2006年の読書記録*2月



レイクサイド/東野圭吾★★★
日本之実業社
ふつーの推理小説、というかんじで、正直言って可もなく不可もなくって感じ。 だいたい、東野さんあたりになると、読むほうも「めちゃくちゃ面白いもの」を期待してしまうので、普通の感じじゃちょっと物足りなく感じます。

+++あらすじ+++

中学受験を控えた3組の家族が、親子合宿と言うかたちでやってきた湖畔の別送。そこで殺人事件に巻き込まれていく…。と言う話です。

+++感想+++

淡々とした、本格ミステリーで、謎解きを楽しむのがメインかな。
わたしはどっちかというと、殺人の背景にある動機や、人間模様をどろどろ〜ぐちゃぐちゃ〜としつこく描いてあるほうが好みなので、その点はあっさりしすぎだなーと感じました。
殺人事件を隠蔽するために、細工を施すシーンがあるんだけど、ああいうのももっと微に入り細を穿つような描写が欲しかった。
やってるほうの心理描写なんかも、もっと凄まじいものがあるのでは?
でも、これ、中学受験にのめりこむ子供と親の姿をかなり手厳しく風刺してあるので、そこはおもしろかった。
子どもが言うのです。
「いい学校に入れば得になる。入れなきゃ損だ。
 悪いことをしてお金をもらう役員だって
 東大を出てるからそう言う仕事に就けるし
 また、東大出の警察官にかばってもらえる。
 世の中、出世したものが勝ち」
って。
これは、もちろん親が教え込んで、勉強するためにはっぱをかけてるんだけど、そのあたりの皮肉の入った今の世の中への批判が、結構きつくてよかったです。



殺人の門/東野圭吾★★★
角川書店
うーん、ビミョー。

ともかく、全編嫌な感じのイライラが付きまとい、どうなるんだろうとページを繰る手が止まらなかったのは確かだけど、ずっとずっと主人公の男に対して「あほっちゃう〜〜??」と、思っていました。
この主人公の男が運命の罠のように、ひとりの男の思惑に絡めとられて身動きが出来ず、転落していく半生を描いたものだけど、逃れられないって言っても、その気になりさえすれば逃れられるんじゃないか?という、じれったさ。多分、もう、蜘蛛の巣に引っかかった蝶のごとくに、主人公の体には無数の目に見えない「糸」が絡まっていたのだとは思うけど…。はたから見てたら「なんとかしようと、本人が思って、本人がしっかりしたら、何とかなったのでは」と思えてならないので、もう本当にイライラしました。

タイトルの「殺人の門」と言うのは、殺人者になるための門 という意味で、その門を開くためには何が必要か、と、考え込む主人公に「早く、さっさと殺せ!!」と、何度思ったことか。
その結果あのラスト…。
もう、どうしてよいか分かりません。
なんとも読中読後の悪い小説でした。



愛されない子―絶望したある生徒の物語/トリイ・ヘイデン★★★★★
早川書房
続けて、トリイ・ヘイデンを読みました。
本当に中毒か?と思うぐらい読んでしまった。
何よりも作り事ではない真実の迫力も魅力だけど、トリイの文章力の高さに参っています。すごく読みやすく整然とした文章。飾り気のない淡々とした描写の中に、深い愛情が見えて虜になります。

今回は、トリイが結婚直前、イギリスに永住権を確保しようとして、ビザが手違いなどで下りず、アメリカを中々出られない、その間に頼み込まれて受け持った特殊学級での出来事です。
ダーキーという精神分裂症の男の子と、レスリーと言うトイレットトレーニングも出来てない重い精神遅滞の女の子、そして注意力散漫で暴力傾向の女の子マリアナの3人を受け持つことになったのだけど、そこにアイルランド紛争で傷ついた姉妹、ジェラルディンとシェモーナ、従兄弟のシェイミーが加わりトリイひとりで切り盛りするには限界となったとき、思わぬ助手の申し出があった。
それはレスリーの母親のラドブルック。
彼女は上手く我が子とかかわりを持てないばかりか、対人関係が確立できずに辛い気持ちを持っていた上、家庭での立場も良いものではなく、お酒に溺れては誰とでも寝てしまうような素行で有名だった。 彼女は結局、トリイの「もうひとりの生徒」として(肩書きは「助手」)クラスに入ることになる。 子供だけではなく大人に対しても同じような懐の深さで対するトリイ。しかも、その心情や状態の刻々と変わる変化も、これまた見事な筆運びで描かれていて、またしてもページをめくる手が止まらない。 彼女がなぜ人と喋るのが苦手なのか、その理由や、彼女が抱える過去の傷など読みすすめるほどに痛々しさで一杯になった。
完全武装で人を寄せ付けないでいたラドブルックも次第に変化してゆく。そこにやはり得がたいこのシリーズの魅力があります。

