2009年の読書記録*3月






骨の記憶/楡周平★★★★
文藝春秋
末期がんの夫の看病をしているときに、その妻のもとに「骨」が届けられる。その「骨」は、妻の父親のものであり、その死因に夫が関わっているという手紙が付いていた。真実は・・・。 と言う冒頭から、物語は昭和30年前後の岩手の農村に時代を戻し、その農村で育った貧しいひとりの少年が東京で生きていく姿を、昭和の経済成長期に重ねてドラマティックに描いた物語。 貧しい少年のある意味ではサクセスストーリーとも言える物語で、グイグイと引っ張られた。とても面白かった。まず、主人公の育った背景の、現代では想像もできないような貧しさが印象的。集団就職で上京したあとも、ラーメン屋でのあまりにコキ使われている場面なども臨場感たっぷりだったし、ふるさとの家族、弟たちを思う気持ちにも泣かされる。 この少年がどうなっていくのか、偶然によって別の人生を手に入れるんだけど、そのあとはまるで人が変わったように人生に貪欲になっていき、大きく成長していく少年から目が離せずにグイグイと一気読みだった。 ただ、読み終えてみれば、「骨」に関わる少年は、主人公のほかにも一人いたのだけど、そちら側からの物語が描かれてないのが、ちょっと残念。「片方」はどんな人生だったのか?とても知りたい。



アンチエイジング/新堂冬樹
夫の為に若い見た目を保ちたくて美容整形やらなんやらにお金をつぎ込んだ挙句借金で身動きが取れなくなった女の話。



すごい本屋!/井原万見子★★★★



ぼくは考える木
 ―自閉症の少年詩人と探る脳のふしぎな世界/
    ポーシャ・アイヴァーセン(小川敏子訳)
★★★★★
早川書房
自閉症について、とてもおおきく誤解していたと思う。
自閉症の人たちの多くがこんな風に誤解されていたとすれば、私たちは今まで彼らにとんでもないことをしてきてしまったことになるのでは・・・。
普段ほんとうに当たり前のように、触りながら見て音を聞く・・・だけど、ここに登場するティトは、音を聴いているときは目の前にあっても、物を見ることが出来ません。見ているときは聞くことが出来ない。その時々に一つの感覚しか使えないのです。ティトには、人の顔はまるで海の波のように形を変えて見えるらしい。一度にたくさんの情報が入り込んでくると、頭の中はカオスになるのだそう。自分の体さえも、ここにあることが実感できず、実感する為に手をヒラヒラさせたり揺れたり(こう言う行為をスティミングというのだそう)するんだそうです。
このように聴覚型の自閉症は、運動する事がまったく苦手。なんと「見る」ことすらも「動き」なのだと・・。動かなくても見えるじゃないかと思ってしまう。だけど、ある種の人には、たとえば視力に問題はない場合でも、見ると言う行為が一つの難関なのだと知りました。
なんと言う不思議で神秘的な脳の働き。当たり前に思ってることが当たり前ではないと気付くとき、自分の傲慢さを思い知ります。
そして彼らは、見た目は普通の人間と違う動き方をしたり、普通じゃない状態なのだけど、実は普通と同じ、あるいは普通以上に知能が高く、物事をとてもよく「わかっている」。だけど、それを表現する手段がないのです。
インドの自閉症児ティトと母親ソマによって、実は自閉症の人にも知性がありコミュニケーションを取る事が出来るということが明らかになります。
ティトの書いた数々の詩の美しい事。
もちろんそこに到達するまでに、ふたりはすごい労力や努力をしている。それはまるで、ヘレン・ケラーとサリバン先生のように。ティトとソマのふたりも言わば「奇跡の人」なのです。
本書の著者ポーシャは自分の息子、ダヴがティトとよく似たタイプの自閉症であることから、コミュニケーションをとることができるかもという望みを持って、ティトとソマをアメリカに呼びます。
専門家が提唱する数々の検査は、自閉症の人間には苦痛でしかないのに、決して正しい結果を知らせてくれるものではないのです。それでも、何度も何度も繰り返して検査しなければならない。そのことに憤り落胆しながらも、ポーシャは自閉症の人たちの為にも諦めることなく、活動を続けます。彼らを正しく理解する為に。
著者ポーシャが、息子ダヴの知能は高く、今まで自分が息子にしてきたことのほとんどが無意味だったと知ったときの驚愕!
無理だと思っていたコミュニケーションが取れるのだと思う喜び、知能が普通で嬉しい、という喜びの気持ちももちろんあったでしょうが、それ以上に今まで何年もかけて息子にしてきた働きかけや教育が間違っていたと知れば・・・。
ポーシャのあふれる感情が胸を揺すぶります。
ソマのメソッドによってダヴは格段に進歩していく。きっかけがあれば、言葉を覚え、知性を取り戻したヘレンケラーのように、彼らの世界も180度変わるのです。
今後研究が進み、ティトやダブのように、真実の姿を周囲に理解されるようになることを切に願います。 ポーシャの家族の最後の描写に心から胸が温もるのを感じて、感慨深かったです。



