2007年の読書記録*4月



永遠の0/百田尚樹★★★★
大田出版
「わたしの父親ってどんなひとだったのか」という、母の呟きから、戦死した祖父について調べる事にした姉弟。聞けば終戦間際に特攻隊として死んだという。当時、祖父と同じ部隊などに所属してその人となりを知る人たちを訪ね歩く。そこで聞かされたことは、祖父が「臆病者だった」ということ。祖父は「生きて妻の所に帰る」と公言していたらしいのだ。少々落胆しながらも、当時の物語を聞き歩くうちに、見えてきた祖父の本当の姿とは・・・。

兵士として死んだ祖父の生前を知りたい、と思うだろうか?わたしも同じように祖父を戦争で亡くしているが、戦争中の祖父の行状を知りたいとは思わない。怖いというのが本音。戦争中はみんな本来の自分を見失っていると思う、非日常の人格だったと思うし、聞きたくないことも出てくるような気がして、聞くのは怖いです。なので、この小説は設定自体は良いと思わない。姉弟の会話なども生活感やリアリティに欠けている。

ところが、読むうちにその欠点を埋めるぐらいの大きなパワーに、見る見る引き込まれていった。 それは戦争中のことを語る老人たちの物語にものすごい迫力があったから。
真珠湾攻撃からラバウル、ガナルカナル、レイテなどなど、日本軍の戦いをなぞりながら個人の視点で丁寧に語ってゆく。なので、迫真のリアリティがあり物語に釣り込まれました。そして全編情景が浮かぶような臨場感と迫力に唸らされます。 祖父宮部が腕のいい零戦乗りだったことから、戦闘機のはなしも詳しく書かれてて、今までとはまったく違うポイントから戦争を見ることが出来る。なんでも最初のほうでは、零戦というと無敵の戦闘機であり、世界に誇る性能があったとか。(誇れるとは語弊があるけど)しかし、やがては物資不足による性能低下、あるいは作り手や整備士が徴兵されるために人材不足になる。戦闘機に乗る士官たちも、次々に死んでゆくため次第に腕が落ちてゆく。そのうちにアメリカはグラマンという強力な戦闘機を開発。しかし、アメリカは兵士を守る戦いだったのに、日本は兵士を使い捨てる戦いだったと・・・そこで語られる日本軍の物語には背筋がぞっとするような恐ろしさがあります。日本は負けてよかったのだ、あのまま勝っていたら世の中はどうなっていただろうかと思わずにいられません。
最後のほうに語られる特攻隊の物語は、その壮絶さに言葉を失います。まさに「使い捨て」られた若い命を思うと辛く正視できないほど。

孫たちの話はイマイチだったけど、祖父の物語は出来すぎなぐらいよく出来ていて、ラストは悲しい感動に包まれました。 戦争を語り継ぐにはこう言う本はとても大切だと思った。



ひとりぼっちのジョージ―最後のガラパゴスゾウガメからの伝言/
   ヘンリー・ニコルズ 佐藤 桂
★★★★
早川書房
ひとりぼっちのジョージ、ロンサム・ジョージは自然保護の象徴。 ガラパゴス諸島のひとつピンタ島で1970年代初頭に発見された。当時ピンタ島ではゾウガメは絶滅したと思われていたので、急遽「チャールズ・ダーウィン研究所」に保護され、今に至っています。同種のメスをあてがい、子孫を増やしたいのだけど同じ亜種のメスがどうしても発見されず・・・。よく似たDNAの別の島のメスをあてがうが、長年一人ぼっちで暮らしたらしいジョージは「交尾」のやりかたがわからないらしくまったくその見込みがないらしい。 このジョージをめぐる研究者たちの努力や、自然保護のあり方なんかを記してある本です。

感想を書こうと思っても正直な話、理科が数学以上に苦手なわたし。この本も読んでる最中は「ほうほう、なるほど〜」と思ってみても読み終えてみてここになんかを書けるほどは理解できてないので・・・。
ただ、思うのはゾウガメを取りつくしたのが人間である事は間違いない。(かなり美味しいらしい)その人間の尻拭いということになるのか、研究者たちの探究心はものすごく、DNAの採取一つにしてもその努力が半端じゃないと驚きます。そして、DNAってすっごく色んなことが分かるものなんですねぇ。何百年前の事まで・・・。どこの島からどこの島に、流されてゾウガメが住み着いたとか、そこでこう言う進化をしたとか・・・。興味のない人間にとっては、どうしてそんなことまで一生懸命に調べるんだろうと思ってしまう・・・。これ言っちゃおしまいだけど。賢い人はすごいなぁ・・・。(こう言う言葉しか出てこないのがお粗末だけど)ともかく、賢いのも愚かなのも人間です。
ガラパゴスって人が住んでいるところだと知らなかったのだけど(これもまた無知でごめんなさい)その現地の人たちはナマコを乱獲しているらしい。ナマコはご存知高級食材で人気があり需要が多いので生活の糧となるわけですが、海のミミズと言われるナマコを取りつくしてしまうことは後年計り知れない影響を海に及ぼす事は目に見えているのです。学者や有識者たちはナマコの乱獲を規制するけれどそれに反対する現地の人々は、恨みつらみをジョージに向けてしまう。ジョージを殺せ!という運動まで起きる始末だそうです。
人間が自然界に及ぼす迷惑行為の一つに「外来種の持ち込み」と言うのがある。この本にもいくつかそれが書かれてるけど、ガラパゴスで言えばクマネズミやヤギなどの大型哺乳類。ヤギはもとは海賊などが食料として持ち込んだそうなのだけど、物凄い繁殖力で増え、島の草を食い尽くすと言う迷惑さ。で、今はそのヤギを駆除しているのです。一頭たりとも残さずに殺されるヤギ。これもまた哀れ。一番迷惑な大型哺乳類とは人間だという以外にない。 ガラパゴスだけではなくたとえばオーストラリアなどは、入植した富裕階級が狩をするときにいたら面白いなぁ、と言う理由でつれてきた「うさぎ」が酷く迷惑を及ぼしているらしい。
きっと「読んだ」と言えるほどは理解出来ていないと思うけど、それなりに挫折することなく楽しく(と言うのは語弊があるが)興味深く読めました。いろいろ勉強になった・・・と思いたい。



