2005年の読書記録*6月



奇巌城/モーリス・ルブラン★★★★
講談社文庫(逢坂剛:訳)
ジェーブル伯爵邸で起きた深夜の殺人事件。何者かが侵入し、何かを盗み出し、逃げ出した。そして執事の死体が…。事情があってこの屋敷に身を寄せる親戚の娘レイモンドは逃げ行く賊に向かって発砲、賊は弾に当たったようだ。しかし、忽然とその姿が消える。高校生イジドール・ボートルレは事件の背後にあるのがルパンだと断言、事件を追う。その全容を主人公、イジドールの視点で描く。
逢坂剛氏の瑞々しい文章で、非常に読みやすく、サクサクいけるどころか、ワクワクドキドキの冒険活劇に仕上がっていてとても面白かった。
上記に書いたとおり、この物語の主人公は、高校生探偵イジドールなのだ。だから、肝心のルパンは案外と出番が少ない。しかし、その存在感は大きく、そこかしこにルパンの影がちらつく。
聡明なイジドールが、次々にルパンの所業を暴き、ルパンを追いつめてゆくのが第一に見ものなのだけど、そう易々とはやられていないルパンのスマートさにうっとりしてしまう。二転三転する推理劇にも釣り込まれるし、歴史の大物たちの名前が挙がったり、我らがマリー・アントワネットまでが登場するに至っては、目を輝かせて読むというものです。
なによりも、ルパンと言うヒトがすごく魅力的! 泥棒だけど、スマートで紳士で優しくてカッコよく…。憧れないわけがないでしょ。そしてルパンの大きな愛情。泥棒家業をも廃業する決意をさせた愛。イジドール同様読者も感動すること請け合いです。それだけに、結末の哀しさが切ないけれど…。
正直言えば、暗号文などはフランス語が分からないので、ぴんと来なかったが、最後のイジドールとルパンの対峙はある意味感動すら覚える場面だった。
宿敵ガニマールはともかく、ここに出てくるホームズはうちらが読んで親しんだホームズとは別人と思いたいが、 いろんな意味で読み応えのある物語でした。
らむちゃんにお借りしました。ありがとう♪



11文字の殺人/東野圭吾★★★
光文社
内容(「BOOK」データベースより)
「気が小さいのさ」あたしが覚えている彼の最後の言葉だ。あたしの恋人が殺された。彼は最近「狙われている」と怯えていた。そして、彼の遺品の中から、大切な資料が盗まれた。女流推理作家のあたしは、編集者の冬子とともに真相を追う。しかし彼を接点に、次々と人が殺されて…。サスペンス溢れる本格推理力作。
これは東野さんのなんと、5作品目にあたる作品だそうです。今まで読んでいなかったのが不思議だったぐらい。初期の作品は読み漁ったと思っていたから。
今の東野さんの実力を知ってるので、やはり荒削りと言うか、若い印象はあるけれど、さすがの吸引力を感じる。読み始めたらサクサク行く感じは東野さんならでは!
ただ、今の作品で感じる人物の造形とか、物語の奥深さとかはあんまり感じられず、犯人も早いうちに見当がついてしまった。とは言え、わたしはどの人物もいったん「こいつが怪しいのでは」と、疑いの目を向けてしまったけれど。
あんまり印象には残らないけれど、東野ファンなら一読の価値ある作品でしょう。
らむちゃんにお借りしました。ありがとう♪




一応の推定/広川純★★★
文藝春秋
「轢死した老人は事故死だったのか、それとも愛しい孫娘のために自殺したのか。ベテラン保険調査員・村越の執念の調査行が、二転三転の末にたどり着いた真実とは?第13回松本清張賞受賞作品(「BOOK」データベースより)」
と、このような紹介に心ひかれて読んだのですが、ん〜〜〜って感じ。 『ソツはないけど盛り上がりもない 』 というかんじ。
この「一応の推定」では、保険金を騙し取ろうとしているのではないか、と言う疑いを持たれているのは、孫の手術費用が必要なおじいさんなのだ。 思わず保険会社に対して「もしも騙しているとしても、騙されてやれよ」と思ってしまうし、読者の視線で憎むべき「悪人」となる対象がないのと、犯罪の匂いがしないのが盛り上がりにかける原因と思う。おじいさんは果たして自殺か事故なのか…って、そこに「殺人か?」「殺人だった!」的な盛り上がりがないと、ミステリーとして読んでても肩透かし。 「黒い家」のように読者も一緒になって、保険金を騙し取ろうとするヤツに対して敵愾心を持って読まないと…。
構成力なんかは多分あると思うし、伏線もちゃんと張られてるし、登場人物の造形も良いのであろうと思うけど、ミステリーとしてはイマイチ盛り上がらないうちに終ってしまった。ミステリーにするよりも、臓器移植をめぐる人間ドラマにしたほうが良かったんじゃないのだろうか? 一応「犯罪」は絡んでるんだから、そっちのほうをもっと全面に出して書いてくれたら、ミステリーとして、というかサスペンスとして盛り上がったのかも知れませんね。



