2007年の読書記録*6・7月



氷の華/天野節子★★★★
幻冬舎
ものすごくオーソドックスなミステリーです。
わたしはこの手の推理小説が昔から大好きで読み漁りました。
久しぶりに好みの面白いミステリーを読んだ感じ。


主人公は、なに不自由なく暮らしている良家の若奥様。子どもはなくてイケメンで洒落者の夫はそこそこの収入を得るサラリーマン。経済的にも社会的にも恵まれ容姿端麗、時間をもてあますように色んなサークルに入り毎日のようにお出かけ。わたしなんかから見たら、ため息が出るようなセレブな暮らしです。
しかし、そんな奥様の所にあるとき一本の電話が。その電話は夫の不倫相手だったのです。青天の霹靂に怒り心頭の主人公、恭子が取った行動は・・・。
恭子の「その後」と、事件を追う警察の一騎打ちが息をつかせぬ展開で逸らさせないうえに、その「一騎打ち」が単純なものではなく。事件に隠れたもう一つの真相が明らかになるにつれ、全然好きでもない主人公の思考と行動に釘付けになってしまった。
まぁともかく、主人公の恭子がイケ好かないやつなんですよ。セレブな人種なので、今時の若い主婦とは全然違う雰囲気って言うのが納得できるからその点の設定が上手いなと思います。
物語の進み方は、最初に事件があり、読者はその事件の全貌を見ているんです。叙述はないので安心です(笑)
で、その後は警察との心理合戦や駆け引きなどが描かれていて、いやなヤツなんだけどこの恭子の警察やそのほかの人に対する対応が見事で、なんか一目置いてしまう迫力があるんです。
追われているのに余裕しゃくしゃくの感じの恭子、そしてじっくり丁寧に事件を追っていく刑事の地道な努力。その好対照に見事にハマりました。最後はどっちの事も応援したくなると言う矛盾。
好きになる登場人物がいないのに(刑事も良かったんだけど、好きになるというには人物描写が物足りなかったかな)ハマるというタイプのストーリー。

最後までどうなるのか見えなくて、一気に読んでしまったのだけど、これが著者の60歳にして処女作と言うのが驚き!
なるほど若い人にはない落ち着いた雰囲気があるミステリーだし、かと言って古臭い感じもしなくて非常に良かったです。
天野さんには是非ともまた面白い推理小説を書いて欲しいです。
頑張って!!



ローザの微笑/海月ルイ★★★★
文藝春秋
現役女子大生でありながらAV女優と言う変り種、ローザはその「仕事の内容」と立ち居振る舞い言葉使いのギャップがマスコミの話題になり、テレビや雑誌でも引っ張りだこに。そして、彼女が「劇中」でいつも使う常套句「わたくしと、セックスしていただけませんか」が流行語になるほどの売れっ子になって行った。
しかし、一緒に仕事をしていたAV監督の兵藤は、ローザに見切りをつけ他の女優の元へ走る。そこからローザの転落人生が始まった。

+++++++++

どんな話か全然知らなかったので、こんな話でびっくりしました。
ローザを一言で言うと「ひたすら受身の人生」なのです。下り坂はゆるいのに、転がる事に全然抵抗しないから、普通なら踏みとどまれる所でも踏みとどまるどころか、自ら転がっていくような感じ。
それがなぜかというと、幼いころの「虐待」が原因ではあるらしいのだけど、それもそこまで説得力はないかなー。雰囲気が読んだ事のあるあの作品やこの作品のような感じがしないでもないなぁ・・・なーんて、思いならが読んでたのだけど、いつの間にかローザの人生から目が離せなくなっていた。人によっては「陳腐」と思ってしまうかも。(わたしも陳腐な部分はあると思ったけど、それもこのローザの一部分なのかも。)
それでもローザに多少の同情こそすれ、どこか覚めた目でその人生を見ていたんだけど、最後は泣いてしまうほど感動したのです。
なんといっても最後の60ページくらいが圧巻。そこまで到達してしまったのか、ローザ…という驚きと(まぁこれは一種のフラッシュバックの物語なので、一番最初のページを読めば分かる事なのですが)そこで初めてローザに感情移入が出来たのです。
しかも後を引く涙でね〜〜。その後すぐにお風呂に入ったんだけど(涙を家族に見られるのがちょっとね)お風呂の中でもしくしく泣いてしまった。一夜明けて朝、草をとりながらもずっとローザのことを考えてましたよ。
海月さんの作品は「子盗り」「プルミン」「烏女」に続き4作品目ですが、これが一番心に残る作品になりそうです。



