2006年の読書記録*12月



配達あかずきん/大崎梢★★★★
東京創元社
「威風堂」という本屋さんで繰り広げられる、日常の何気ない出来事に潜んだミステリーを絡めた人間模様。 こんな本屋さんがあったら、ぜひとも行って見たい、そして出来ればわたしもこんな本屋さんで働いてみたい、と思わせられる作品。 ミステリーも決して血生臭くないし、それほどははらはらさせられるものでもないのだけど、自分にも分かるかもしれないと思わせる作りになってて、いつもなら推理モノを読んでいても推理もしないナマクラ読者のわたしも、思わず謎解きに参加してしまっていました。 だいたい、冒頭からお客さんがとんでもない乏しいヒントで「こういう本を探している」と言うのを、「何の本だろう?」と、登場人物たちと一緒になって考えてしまう。しかも、自分が読んだ本なら当たっていても外れていても、そこにそのタイトルを見つけるだけで嬉しい。 マンガもあってそれがまた、漫画好きにはたまらん嬉しさ。 「あさきゆめみし」が出てくる「標野にて 君が袖振る」なんてかなり気に入りました。こう言うタイトルのチョイスが作者の幅広い本好き魂を見せてくれて、語り合いたい!とさえ思わせられたり。 巻末に書店員の対談があり、これまた興味しんしんで読ませていただきました。



わらの人/山本甲士★★★
文藝春秋
気が弱く、言いたいことも言えず不正の片棒さえも、不本意ながら担いでしまう主人公のOLが、ふっと気まぐれで入った「理容店」。そこで自分が知らないうちに眉毛を整えられていた。すると、ああらびっくりなんだか自分の性格が変わったみたい。この眉毛に似合うようなメイクをしてみれば、今まで似合わないと思ってたスーツもビシッと決まる気がする。はたして意気地なしのOLは、生まれ変われるのだろうか? この不思議な理容店に入った人々は、女主人の手技にうっとりと眠気を誘われ、夢うつつのうちに女主人の言うがままに「変身」してしまう。 その「客」となる人々が、理容店への入店前と入店後にどう変わるかを描いた連作短編集。 山本さんの作品と言えばなんと言っても「どろ」「かび」「とげ」が面白かったし、こういうカラーの作品を書く人だと思っていたら「ぱちもん」みたいな、泥臭いけどどこか爽やかな物語りもよかった。 それに比べたらちょっとパンチに欠けた気がしたけど、人間なにかほんのちょっとしたきっかけがあれば、今までの自分と違う自分に変われるかも知れない、そして人生前向きに生きる事が出来るかも、というメッセージが心地よかった。 特に好きだったのが上司と一緒のハイキングの途中でプチ遭難してしまう会社員の話。いつも頼りない彼がやけに頼もしく見えるのは、いわずと知れた「髪形」の変化のせい・・・だけでは、決してないところがミソですね。



果つる底なき/池井戸潤 ★★★
講談社
先日大変面白く読ませていただいた「空飛ぶタイヤ」の池井戸さんの、乱歩賞受賞作品です。 内容は、 二都銀行に勤める「私」の同僚でもあり友達でもある坂本が、突然死してしまう。 アレルギーによるショック死だというのだ。 その当日の朝、私は坂本に会いいつものように雑談を交わして分かれたばかり。 しかし、坂本は別れ間際に「これは『貸し』だ」と言うなぞの言葉を残していた。 その言葉と坂本の死は関係があるのか? 坂本のパソコンのデータを調べたり顧客情報を調べてゆくうちに、私はあることに気付いてゆく。 果たして坂本の死の真相は・・・。 乱歩賞にふさわしいミステリーらしいミステリーでした。 が、どうして、アレルギーによるショック死でないといけないのとか、その辺が納得できず、別の方法でも差し支えない所が残念。 しかし、池井戸さんと言うのはなんという魅力的な主人公を作り出すのか。 「空飛ぶタイヤ」もそうでしたが、この「果つる底なき」の主人公もすごく魅力的。 ストレートにかっこよいのです。 むろん、武術に長けるとか、格闘が強いと言う類のかっこよさでもイケメンで女が寄ってくるというタイプのかっこよさでもなく、一本通ってる本筋がかっこよいのです。 じつはわたしは本当に金融関連に対して(も)弱くって、「債権」「回収」「株券」「利率」とかに対しては、全然ダメなんです。 正直良く分からない部分が結構あった。 でも、それを差し引いて人間ドラマとして見たとしても十分読ませるものがあったと思います。 もっと金融に強かったら、面白さも倍増しただろうなと思うと残念ですが。 この池井戸さんの文章とか、すごく読みやすいし性に合っているだけに残念。 その意味では「空飛ぶタイヤ」は絶品でしたよ。