乱反射/貫井徳郎★★★★★
朝日新聞出版社
ある、平凡な家庭の幼児の突然の死。それは新聞記事としては小さな扱いだったが、実は何人もの「殺人者」の手によって行われた・・。 という、衝撃的だけど全貌のつかみにくいイントロで物語は始まる。 何人もの、一見無関係の人々が登場する。彼らはごく普通に生活をしているだけ。ある人物は退職後に犬を飼い可愛がる、ある人物は街路樹の伐採に反対している、ある人物は虚弱体質で・・・なんの変哲もない普通の人たちの生活。それが淡々と描かれているだけなのです。(でも、人々の心理描写がきっちり描かれていて読み応えがあるのだけど) これが「幼児の死」に関わりがあるのだろうか?きっとあるんだろう、と読みながら思いました。結末は最初から分かっています(最初に書いてるんだから)。これが一つの流れになるんだろうと想像もつきます。要するにネタは最初からバレているのだから。それでも、人々の「気持ち」の描き方、心理描写が巧みでリアルなので逸らされずに釣り込まれてしまい、結末が分かっているからこそ先を急がせられてしまうという作品でした。 どこにも「犯罪」はない。だけど、そこここに「犯罪」はある。 なぞなぞのような、あるいは禅問答のようだとも思いました。 喪失感、虚無感、絶望、どこにもやり場のない気持ち・・・幼児の死の原因が一本の線でつながったとき、そこにあふれる悲しみに圧倒され、胸がつぶれそうな気持ちにさせられてしまう。 バタフライ・エフェクトという言葉があります。自分のふとした行動が、どこか自分のあずかり知らぬところで、大きな影響を与えるかもしれないということ(のよう)です。本書を読みながらこのことを思い出しました。 自覚があってもなくても、悪意があってもなくても、良かれと思ったことですら、もたらす影響と結果はかならずしもいい事ばかりではなく、自分にも誰にも計り知れない。 人間は自分ではどうにもならない因果関係の中で生きているのだと思いました。