陪審法廷/楡 周平★★★
講談社
アメリカ在住の日本人、研一(中学生)がある理由で殺人を犯してしまいます。その裁判の様子を描いた作品。

研一が殺してしまうのは、自分の恋人(というか幼馴染)の女の子を3年間犯し続けたその養父。殺人を犯したことは間違いない事実なのだけど、どうしても刑を軽くするには「無罪」を勝ち取るしかない。弁護士がそのために詭弁にも似た策を打ち立てる。また、陪審員たちの議論が白熱して読み応えがありました。

小説としての楽しみよりも、もしもこう言うケースがあったとき、自分が陪審員だったらどのように判決を決めるかという、どちらかと言うとシミュレーション的な部分が大きい小説だと思います。
日本でも裁判員制度が導入されますが、実際にその裁判員になったとして、本当に「裁く」ことができるのか。「裁く」と言う意味が、この本にて問題提起されていると思いました。
この小説の舞台はアメリカなので、少年法もないんです。だから、オトナと同じように裁かれるわけです。でも、15歳の少年が一時の過ちで殺人を犯してしまい、ほぼ再犯の可能性の低い背景を持ちながら、懲役25年か、もしくは終身刑の2つしか量刑を選べない・・・、どう考えてもその量刑が重すぎるとなった時、どうすればいいのか分からない。
対しては「無罪」しかないんです。
でも、果たして「無罪」でいいのか。人を殺したのは間違いないのに。社会的制裁は逃れようがないとしても、それで罪が贖えるはずも無く。だとしたら何がいいのか。それを思うとき、日本の少年法は、決して糾弾されるだけの無駄な法律ではない、と思えました。

小説として率直な感想を言えば、そんなに面白かったわけではないです。なんといっても主人公が殺人を犯すまでの背景、動機が弱いのです。主人公の思い込みが激しいだけで、読者には伝わらない。
ほんとに無罪で良いのか。そう考えるとこの裁判自体、裁判の争点に問題があるように思えてきて。確かに性的虐待は許してはいけない。でも、やっぱりそれは法の手にゆだねるべきで、その「プロセス」をすっ飛ばしていきなり殺してしまった主人公の短絡さに、イマイチ感情移入できなかったです。

でも、「裁判員制度」を考える時にちょっとヒントになるなぁと思いました。まぁ舞台がアメリカなので、参考になるのかそこんとこはビミョーでしたけど。



隣人/永井するみ★★★
双葉社
一見、ごく普通の仲の良い夫婦に見える主人公とその夫。 平凡で幸せな家庭生活を送っているように見えるのに、実はドアを開ければそこには、外からはうかがい知れない暗い闇があった。 表題作「隣人」を含めて、思いがけない殺意に絡め取られた人たちの姿を、スリリングに描く短編集です。 パートナーに愛されていると思い込んでいるひとは、一度じっくりパートナーの気持ちを慮ってみませんか?



ドキュメンタリーは嘘をつく/森達也★★★
草思社
最近、テレビニュースでも事実の歪曲や、情報の捏造があったりして、一体何を信じて良いのか分かりません。
この本では、しかし、そういう捏造、虚偽、偽造などを告発したり告白したりしているのではなく、事実を真っ直ぐに伝えていると思われがちな「ドキュメンタリー」は、そこに映像の「撮り手」の意志が働く限り、「事実」とは違うものだ、と言う事を諄々と説いている内容です。



人はいつから「殺人者」になるのか/佐木隆三★★★★
青春出版社
タイトルの通り、世を震撼させた殺人者たちが幼いころからどんな境遇にいて、どんな育ち方をしてきたのか、と言う事が書かれています。
どんな育ち方をしたから、悲惨な境遇にいたから殺人が許されるとか、そんなことはモチロンありません。殺人を犯した心理を理解しようと言うのでもありません。ただ、どんな風にそれまでを過ごしてきたか、ただそれを見て見たいという…ありていに言えば興味本位にすぎないのかもしれません。でも、そこに何かしら深いものを感じることがあります。今回もそれを色々と垣間見たような次第です。

・小林薫(奈良の幼女誘拐殺人)
・宅間守(池田小学校児童殺傷)
・緒方純子(北九州一家監禁殺人)
・林真須美(和歌山毒カレー事件)
・岡崎一明(坂本弁護士一家殺害)
・林郁夫(地下鉄サリン事件)
・山田みつ子(音羽幼女殺害)
・福田和子(ホステス殺害)
・高橋裕子(中洲ママ連続保険金殺人)