グロテスク/桐野夏生★★★
文藝春秋
今さら説明の必要もないと思うけれど、実際に起きた「東電OL殺人事件」を下敷きに作られた小説のようです。 読むまでは、殺された被害者を主人公にした物語なのかと思っていたけど、実は、殺されたのはOLの彼女(本書では佐藤和恵と言う名前で登場)と、もう一人ユリエという女性の二人です。 そして本書の主人公は、そのユリエの姉。姉(名前が出てない?)の視点から一人称語りで、ユリエとの姉妹としての生い立ち、Q学園での佐藤和恵との出会い、そして事件が起きて現在までを描き、その合間にユリエの日記や、殺人犯の中国青年チャンの告白、和恵の手記などが挿入されていて事件の全容に迫ると言う形です。

あまりにも生々しいというか、実際の事件をここまでリアルに描いた「小説」も類を見ないのでは? しかも、このモデルとなったのは「被害者」であり、殺人によって命を奪われてしまった女性です。
被害者の遺族、特にお母さんの気持ちを思うと、ここまで細部にわたって、たとえ小説とは言えフィクションとは言え、すべてを白日の下にさらしても良いんだろうか?と、、、
まぁ、「読んでおいてそれは無いだろう」と言う感じでしょうけど、しかし読みながらそう思わずにいられませんでした。

今日図書館へ行ったので、佐野眞一氏の「東電OL殺人事件」も立ち読みしてきたのだけど、前書きの部分に殺された被害者のお母さんの手紙と言うか文章が掲載されていて胸がつまりました。
ひとりの女性の心の闇と言うよりは、本当に孤独で寂しい人生を描いた小説と言う事ではものすごく心に残りますが、好きなタイプの小説ではなかったかな。本書の中で一番「小説らしい部分」はチャンの「私のやった悪いこと」と言う章ではないでしょうか。そのほかはすべて物凄く生々しかった。



不祥事/池井戸潤★★★★
実業之日本社
長編好きなわたしも十二分に楽しめる、銀行を舞台にした連作短編集でした。 と言うのも、連作と言いながら、一話一話のつながり方が「長編」と言っても良いようなラストに向けての展開です。

主人公は、銀行の組織の中の「臨店」と言う部署に配属された相馬と、その部下の花咲舞。
以前の部署で彼女と一緒だったことから、よく知る相馬は気の強い花咲を「狂咲(くるさき)」と呼んで顔をしかめて敬遠しているのだが、どうしてどうして、この花咲が臨店として本書の中で大活躍!
臨店としてあちこちの支店に、あるときは助っ人に、またあるときは内部告発の主を探すために、派遣されるのである。
ここでは銀行の、「水清くして不魚住」と言う内部の様子が描かれていてとっても興味深い。
その中で起きるいろんな事件やトラブルを、探偵よろしく花咲舞が解決して行くのだけど、すべてにおいて及び腰で日和見な相馬とは対照的なのが面白く、また銀行幹部はまるで時代劇の「代官と越後屋」みたいな感じなのも笑える。
いわばまともすぎるような勧善懲悪だけど、花咲舞の活躍は爽快だし彼女が切る啖呵の一つ一つがカッコよく、そして彼女の言う事は非常にまともで思わず「うんそうだ!」と頷いてしまうことばかり。
銀行を舞台にしているけど、難しい金融用語も出てこず、わたしにも非常に分かりやすくサクサク楽しく読めました。



プリズム/貫井徳郎★★★
実業之日本社
ある若い女性の小学校教諭が殺された。 その女性教師は睡眠薬入りのチョコを食べたうえ、窓を割って入ったらしい何者かに、頭部を強打されて死んだらしいのだった。 チョコを送ったのは誰か、チョコを送った人物と殺人を犯した人物は同一人物なのか?そして、なぜ、女性教師は殺されなければならなかったのか?? その謎を、受け持ちの児童たち、同僚の先生、大学時代の友達などなどそれぞれが、探って行くという連作短編集。 児童から見たら申し分の無い先生であったけれど、他人の目からはまたそれぞれに違う面が見えていたところに、タイトルの意味があるのだと思う。 こういう推理小説らしい推理小説を以前は好んで読んだのだけど、今読むとやはり不自然だったりリアリティにかけたりする部分ばかりが目に付いた。 貫井さんらしく、サクサクと読ませられはしたし、意外性のあるラストもそれなりに面白かったけど、近年の「愚行録」「空白の叫び」には及ばないと感じた。