それと今回「アイルランドチーム(隊)」と呼ばれる3人が印象的。彼らの持つ悲しみがまた凄まじい。ふるさとが紛争でメチャクチャになり親や兄弟が殺されて平気でいられないとは思う。哀しい話で胸が塞ぐ思いがした。
中でも圧倒的な憎しみを持つジェラルディン。この子の精神構造の凄まじさは想像を越えるもので、これこそ、フィクションでは生み出せないキャラクターだと思う。誰が思いつくのだろう、こんなにも深い悲しみと憎しみを持つ心を。痛々しくてたまらなかった。

本当に大変な一年だということがよく分かり「最後の日」がより感動を持って迫る。 その後の顛末の書かれた「エピローグ」がまた良かった。でも、ジェラルディンだけは…。
どの子も幸せになって欲しいと思う。



よその子―見放された子どもたちの物語 /トリイ・ヘイデン★★★★★
早川書房
これもまた良かったです〜!
トリイ・ヘイデンのノンフィクションは、どれを読んでも新しい驚きがあります。よく似たテーマを扱ってはいても、全然同じじゃない。
事実は小説よりも複雑で奇なるもの。
もしもフィクションでこれだけの物語を作ろうとしても無理なんじゃないかな。ノンフィクションの迫力に圧倒されます。
さて、この「よその子」では、4人の子供たちの事が書かれています。
ひとりは、ブーと言う7歳の男の子。突然奇声を発したり、暴れたりじゅうたんをかぶって隠れてしまう自閉症の子供。母親はなんとか彼に「ママ」と呼んで貰いたいと切実に思ってる。
もうひとりはロリ。やはり7歳で双子の姉がいる。が、ロリは幼いころの親の虐待によって脳に損傷を受け、文字が識別できないという障害やてんかんを抱えていた。
そして、トマソ。スペイン系の男の子で10歳。とっても乱暴で排他的。両親を殺されたために憎しみの虜になっています。
最後に12歳のクローディア。彼女はなんと、妊娠していたのです。

こんな4人を抱えて、またしてもトリイの子供たちとの格闘が展開されます。
中でもとっても印象に残るのはロリ。
彼女は、文字が脳の損傷によって識別できず、当然簡単な絵本すら読めない。数字とアルファベットの区別もつかないのだ。彼女は午前中は同じ学校内の普通学級に通い、午後をトリイのクラスで過ごしていたのだけど、普通学級のほうの担任が保守的で枠にはまった教育しか出来ず、ロリのことを全然理解しようとしない。ロリは文字が読めないと言うだけで、それ以外はとても聡明な子供だったのだ。それでも読めないと言うことで担任に目の敵にされて、傷つけられ打ちのめされます。 しかし、この子、とってもとっても良い子なのだ。明るく前向きで愛情深く思いやりがあり、自分がひどい目に合わされても恨まず…。字が読めないと言うだけで、なぜロリがこんなにも辛い目に合わされないといけないのか、読みながら憤慨してしまった。
今までトリイのノンフィクションを読んできて、このロリの優しさは印象的で特別な感慨が出来た。 そのロリとの関わりも含めて、乱暴モノのトマソが変化していくところはいつもながら感動的である。トマソもかわいそうな過去があり、死んだ父親を求めてやまない姿には胸打たれる。誕生日を祝うエピソードでは、決してすばらしい思い出ということにならなかったのだけど、トマソの苦しみや悲しみ、そしてロリの優しさが胸に迫った。

それに、今回はトリイの恋人ジョクとの関係も含め、全編飽きることなく(いつものことだけど)もう、夢中になって読んでしまった。
なんちゅうか、トリイ中毒? 読まずにいられないわたしです。



ゲームの名は誘拐/東野圭吾★★★★
光文社
+++あらすじ+++
クールでシニカルな広告代理店に勤めるやり手のクリエイター佐久間。
日星自動車のCMの担当だったのだけど、ワンマン社長葛城の意向によって、CM企画はつぶされるわ、自身も企画からはずされるわ、なんとも悔しい思いをさせられてしまった。
そこで、葛城社長の自宅に出向き、直談判をしようと酔った勢いで訪ねてみれば、その大邸宅から壁を乗り越えて出てこようとする女性を発見。佐久間はその後をつけるのだが…!!