お受験殺人事件として世間に知られた「音羽幼女殺害事件」の山田みつ子を例に挙げると、小さい頃から上手く人と付き合えなかったり、摂食障害だがあったりして、かなり「むずかしい」人だったようです。被害者の子どもとその母親との付き合いにほとほと疲れていたとき、夫には一生懸命サインを出していたのに、夫はそれを無視。無視したから殺人を犯しても良いというのではないけど、家族同士のコミュニケーションがもうちょっときちんとしていたら、ひょっとしたら幼い命が奪われずに済んだかもしれないと思うと、とても残念です。このまえ山本文緒さんの「再婚生活」を読み、うつ病の人には家族の理解と深い愛情が一番の薬なのかもしれないと思ったばかりだったので、いっそうこの山田みつ子の事が悲しく思われました。



烏女/海月ルイ★★★
双葉社
祇園の夜の世界に生きる女たちに、店舗を持たずにハンガー屋と呼ばれながら服を提供している主人公珠緒は子持ちのバツイチ。あるとき知り合いから自分の夫を探してくれと言われる。時を同じくして立て続けに殺人事件が起き、事件の陰に「烏女」の存在が噂される。ただの都市伝説なのか、それとも・・・。

++++++++++

ん〜〜〜。ふつーのミステリーって言う感じでしたが、結構楽しめました。この人の世界観みたいなのが結構性に合います。
謎解きとしては、ちょっと物足りない気がしましたが、夜の女の世界、花柳界って言うのか、そんな人間模様など上手く描いてたと思う。気位の高い京都祇園のホステスたちの人物造形も上手かったのでは。
そして、いちばんよかったのは、この珠緒の分かれた夫です。この夫去る事情からあるときはダンボールの中に住み、あるときは日雇い労働をし、ともかく世間からも元妻からも娘からも姿を隠しています。これが、妻が知りたいと思ったことを巧みに調べ上げてくれるし、妻が危険な目に合えば助けてくれるし、なかなかツボでした。こう言う夫婦関係も良いかも!なーんて思ったら結構萌えたわ(笑)



再婚生活/山本文緒★★★★
角川書店
めちゃくちゃ久しぶりに読んだ、ヤマフミさん。
鬱病と闘ってらっしゃったのですね。あ、闘うって言う言葉は正しくないのかもしれませんが。
この本の中で前半は、最初の入院から4ヵ月後、まだまだ治りきってない所からスタートして再入院するまで、そして後半はそれから一気に3年ぐらい飛んで、ほぼ治ってからのモノ、どちらも日記です。
前半はともかくキツかった。。。欝がこちらにも忍び寄ってきそうでした。「嬉しいと感じることが少なくなってきたのは感性が鈍ってきたのか」とか「生活は細かい事の積み重ね、どこかで面倒くさいと思ったら雪崩のように全部面倒くさくなって、放浪の旅に出てしまいそうになる」とか(原文ママではない)読んでてうなづける部分が一杯あった。でも、色んなタイプの症状があるだろうから、いっそこんなふうに体に出てしまって「入院→治療→治癒」と進めたのは、こう言っては顰蹙ですがヤマフミさんはラッキーだったのかも。いろんな意味で結構イタイ作品でした。読むのやめようと思ったんだけど、こんなに精神的にきついのに頑張って書いてるヤマフミさんを見届けたかった。
でも、後半穏やかになっているヤマフミさんの文章は、胸にジワーんと迫るものがあり感動。特に王子(だーさま)との会話なんか涙なくしては読めない。王子の気持ちを慮るヤマフミさんの気持ちを思うと、泣けました!



でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相/福田ますみ★★★★
新潮社
うーん・・・!怖い!!
こんな親、もしも自分の子どもの学校にいたら、わたしたちどうすれば良いんだろう??なんて考えながら一気に読んでしまった。非常に恐ろしく、そして興味深い一冊でした。
「でっちあげ」によって、あれよあれよと言う間に坂道をどこまでも転落して行く、と言うより転落させられてしまったひとりの気の毒な教師の姿に、ただただ唖然、呆然そして慄然。
しかし、この教師、最初のニュースでは「気の毒」とは正反対の扱い。「殺人教師」として報道されているのです。
このサブタイトルに含まれる「殺人教師」という言葉から、まるで教師が子どもを殺したかのような印象を受けたのだけど、この事件では誰も死んだり怪我をしたりしていません。刑事事件じゃないのです。これは2003年6月に日本で初めてとなる「教師による児童へのいじめ」として世間を騒がせた事件の顛末です。