孤虫症/真梨幸子★★★
感想



女ともだち/真梨幸子★★★
講談社
雑誌記者の主人公野絵は、小さな地方都市のタワーマンションで起きた、二つの連続殺人事件の真実を追う。逮捕された「犯人」は真犯人ではなく、ほかに真犯人はいると言う確信を持ち、それを探すことを目的に、事件をルポとして雑誌に連載していく。 本書では主人公が書いているルポが、実際の出来事(本書中の)と交互に挿入されているのだけど、その主人公の書くノンフィクションが結構面白く、読ませられた。ただ、このノンフィクションを実際にノンフィクションとして読んだら、違和感があると思うんだけど(あまりに著者の主観が大きいから)作中ノンフィクションである事を考えてこう言う文体にしたのだと思う、そのバランスが上手いと思った。ここでいかにも「ノンフィクション」の、たとえば佐木隆三さんみたいな文章が来たら、読者はきっとここまで面白みを感じないのではないか?と思います。(佐木氏には失礼ですが・・私は佐木さんの本、好きですけど) 何人もの女たちが登場する。中のひとりは「東電OL殺人事件」の主人公をモデルにしたのだろうと思わせられたが、実際に「加害者」ではなく「被害者」をこんなに掘り下げて、その半生を明らかにするのは、いくら事件物ノンフィクションが好きでも、読む側として気が重い。だから「グロテスク(桐野夏生)」は、あまりにリアルだったからだと思うけど、読後感がとても悪かったし、「東電OL殺人事件(佐野眞一)」はまだ読んでいない。なんといっても彼女は殺人事件の被害者なのです。私が人を殺したわけじゃなく、殺されたんだ、なのになぜこんな事を書かれなければならないの?と思うと思う。 この「女ともだち」では、主人公の目的が「真犯人探し」という確たる目的があったせいもあり、まったくのフィクションとして面白く読めた気がする。 ラストになると、意外な真実に驚かされるが、そこまで行くのはちょっと出来すぎじゃない?と思ったのだけど、それまでの引力はすごく強かった。



東京島/桐野夏生★★★
新潮社
戦争中に実際に起きた事件をモデルにしていると言うことで、その事件のあらましを読んだだけでも「これを桐野さんがどのように『料理』するのか」と期待が大きかったのだけど、時代設定などが「戦時下」から「現代」にと、変えてあるせいもあり、やけにあっさりした物語になってしまったと言う感想。 物語は、清子と隆の夫婦が世界一周クルージングの旅に出て遭難し、流れ着いた無人島にあとからまた漂流者の団体が流れ着き、そしてそこにまた別の一行が流れ着き・・・結局島は男が30人以上いたのに、女は清子ただ一人と言うアンバランスな状態になってしまうのです。助けは来ない、一切の文明もない無人島で、清子たちはどう生き抜いていくのか?と言う物語。 「漂流」を題材にした本と言うと真っ先に吉村昭「漂流」を思い出します。これはまさに著者が、無人島での漂流を体験したのかと思えるほどの圧倒的なリアリティがあって唸らされたのに対し、桐野版ではなんだか全然リアルな感じがしなかったのです。読む前は「漂流」ものとは思ってなくて、きっとたった一人の女をめぐって男たちが壮絶な争いをするんだろう・・などと、なんとなくだけど考えていたので意外だったし「漂流もの」として捉えたら、吉村さんの「漂流」には叶わず、物足りない気持ちが残ります。吉村版ほどの切実な緊迫感がまるでないからです。 しかし、リアリティはなくとも不思議と物語は強い説得力があり、ぐいぐいと読ませられてしまいました。この「説得力」こそ桐野さんの持ち味、そして相変わらずの吸引力に感心させられ、ラストの意外性も満足。いかんせん、物語の内容に比べてボリュームがないように感じたのだけど、私としてはもっと長い物語にして、もっと書き込んで欲しかったです。



人を殺すとはどういうことか
 ―長期LB級刑務所・殺人犯の告白/美達大和
★★
新潮社
タイトルの通り、2件の殺人事件で長期刑務所に入っている殺人犯人の手記。前半は自分のそれまでの半生と、殺人事件を起こしたあらまし(詳しくは書かれてない)そして、その後どのように自分が贖罪に向かうにいたったかと言う心理の変化が書かれていて、後半は犯罪者ウォッチングとでも言うか、受刑者たちを冷静に観察して分析している。 そもそも、著者の犯した殺人が「計画殺人」だったと言う事と、余りにも冷静に自分の犯罪やらその後の心理状況を分析解説しているので、しじゅう違和感が付きまとう。ナニサマだと自分を思っているんだと思うこともしばしばで、かなり腹立たしい気分になった。あるとき天啓をうけるようにはっと自分の罪の重さに気付くのだけど、それすらも、あまりに冷静な筆致に嫌悪感が沸いてしまった。 後半、受刑者の観察においては、生来の聡明さでかなり的確にタイプの分類や分析がなされていて感心し、なるほどなと思うことが多かった。刑に服しているということの意味や、罪を贖うということの意味を考えさせられる本ではありました。