+++感想+++

佐久間と言う主人公、世の中を斜に構えた眼で見てるようでクールでシニカル。あんまり好きなタイプの主人公じゃない。
そしてその「パートナー」となる樹理という女の子、これまたあんまり好きじゃない。 それでも、東野さんはグイグイ読ませる。それはストーリーが登場人物の好感度の低さを補って余りある面白さだから!
今回は佐久間と葛城の対決、はっきりと対峙するわけじゃないのだけど、お互いの存在感で火花を散らす頭脳対決が見ものです。
樹理にしても、どうも一筋縄じゃ行かない、絶対になんかあるんだろうな…と思いながら読むのだけど、からくりが分かったときは「やられたー」と、思いました。(いつも大抵やられてるけど)



おれは非情勤/東野圭吾★★★
集英社
これは小学生高学年対象の学習雑誌の掲載作品との事。
なので、登場人物も、主人公=学校の非常勤講師と、子供たちです。
行く先々の赴任先で、いろんな事件に遭遇して、解決していくというもの。
しかし、学校の先生と言っても、この主人公はけして熱血ではなくとってもクール!
非常勤であるからこそ、児童たちとの間に一線が引かれてて、一歩離れたところから見ることができる。
だからこそ、冷静沈着、シニカルな目で物事をとらえ、事件の全容をつかむことができるのですね。 なんだか、ちょっとブラックジャックを髣髴とさせるような主人公でした。
「非常勤」ではなく「非情勤」と言うタイトル、なかなかいいですね。

非常勤のシリーズとは違うのが同時収録されてるんだけど「幽霊からの電話」というのも印象に残りました。



生きながら火に焼かれて/スアド★★★
ソニーマガジンズ
この手の告白本ってけっこうありますね。
タイトルからして衝撃で、なんとなく内容が察せられるけど、興味本位で読んでしまいました。

正直な気持ちとしては「よかった、自分じゃなくて」と言うもの。
結婚前に男と喋っただけでも、ふしだらと見なされ(この本の主人公は妊娠までしてしまうのだけど、たとえ妊娠やその事実がなくとも、噂が立つだけでも娼婦扱いなんだそうだ)その女の子を「殺す」。しかも家族が。
家族はその手でその子を殺さないと村八分となり生活を追われてしまうというのです。 娘を殺したら罪に問われるどころか、名誉ある行為を遂げたと言うことで、誉められるんですと。 それ以前に、男尊女卑なんて言葉じゃ甘い!と思う、この差別。女は奴隷、家畜以下の扱い。生まれたのが女ならその場で殺してしまうなんてことも。(上に何人も女の子がいる場合など) これが「現代」でも、当然のように行われている、そしてそれが彼らの「文化」「因習」なんです。 おんなたちは「どこか他に行きたい」なんてことを思う考えすら浮かばない。「他」を知らないから。 知識を与えられないから自分で考えることもなく、ぶたれても蹴られても火をつけられても殺されたとしても「これがあたりまえだ」と思ってしまう。

そんなすごいことが書いてあって、その事実の前には「何とかしてあげなくちゃ」なんつう言葉すら出てきません。 知らなかったら知らないままのほうが良かったのではないかとすら思える。 知ってどうなる、何かできるのか?わたしたちに…。
先日読んだ「物乞い仏陀」にしてもそうだけど(ある国では、物乞いをするために赤ん坊を誘拐したり、手足や唇を切り落としたりする。そして観光客などの同情をひき、物乞いするんです。それが組織化されているらしい)わたしなんかにはもう、想像も観念も越えてしまった世界が今でも存在すると言うことに、ひたすら打ちのめされるしかない。
救いは、救済目的のグループの活動ですね。 スイスにこう言う女性の救済のための組織があるそうです。
<SURGIR(スジュール、出現)>
この組織の女性によって、死ぬところを助けられた主人公が、生き長らえ人格を与えられて回想したものがこの著作です。 助けられたからといって一息に幸せになれるわけではなく、そこからの困難がまた大変な道のりなんです。

ともかく、愕然とする一冊でした。はぁ…。



安政五年の大脱走/五十嵐貴久★★★★
幻冬社
+++あらすじ+++
井伊直弼に不条理な理由から、とんでもない自然条件、逃亡不可能な地形の島に幽閉されてしまった津和野藩士51人。彼らが姫様と共に脱走を図る、というタイトルそのままの物語。
+++感想+++
安政というと、ぱっと思い浮かぶのが「安政の大獄」。なので、ひょっとして安政の大獄と関係のある「脱走」なのかと思ったら、なんと政治的背景なんてなんにもない、ただの「ワガママからの脱走」でして、これはフィクションなんですよね?もっと重い感じなのかなと思ったんだけど、すごくライトな感じで気楽に読めました!
姫のナイトである桜庭敬吾も良いのですが、なんと言っても長野主膳!!ここまでの悪役って、却って爽快感がある。なんのためらいもなく憎めるヤツって結構ポイントが高い。
ラストの「その後」の話がまた良かったですね。