教師自身は児童をいじめた事もなく、体罰を加えた記憶もなく、「血が穢れている(児童には外国人の尊属がいるということで)」として言葉によっていじめた記憶もなく、要はまったく身に覚えのないことで、謝罪させられ、担任をはずされ、6ヶ月の免停になり、挙句最後は裁判で訴えられてしまいます。
ここに登場する、件の「児童の親」の「クレーマー」ぶりが凄い!!不気味なのです。そして、事を荒立てたくないというだけで、親の言うがままになってしまい、教師を信じないで「認めちゃえ、謝っちゃえ!」という感じの校長たち。謝ってしまう教師の自己主張のなさにも呆れるのですが、しかし今の学校では、教師よりも保護者が強い、と言う立場関係が浮き彫りになり、そのこと自体にすごくショックを受けました。自分はどうだろう、先生に対してどうだろう、と我が身に置き換えて考えずにいられず。また同時に、自分がこの教師の立場だったら?やはり同じように忸怩たる気持ちを殺して、心にもない謝罪をするかも知れません。
そしてマトモに取材もせずに一方的な記事を書いたメディアたち。本書は記者の実名入りで、告発とも思えるような厳しさでそのメディアである「週刊文春」「朝日新聞西日本社版」を糾弾していますが、読めば読むほど各社の報道姿勢には疑問が沸きまくり。「取材」あっての「記事」ではないのか、記者がそんな風ならこっちは一体何を信じればいいの??素人にだって分かる事を、彼らはしてない------たとえば、「浅川くんの親って、どんな人?」と同級生の親何人かに聞くだけでも良かったのでは。------これって記者の怠慢では・・・?
結論を言うと、親クレーマーの言い分の殆どは裁判では通らなかったようだけど、彼らの「嘘」が暴かれていく裁判の様子は目が離せず。あまりにもお粗末な嘘なのに、嘘が暴かれると言う事を全然心配していない様子の彼らが本当に不気味でした。
だいたい「でっちあげ」というタイトルがインパクトありましょう。いかにも安っぽいイメージの言葉だと思うんだけど・・・たとえば、『捏造』とか『虚偽』とか・・・語彙が貧困なのでパッと出てこないけど、ほかの言葉でもうちょっと体裁の良さそうな言葉はあるんだろうけれど、あえて『でっちあげ』としたところに著者の意図があると思う。
しかし、教師も被害者だけど、教室の子どもたちがかわいそう。件の男子児童にしても、子どもたちをここまで巻き込んだ一連の「加害者」は罪が重いと思います。

と色々思ったり書いたりしながら、この本もまたひょっとして全面的には信用できないのかなぁ・・・と皮肉な事に考えてしまうのでした。



果断・隠蔽捜査2/今野 敏★★★★
新潮社
「隠蔽捜査」で、不思議な魅力を見せてくれた竜崎シリーズ?第2弾。
今回も面白かった!さくっと読めました!
前回の件で警察庁から大森署の所長に左遷されてしまった竜崎。その大森署管内で起きた強盗事件に絡めた物語。
一見、ただの強盗事件、それに絡んだ立てこもり事件のようだけど、ほんのちょっとした綻びを、どこまでも追及することで真実に迫ってゆく過程が見応えあり目を逸らせません。真実ははたして。すごく気になりどんどんと読むことが出来ました。
前回、「東大卒業者でなければ人にあらず」みたいな雰囲気をまとっててすっごくイヤなヤツだった竜崎、今回は最初から「背水の陣」的な職場で苦労しているせいか、前のように憎まれっ子の役目はしていません。それどころか「警察体質」の悪しき部分と真っ向から対決しているようで、正義の味方に見えてくるから不思議。頑張れ!竜崎!
何事もきっちり理屈で原因を探ろうとする(・・・これが「天才柳沢教授(山下和美さんの漫画です)」によく似ています。)その徹底振りは気持ちがいいくらいなのです。およそ公明正大とは彼(ら)のことを言うのでは。
家庭でも妻の病気、娘の就職活動、息子の東大宣言と気になることばかり。が、前回の件でかなり家族の信頼を得たようで家庭内ではトラブルはない。(今回竜崎があの国民的アニメを見て感動した様子が面白かった。そっか、あんなに有名なアニメの名前すら聞いたこともないほどの人生なのね。。。わたしとほぼ同世代なのに・・・。)そのあたりのバランスも丁度よかったし、これによって竜崎の高感度がますます上がったかも。
前回同様思うのは、竜崎自身は全然変わらない。だけど、高感度が上がってゆくのはこちらの視点が変わるから。その点が中々に新鮮な感じです。次も期待したい♪
あと、最初のほうに竜崎が地域の安全性向上のために何が必要か(というよりも、今の世の中に必要なもの、何故こんな物騒な世の中になったのか)を論じる場面があるのだけど、これがまったくその通り!って思えて面白かった!これはもっと真剣に考えてみる必要のあるテーマだと思う。

keiさんにお借りしました。ありがとうございました!