殺人の四重奏/藤本ひとみ★★★★
集英社
ひさしぶりの藤本さんの歴史ミステリー。面白かった!堪能しました。欲を言えば短編集よりも長編が読みたいけど、それぞれのお話が読み応えのある短編集でこんな短編も決して悪くない!満足満足。嬉しいプレゼントでしたよ。美しい宮廷、華やかな街を舞台に人間の欲望やエゴイズムを描いてあり、ミステリーとしても読ませるし、おススメです。

一番よかったのは、やはり「マリーアントワネットの首」です。 主人公のマリーは、蝋細工師。革命の中でギロチンにかけられた有名人たちの首を、首切りサムソンから借り受けて、デスマスクならぬデス首を型に取り、蝋細工(蝋人形)を作るんです。 で、このタイトルなんだから解りますよね? しかし、それだけではなく、ギロチンが出来るまでには様々な拷問って言うものがあったので、その様子が処刑人のサムソンの口から語られたりする場面が、おぞましくもぞくぞくしてしまう。 それに、相変わらずいい男を描くのがうまい藤本さん。ほんの少ししか登場しなくて、いつものような濃厚なラブシーンなんてどこにもないんだけど、なぜか心惹かれるアンリ・サムソン。 この人を主人公に長編書いてください!

収録作品は
●寵姫モンテスパン夫人の黒ミサ
●詐欺師マドレーヌの復讐
●公爵令嬢アユーラのたくらみ
●王妃マリー・アントワネットの首



向日葵の咲かない夏/道尾秀介★★★
新潮社
夏休みが始まる直前の日、学校を休んだ同級生S君の家に届け物をしに行く主人公の「僕」ミチオは、そのS君の家でS君が首をつって死んでいるのを見る。そして学校に戻り先生に訳を話し、警察の出る幕となるのだが、警察がS君の家に行った時はS君の姿はどこにもなかった。 しかしS君は姿を変えてミチオの前に現れる・・・。それは・・・。

読みやすい文章で、サクサクいける。 なんで「S」君なの? 名前を付けてやってくださいよ。とか、 主人公ミチオもそうだけど、3歳の子どもがこんなにしっかりしているわけないじゃないか、とか、突っ込みどころは満載ですが、全編魅力ある文章で一気に読ませられた。
真実がどうなのかも気になる所ですが、その真実に本当に迫っているのかどうかが怪しげな所も、先を急がせる原因かも。 また登場人物たちの背景もなんとなく不気味で、各所に思わせぶりな設定がちりばめられてて、目が離せない展開。

本格ものってどうしても帳尻を合わせるように無理なラストが多くて、この物語もどちらかと言うとそういう部分も無きにしも非ず、と感じましたが、それでも読後感は「面白かった!」と言えるでしょう。
でも、わたしはどちらかというと「シャドウ」のほうが好きかな。
↓ちょっとネタばれ
岩村先生、不気味な存在で期待していたんだけど、やはりあの人が犯人ではあまりにありきたりな展開だったよね。 読み終えてみれば誰にも好感も、共感も持てなかったのが残念。 面白かったけど「ふーん・・・」で終わってしまいそうな。 S君の「岩村先生に殺された」という告白、あれはどんな理由を付けても本当のことがわかってから考えると「そりゃないよ!」って感じがしますね。そこだけは本当かと思って読んでたわたしが単純すぎたのかもしれないけどね。



雨のち晴れ、ところにより虹/吉野万里子 ★★★★
新潮社
吉野万里子さんって、初めて。 お名前も存じ上げませんでした。

●第一話:なぎさ通りで待ち合わせ
●第二話:こころ三分咲き
●第三話:ガッツ厄年
●第四話:雨のち晴れ、ところにより虹
●第五話:ブルーホール
●第六話:幸せの青いハンカチ

人の繋がりは優しさだけで出来ているんじゃない。
でも怖がるだけじゃ何も始まらない事だって知っている…。
夫婦のすれ違い、親子の行き違い、親友との仲違い。
きっかけはみんな些細なことなのに、思いがねじれて交錯する。
人は何度でも幸せになる資格がある。
      帯より