ママの狙撃銃/荻原浩
双葉社
やっと順番が回ってきたんだけど…。残念ながらイマイチだった〜。 辛口感想なのでご注意を。 ファンの方(わたしも大ファンなんですよ。ほんとに)どうか許してください! タイトルどおり、一家の主婦が狙撃銃を持つ、と言う話なのだが映画の『ニキータ』と、ラストは『ミリオンダラー・ベイビー』をちょろっと髣髴とさせた。 主人公は、幼い頃にアメリカで暮らしていて、そこでスナイパーの祖父に仕込まれて自らも『仕事』をした経験をもち、今は主婦として日本で普通に暮らしているのです。モチロン自分の過去は伏せてある。 ところがあるとき一本の電話がかかってきて、昔の『仕事』をまた『依頼』されるところから物語は始まるのですが…。 設定からしてどうにも「あり得ない」感じが拭えず…。それを「あり得る」ことにして読んだとしても、狙撃を主人公に教え込んだ主人公の祖父、家族を守るためと言いつつ結局はお金のために『仕事』を受けてしまう主人公、そして、『仕事』を主人公にさせる『K』なる人物……その誰に対しても反発を覚えこそすれ、共感は持てなかった。 特にラスト、『K』の素性がわかり主人公にさせたことと主人公がしたこと、どちらもなんとも不快に感じた。『K』がなぜ、わざわざあんなことをさせたのかが、ほんとうに謎。 どんな大義名分があったとしても、自分にゆかりも恨みもない相手を殺す『狙撃手』というものに、(恨みがあったら殺してよいのかと言う話は置いておいてください)心からの反発を覚えただけの一冊でした。



押入れのちよ/荻原浩★★★★
新潮社
ファン待望のおぎりんの初期短編集。
収録作品
●お母さまのロシアのスープ 『小説新潮』2004年12月号
●コール 書き下ろし
●押入れのちよ 『小説現代』2002年12月号
●老猫 『小説現代』2004年4月号
●殺意のレシピ 『小説すばる』2002年8月号
●予期せぬ訪問者 『小説すばる』2001年12月号
●木下闇 『文芸ポスト』1999年秋号
●しんちゃんの自転車 『小説すばる』2001年3月号
全体的には「ちょっと不思議」「ちょっとホラー」「ちょっとミステリー」「ちょっとブラック」というかんじでしょうか。 特に「木下闇」や「しんちゃんの自転車」というのは朱川さんの作品を彷彿とさせました。「ちょっとホラー」と言う印象を受けたので。 書かれたのは朱川さんの作品よりも前なのかもしれないけど、こう言うタイプの作品は、荻原さんには求めないかな〜というのが本音かな。 どれも、まとまりのある面白い作品だったと思うけど、わたしは「押入れのちよ」以外は、格段どうという印象が残らない作品だったと思う。 「木下闇」だけは「山岸凉子」さんの作品や岩館真理子さんの「キララのキ」の雰囲気があり、そこは面白かったと思うけど。

で、さすが表題作だけあり「押入れのちよ」はすごくよかった! 仕事がなくて日々の暮らしに困りつつ、彼女のことは信じてる主人公、そのまぬけっぷりとか気が小さいところとか…でも、芯は優しいところとか、それがいかにも荻原さんらしいユーモアを交えた文章で楽しませてくれる。 ちよという、幽霊の人生にも目を向けると、そこには胸の痛みを伴う物悲しさがあったり…。 笑えて笑えて、そしてほろっとさせられる、今までに読んできたどの作品にも劣らない、短編でありながらも長編のよさを凌駕するような、すてきな作品でした。ものすごく好き。 押入れのちよ に関しては★★★★★で あとは★★★と言うところです。