夏草の賦/司馬遼太郎★★★★
文春文庫
戦国期の長曾我部元親の一生を描いた作品です。
四国の土佐に生まれた元親は、信長がやがては天下を取るのでは、といち早く気付いた堺商人宍喰屋の言葉から、織田家に近い所と姻戚関係になりたいと考えた。それで織田家の侍である斉藤内蔵介の妹、菜々をはるばる遠方から娶る。 当時土佐は鬼国と呼ばれ、同じ人間の住むところではないぐらいに考えられていたようだ。しかし、菜々は二つ返事でOK。進んで土佐に行くのだった。

物語はその菜々が元親のもとに嫁いだ時から始まります。 野望に燃えて破竹の進撃を続け、土佐から四国全土を手中に収めかけ、天下を夢に見た元親が信長や秀吉の前に夢破れその生涯を終えるまでを描いてあるのです。
読むと天下を取るような人物ではないのに、天下を夢に見て信長や秀吉に翻弄された哀れな武将…というイメージ。前半の生き生きとした常勝武将のイメージから一転して急落する後半は同情してしまって泣けた。 元親がはじめて京に上ったときの話など、(あまりの文化の違いにビビってしまう)滑稽過ぎて悲しかった。わたし自身が田舎モノだから「田舎モノで悪いか!!」と元親に激しく同情してしまった。 今とは違い情報伝達の行き届かないこの時代なのだから仕方がないのだけど、土佐の文化のお粗末さに打ちのめされるような主人公が本当に哀れ。 天下を取るには東海道筋に生まれていないと駄目だと嘆く主人公の心情や、他の土地と比べた土佐の独特の風土に育まれた武士の気性、やがて幕末の中心となる藩士たちを生み出す原点がここに描かれており、いちいち興味深く読んだ。
一番最後の島津戦のくだりなどは、涙なくしては読めない。なんでも史上まれに見る激戦だったそうで、その壮絶さに驚いた。そして味方であるはずの仙石権兵衛の大バカ野郎よりも、敵であるはずの島津家の家老、新納武蔵守忠元の礼節に大感動。
なにかが切れてしまい、情熱を失った元親の晩年はただただ哀れとしか思えず、本を閉じる時は感慨に浸ってしまった。



魂萌え!/桐野夏生★★★
毎日新聞社
59歳関口敏子さん。63歳の夫に唐突に先立たれ、途方に暮れる主人公。 子どもたちとの遺産をめぐる小競り合いなど、ゆっくり夫の師に向き合う暇もなかった彼女を襲った衝撃は・・・。

桐野さん、わたしには「OUT」が一番印象的です。あの時も何が一番インパクトがあったかというと、主人公ではなく「師匠」の家庭環境の描き方の巧みさ。介護に疲れながらも弁当屋さんで働く師匠、なのに娘は親の苦労など省みずお金をせびってゆく・・・。あの家庭の匂いまでが漂うような描写にはひきつけられたものです。
今回も瑞々しくリアルにすべての事が描かれていて、ものすごく面白かった。まるで自分の数年後をシミュレーションしているような臨場感と迫力があった。
「夫の秘密」が発覚し心惑い悩み悶える主人公が「心を捨ててしまいたい」と思う様などは、物凄く表現が上手くドキッとしますね。 主人公があまりにも世間知らずでおっとりしていて、いまどきそれはないのではないかと言う気持ちもあったけれど、銀行のATMなどで行員に馬鹿にされるような態度をとられて苛立ったり、ケータイを持つ時に受話音量を大きめに設定するとか、友達にアルツの疑いがわいてきたりとか。。。ひとつひとつの「トシ」を感じさせる小さな設定に、本当に身につまされる気がした。
子どもたちとの遺産をめぐるいざこざや、夫の相手との対峙などもすごく読み応えがあり久しぶりに一気読みさせられた。

↓ ネタバレで辛口
ただ、思うのだけど、彼女の恋愛体質と言うか依存的な感じのところがあまり好きではなかったかな。カプセルホテルの野田や、そばグループの(ソバリエって言うのですってね、知りませんでした)塚本など、よろめきが多すぎると思ったし、塚本との関係は安易過ぎると思った。自分が、夫の不倫に苦しめられたのに、なぜ同じコトをしようと思うのだろうか?その気持ちがまったく分からなかったな。今後の「再生計画」の中に「塚本との不倫」が入ってるような感じだったけど、その感覚はちょっと受け付けません。自分も彼女と同じ立場だったら、そういう感じになるんかな?