ちょっと誤解したりけんかをしたりした友達や夫婦たちが再び心を通わせるようになるまでを描いてある短編集です。 心がぽっと温もる感じの残る読後感の良い短編ばかり。 たとえば、第一話の「なぎさ通りで待ち合わせ」は「食」の不一致から離婚寸前になってしまった夫婦のものがたり。「性格の不一致」って良く聞くけど「食の不一致」とは!実際些細なことが夫婦に亀裂をもたらすのは、長年「夫婦」やってると実感としてわかる。これもきっとあるだろうなと言う感じがした。 母子家庭の娘が、『大学進学をきっかけに母親が再婚を考えている』と思い悩む「こころ三分咲き」もなかなか予想外の展開が面白かった。けど、この物語の中で、塾講師をしている母親の同僚が、主人公に向かって「大人になって母親を解放してやれ」と言うような進言をする場面があるんだけど、これがとってもむかついた。 そのタイトルどおり「ガッツ厄年」は、厄年にいやなことが重なる女性たちを描いてある。わたしは厄年って言うのが何歳なのかも知らないで生きていますが(当然お払いなども受けたことがない)「厄年」と言う存在を『許容』と言うのはへんないい方だけど、自分の中に置くことで、却って気分が楽になることもあると、目からうろこの物語でした。 「雨のち晴れ・・・」表題作だけあってこれが一番よかった。 入院中の主人公に、なにかと構ってくる看護婦。主人公が決着を付けたい過去がなぜか、人生の終焉を過ごすホスピスで頻繁によみがえる。思いがけない真実と、幻のような希望…。なぜか爽やかな読後感でした。 「ブルーホール」うーん、これだけはものすごく読みづらかった。なぜだか解らないけど、文章がすんなり読みこなせないと言うか。 「幸せの青いハンカチ」は、友達の結婚式に悶々とする主人公の心情を描いてあります。

あさみさんにお借りしました。 ありがとうございました。



ぬるい生活/群ようこ★★★★
朝日新聞社
相変わらず笑いました! 年齢を重ねることをしみじみと身近に感じるようなエッセイで、視力の衰えに始まり、皮膚のたるみや女性としては素通りできないことがスパッと書かれてて身につまされることばかりを「そうそう!」と言う勢いのうちに読んでしまう。でも、笑ってしまうんだけど、やっぱりどこかその笑いが乾いてるような気がしたけど。 顔の毛穴が大きくなるとか、縦長になるとか、毛穴が数えられるぐらいくっきりと見えるとか。 そして、今回、印象に残ったのはなんといっても「ホメオパシー」です。 これは何かというと、更年期障害の症状のひどいお友達が受けた一種の治療法なんだけど、「同毒療法」と言ってトリカブトや砒素も使うような治療法を用いるらしい。で、これをお友達が受けて、すごくひどかった更年期障害の症状がかなり改善されたそうだ。ま、お友達はその後の不摂生がたたり(と、わたしが言うのは口幅ったいような気がするけど)症状は戻ったりもしたらしいけど、何度も「ホメオパシー」と言う単語が出てくるので、しっかりと覚えてしまった。 自分にもいつかやってくる更年期。そのときどうなるかは、まだまだわからない。けれども、群さんのエッセイには群さんを含め、いろんな女性のいろんな症状が書かれているので、その時がきたらまたこの本を読みたいと思う。ほんとは「思い出したい」と言いたいけど、覚えてるわけが無いからね。 それと、群さんのごく親しい女性作家が亡くなった時の事が、この本には登場しますが、友達を突然失った喪失感に苦しむ群さんの様子に、胸が詰まりました。死を選んだことについて責めたりせずに「ごゆっくり」と認めてあげたい自分がいたり、その片方で悲しみのあまり体調を崩す自分がいたり…と言うことが淡々と書かれていますが、この文章から群さんの悲しみの深さが伝わり、泣ける。 更年期は延々と続き、50歳もいいものよ、と言われていたけれど自分ではそれほど悪くも無いけど取り立てて「いいものよ」とは言えないという群さん。ひたひたと忍び寄る足音が聞こえる妙齢の自分には人事とは思えず、けれども、ただ怖がるだけじゃなく群さんのような心境に至ることが出来ればいいなーなんて思ったけど、無理だろうなぁ!(笑)