ポトスライムの舟/津村記久子★★★
講談社
とくにドラマティックな出来事が起きるわけではなく、年収約160万円の独身女性の日常が淡々と描いてありました。休憩室のポスターの世界一周に憧れたり、刺青を入れることを真剣に考えたり、そういう頭の中が丁寧に書いてあり、最初はそれほど面白く感じなかったのだけど、段々と釣り込まれていました。特に友だちとの関わりが読み応えあり。私はなんとなく、ヤマフミさんや角田さんの小説のようだと思いましたが読後感はこちらのほうが爽やかだったような気がします。特に好きなタイプの小説ではないけど。



アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない/町山智浩
★★★★
文藝春秋
タイトルのとおり、アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない・・学歴が低い高いに関わらず(教師を目指す大学生や普通のビジネスマンでさえ、知っていて当然と思われる常識を知らない!)アメリカ人の大半は「無知」あるいは「間違った知識」しかもっていないと言う結構衝撃の一冊。 個人の資質だと済ませられればいい話ですが、それによって戦争に突入してしまったり、世界経済をおおきく揺るがすようでは、笑って済ませられない。世界一の覇権国家だという自負があるのなら、是非とももうちょっと国民を教育するべきだと思いました。(教育すべきトップがトップでは無理がありますが)たとえば日本のお隣さんみたいに、いまだに知識や情報を規制している国家のことを「怖い」と思うのと同じ種類の怖さがアメリカにあるとは思わなかったので、大きな衝撃でした。 しかし、すべて日本にも言えること・・。日本の大学生だって、ときには大人だって似たようなもんじゃないでしょうか?かく言う私だって物知らずだし、子どもたちだってものすごく無知です。アメリカ人の半分は日本に原爆を落としたことを知らないそうだし、ベトナム戦争の事も、負けたってことも知らない人が多いらしいけど、日本の若い人たちが日本の「戦歴」をちゃんと知ってるかどうか、となるとあやしいのじゃないでしょうか。。(でもある程度年齢の上の人たちは日本がどこの国と戦争をしてどこの国に侵略したかってことは知ってると思う。アメリカ人は戦争経験のあるひとたちですら、いい加減な知識しかないみたいで・・。)無知はやっぱり「利用」し易いからそのままにしておくのでしょうか。正しい「教育」「知識」って大事だなぁと改めて感じた次第です。 そのほかにも宗教問題を含め、「へぇ〜!」と思うことのオンパレードで、大変面白く読めた一冊。アメリカのトウモロコシ栽培事情とか。医療制度についてとか。映画「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」の主人公の話とか、シンプソンズとFOXのこととか・・・色々面白かった。ブッシュ批判が激しく(当然ですが)マケイン氏のことを持ち上げてる感じもしたけど、興味もなかったマケイン氏の半生に興味が湧いた。



奇跡のリンゴ「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
石川拓治
★★★★★
幻冬舎
絶対に無理と言われていたリンゴの無農薬栽培を10年も20年もかけて成功するという、気が遠くなるような話です。殆ど収入もなくなり、リンゴの木は枯れかけ、家族をも犠牲にして、そのことに罪悪感や焦燥感を覚えながらも夢を捨てず、試行錯誤のすえに死をも考えたときにふっと見つけた「出口」。 ほとんど悟りを開いた釈尊のよう。木村さんの姿はとても尊く神々しいほどに感じました。圧倒され、感動しました。 そして、自然と人間は共生出来る!と手本を見せられたその反面、逆に人間の傲慢さを再認識させられました。本書を読みながら何度も、ミツバチのことを思いました。NHKのクローズアップ現代で取り上げられていた「アメリカ発 ミツバチ“大量失踪(しっそう)”の謎」のことです。あの番組をを見たときも思ったんですが、人間だけが他の生物の生態や形やあり方そのものを変えてしまって平気でいるんだなぁと。その権利があると、当然のように思ってる・・。 この木村さんがやっていることは、ミツバチを大量失踪させた原因とは、まったく反対のことをやっているのです。あまりにも正反対で驚くほどでした。 そして、人間が絶滅しても地球は滅びないけど、昆虫が絶滅したら地球は滅びると、何かの本で読んだ事があるのを思い出しました。 木村さんの功績もすばらしいけど、支えたご家族もすごい。奥さん、娘さんたちは言うに及ばずですが、(婿養子さんです)義理のお父さんが、木村さんのやることに一切口を出さず反対もせず「やめろ」とも言わず、あまつさえイタドリを取ってその中の虫を川釣りの餌として売ると言う内職までやって木村さんを支えた事に、とても深い感動を覚えました。木村さんもすごいけど、ご家族もすごい。この家族なくして木村さんの成功はなかったかもしれませんよ。