ガール/奥田英朗★★★★★
講談社
『マドンナ』に続き乾杯です。ひれ伏したい気分。奥田さんというと『邪魔』『最悪』などの転落系がいい!と、思い込んでいたのだけど、実のところこのユーモア小説のほうが本領だったんでは。すばらしかったです。 とくに、登場する人々の細やかな心理描写に恐れ入りました。この本は『マドンナ』とは違い、女性の視点から描かれた作品でもあるというのに、この女性でさえ舌を巻くような見事な内面描写。ストーリーそのもののおかしさ楽しさもあったけど、内面、心理描写に唸らされながら読んだ。
●ヒロくん
課長の肩書きがついたことで、今まで見えなかった男性社員の尊大さや僻みやオッサン根性、女性はいらない、女の子がいれば良いと言う身勝手な考え方がはっきりと見えてきた主人公。ヒロくんとは主人公の夫であるが、肩肘の張らないのほほんとした良い男です。惚れたのも分かる。最後の啖呵は「よくやったぞ!」と、拍手したかった。

●ガール
主人公の年令が32歳って処にビミョーに寂しさを感じる、こちとら40代です(爆)。お光という衝撃的なキャラが登場するが、彼女にしても30代な訳で…。ちょっとどんよりしつつも、生涯ガールでいたいと言う彼女の気持ちに心地よい共感を感じた。人生の大半はブルーだというセリフにいたく感銘を受ける。そっかー自分だけじゃないんだな、立場や局面が違えばそれなりにブルーになることが出てきてあたりまえ、今の自分をも肯定してくれるような清々しさをもらえた。30代だけど、お光さんがよかった。そして彼女を暖かく見つめる主人公の視線も。

●ひと回り
『マドンナ』の女性主人公版って感じですね。一回り年下のイケメン新人に振り回される主人公がおかしかった。でも、すごくリアル。きっと誰でもこんな風になってしまうんだろうなぁ。ありとあらゆる女をけん制したり嫉妬したり(笑)。特に妄想系のわたしなんて「わかるわかる」の連続。よくまあこんなに共感できそうな気持ちを書き連ねてくれました、奥田さん。 「明日が待ち遠しいぐらいハンサム」とはまた言いえて妙。だって、一体世の中の何人が「明日が待ち遠しい」なんて思うというのか。特別な予定でもなければ、普通は思わないよね。わたしも思ってみたいもんだと、思いました…。
「マンション」も「ワーキングマザー」もそれぞれ良かったです。 翔ままさんにお借りしました。ありがとうございました♪



愚行録/貫井徳郎★★★★
東京創元社
ビンゴビンゴ♪こう言うの大好き〜。 冒頭、ネグレクト(育児放棄)で娘を死なせた母親が逮捕される、という短いニュース記事が掲載。
そして、「ええ、はい、あの事件のことでしょ」とインタビューに答える形で、ある主婦の独白が始まる。が、これが冒頭のニュース記事の関係とはどうやら違う事件らしい。インタビューされているのは一見幸福そうな一家4人の惨殺事件だ。その事件の被害者の、夫や妻の知り合いたちが順に学生時代や職場での思い出を語ると言う形で、インタビューに答える…それが延々と続くのだけど、その章の合間に「おにいちゃん…」と自分の兄に語りかける少女(かと思った)のこれまた独白が挟まれている。
「ネグレクト」「一家4人惨殺事件」「少女の独り語り」この3つ、一見どうつながりがあるのか不思議に思いながら読みすすめて見れば…。
とりあえず、ひとりの人物像も多方面から見てみればそれぞれに違う印象がありますわね。特に女の人なんか、女性の目から見た「彼女」と男性の目から見た「彼女」では、ぜんぜん違ってたりするし。 考えてみれば、話をする人する人のすべてが話し上手で、こんなに心中を上手に喋れるわけがないとは思うものの(もっと口下手だったり、思うことが上手く伝えられないもんですよね)でも、そんなこと気にならないぐらい、人の「うわさ」をしている人たちの話が面白い。耳ダンボになって盗み聞きしている心境でした…。
特に「慶応」の学生たちの姿が浮き彫りになるんですが、これまたすごかった。実際に慶応出身の方に「ほんとなの?」と問いたいぐらいです。世界が違うわ、なんて思いました。 そう言う一つ一つのエピソード、一人一人の心理描写が上手かったので、するする読んでしまったよ…。あー、面白かった(笑)
結末は 読んでのお楽しみではありますが、意外性というか驚きと言うかそう言うものはたいしてないのだけど、ただひたすら「スッキリ〜!」なのだ。 誰が何のためにどうやって、なぜ犯行に至ったか、もうそれはそれは気持ちが良いぐらいすっきりはっきり分かって大満足。もやっとボール投げる余地なしでした。読後感は爽快ではないけどスッキリ。このスッキリが爽快。 って感じですね♪