに。 わたしは人間の心の中にある「毒」を求めて読んでしまった。
本書は、人間の内面に焦点を当てた作品ではなく、「毒」を取り巻く本格ミステリーでした。
誰が、誰を、どのように、どう言う方法で殺したか…それが読者にわかるかな?というタイプの、本格ミステリー。
冒頭、父親の長年のDVのためついに殺そうと決心する「息子」。
次ぎの場面では、病院に勤める看護婦たちがある患者に恐怖心すら抱いているという話。
その患者が、冒頭の少年の「父親」なのか?

どちらかと言うと、犯行の状況や模様よりも、わたしは人間の内面をコッテリ、じっくり描いてあるような本のほうが好きなんです。 ちょっと求めていたものと違ったので、ガッカリしたかな?