2009年の読書記録*2月



自治体クライシス 赤字第三セクターとの闘い/伯野 卓彦★★★★★
講談社
自治体と言うものについて、とても真剣に考えさせられた一冊。 著者はNHKの「クローズアップ現代」などの取材編集を通してこの問題に取り組む事になったらしいが、かなり丁寧で地道な取材と、砕いた読みよい文章で分かりやすく書かれていてよかった。 財政再建・・というと、夕張市が有名になってしまったけど、他にもその危機に面している自治体はたくさんあり、他人事ではないというのがヒシヒシと伝わってきた。 今私が住んでいる自治体も決して裕福な財政状況とはいえない。だけど、ここに登場する切羽詰った自治体と比べたら、はるかにありがたい感じがした。充分に住民サービスが受けられないから(中には、お風呂に週2回しか入れない人たちも@!!)、税金が高いから、住みにくいからと言ってそそくさとどこかに移住してしまうわけには行かないし、また皆がそれをしたら地方は破滅してしまうだろうし。。農村などの小さな集落が高齢化や過疎化で消えていくというのも最近よく耳にするが、それが自治体規模で起きてしまったら・・・。考えてみるととても恐ろしい事なのでは。 私たちはもっと自治体について理解し自治体の運営に興味を持たねばならないと、痛切に感じられた。ひょっとしたらウチの市だって、こう言う将来が待っているのかもしれないのだ。 そもそもはバブルの頃に国が推進してきた「リゾート法」とか「テーマパーク法」と言う法律に乗って、あちこちに出来た第三セクター。当初予定していたように収益が上がらず、数年後には殆ど経営破たんするも、破綻したら自治体がその負債をいっかつ支払いしなければならない義務が生じる「損失補償契約」と言う契約が結ばれていて、赤字第三セクターを処分すれば自治体に大きな負担、存続させれば膨れ上がっていく赤字、進むも地獄引くも地獄・・という状況に陥っているところが多いらしい。本書はそれを順におって説明してあり、今なぜ自治体がそんな危機に瀕しているのかその仕組みがとてもよく分かる。例にとっているのは、青森の大鰐町、長野の飯綱町、北海道の芦別町、赤平町など・・。 特に赤平町などは住民の為に必要不可欠な自治体病院によって大きな累積赤字をかかえてしまい、再生に向けてまさに血の滲むような努力の最中だそうで、職員も気の毒なら住民も気の毒なあまりの惨状に驚く。(@お風呂に入れないお年寄りがいるのはここ) 国が地方分権、地方自治ということばで地方を切り捨てるような発言も本書に見られ、自治体が充分将来を検討せずにリゾート開発にまい進してしまった(地方活性を「リゾート開発」に活路を見たのはよく分かる)無責任さよりも、やはり何を一番に考えていたのかと思うと、国に対して不信感が沸く。 原因はどこにあるのか・・と言う事も大事なのだが、自らの給料をカットされ(給料だけで生活するのが苦しいぐらいの職員もいるとのこと)自分たちが始めた事業でもないのに、尻拭い的に前任者の後始末をまさに粉骨砕身で頑張っている人々の姿に頭が下がるし、また住民サービスなどを充分に受けられなくても、自治体職員を信頼してじっと我慢する人たちの姿にも感銘を受けた。 どんなどん底でも、諦めず問題解決に向けて努力する人々の姿は、暗い未来に一条の光だと思う。 是非とも皆さんにご一読していただきたい一冊だと思う。