殺戮者は二度笑う
  放たれし業、跳梁跋扈の9事件/「新潮45」編集部
★★★★
新潮45シリーズの4巻目。
犯罪の被害者になるのは、加害者と出会ってしまうと言う不運が招く不幸だと思うけど、日常生活でそうとは知らず出会ってしまうのも不幸だけれど、なんの前後も脈絡もなく、ただ偶然にその加害者と出会ってしまった人もまた不幸です。
名古屋アベック殺人事件・・・同じころに起きた「女子高生監禁コンクリート詰め殺人」とともに世間を震撼させました。「未成年者による残虐な事件の双璧をなす」と言われます。 この事件はわたしにとってもわりと近い場所の事件で、被害者の二人が不幸にも加害者のろくでなしどもに遭遇してしまった大高緑地公園に、学生時分にわたしも行ったことがありました。ので、事件が起きた時は薄ら寒くなりましたが、こうして事件の全容を改めて振り返ると薄ら寒いどころか背筋が凍り、暗澹としてしまいます。 特筆すべきは「犯人」たちの「その後」。加害者のうちの一人に対するインタビューがあります。その中で彼は、自分が賠償金を払っていない事を悪びれもせず、また、被害者への謝罪などに対しては「後ろを振り返らず、前を向いて歩きたい」と言う言葉で済ませてしまう。被害者へ果たすべき責任の数々は彼にとっては「後ろ向き」なことであり、「前を見て」生きる彼にはごく普通の家族が居て彼らを守る真っ当な父親なのだ。
神戸大学院生が、たまたま出あったヤクザに因縁をつけられ、惨い暴行の末に殺された事件は、その加害者のヤクザたちに憤りを覚えると共に、事件に対してまったく真剣に向き合わずにみすみす被害者が死ぬのを傍観していたような体の、警察官たちに深い不信感を覚える。 ともかく、恐ろしい事件の数々。どよんと落ち込んでしまいますがどうしたことか、この手の本が好きでついつい読んでしまう。
本当に怖いのは、ユーレイでもなく悪霊でもなく、人間です。



株価暴落/池井戸潤★★★
文藝春秋文庫
白水銀行に勤める板東は、通称「病院」と呼ばれる審査部(業績が悪化した取引先を専門に担当する)に所属する。 あるとき、巨大スーパーの一風堂で爆破事件が起きる。 その一風堂は先ごろ業績不振からの再生計画を実施したばかりだった。 一風堂への支援については白水銀行内でも激しく、賛否両論に別れ板東は支援見送りに傾いていたのだ。 そんな折の爆破事件。一風堂の株価が暴落。 追い討ちを打つように「案山子」と名乗る犯人からの犯行声明があり、爆破事件は連続の様相を呈してきた。 事件を追う警察や、板東は強引に店舗を拡大してきた一風堂に、少なからぬ怨嗟が絡んでいるのではないかと見る。 はたして犯人は。 そして、一風堂の行く先は。 行内の実験を握る二戸と対立する板東の活躍はいかに。

ん〜〜〜〜。ちょっとビミョー。 どことなく東野作品を連想させるように感じたのはわたしだけでしょうか。
まず、魅力的な登場人物である板東。彼はカッコよかった。正義の味方として読者の心を掴むのは彼です。 が、彼が「一風堂支援」に反対の立場をとるのが、物語としてはどうしても「勧善懲悪」を弱めているんです。 一風堂のイメージはかなり悪い。しかし、それは経営陣が悪いのであって、企業が一つ倒産すればそこで職を失い困る人たちが沢山出るのですから、いくら経営陣が「悪」であろうと読者として望むのは「企業倒産」ではないのです。ということから板東をあまり心から応援できないままに読み進めてしまった。 爆破の犯人も。描き方が中途半端でした。意外な人物と結びつき、利用されていることがわかっって来る過程は、なかなかスリリングだったのだけど、結末が不完全燃焼。心理描写もきちんと描けてないような感じで、この犯人にも思い入れすることが出来なかったのが残念。 白水銀行、一風堂、犯人側、警察・・・それらが入り乱れタッグを組んで事件を進めていく(あるいは止めようとする)のだけど、どこにも感情移入が出来ず、「空飛ぶタイヤ」から見れば全然物足りない、といわざるを得ませんでした。