造花の蜜/連城三紀彦★★★★
角川春樹事務所
タイトルからもっとどろどろした人間模様が描かれているのじゃないかと思ったけど(何の根拠もなく・・)なんと、本格推理の誘拐ものでした。
意外な展開が待っていて、かなりビックリさせられること間違いないだろうと思われます。 本格は苦手な私ですが、誘拐という事件以外の余分な部分が殆どなかったせいか、そして、それなのにそこに人間ドラマも盛り込まれていた感じがして、結構おもしろく一気読み。どの登場人物も怪しく感じられるので、面白かったのです。

下の「ウォッチメイカー」のように伏線が大仰と言う点では同じようにちょっと白けた部分もあったが、それなりに楽しめた。ブログのお客さんのコメントに「サービス精神」とあったが、確かにそうかも知れんなぁ。
しかし、犯人が犯行を犯すのになんでまたこんな手の込んだことを・・と思うとやっぱり納得できない。 読んでいる間はサクサク進んで面白かったから一応、星の数は4個にしたけど。



ウォッチメイカー/ジェフリー・ディーバー★★★
文藝春秋
今回の敵は、殺人現場に時計を残していく。 新登場のダンス、人の心を読みまくる、まるでテレパスのよう。 アメリアは初めて自分だけの事件を抱えていた。

相変わらず、どんでん返しというか、いつまでも真実にたどり着かないまだるっこしさに疲れた。 一体犯人は何がしたいのか、結局それがしたかっただけか・・と、思えてしまう。 一番の不満は「殺人事件が一つもないじゃないか!!」と言うこと。犯人たちが行く先々に、予想したライム捜査班がやってきて危機一髪で被害者は難を逃れてしまう。けど、結局あとで犯人に話を聞いてみれば、もともとそれらの犯行は目くらましでしかなく、本当に殺人を犯すつもりはなかったようなのだ。だとしたら一体何の為にそんな手の混んだ事をしたのか・・分からなくなる気がする。
伏線があまりにも大仰な為に、真実の犯行が発覚する頃には疲れてて「どうでもいいや」と思えてしまうのでした。
その綿密な伏線の数々が本作の最大の魅力かもしれないけど、私には不満でした。



少女/湊かなえ★★★★
早川書房
「告白」で鮮烈デビューをはたした著者の第二作。今回はタイトルのとおり、二人の少女が主人公。思春期の友情のもろくはかない絆をテーマにかかれた、一見青春小説のよう。誰かが私をいじめたとか、陰口を言っているとか、そういったその時期にはよくある話の延長で、「親友」だったはずの二人の「少女」は同じように「死」に興味を持ち、片方は病院に、もう一方は老人ホームにボランティアに行く・・と言う話です。二人が同時に「死」に興味を持ち同時に「ボランティア」なんて、ちょっと出来すぎな設定で、その後も都合が良すぎると感じる部分はあるのだけど、それがまたこの作品の魅力のひとつになっていると思う。 インパクトや初っ端の吸引力と言う点では、前作「告白」を越えてないと思ったけど、読むうちに釣り込まれていく「右肩上がり」の感じはこちらが上廻ったと感じた。読むうちにどんどん釣り込まれていくのです。 後半の意外性の連続は、単に私が先読みできない単純な人間だから受けたのかとも思うけど、なかなかに楽しませてくれた第ニ作は、後味も前作ほどに悪くなく、かといってただ良いだけの後味じゃない、ますます著者の今後の活躍が期待される読み応えでした。



2009年の読書記録*1月



森に眠る魚/角田光代★★★★
双葉社
読んでいる最中も読み終えた後も、どんよりとした疲労感と後味の悪さが残る作品で、好みがキッパリと分かれそうです。私はこう言う陰湿な作品は好きだし、心理描写が上手いので一気に読まされるのだけど、それでもどこか辟易してしまった気がする。
物語は、5人の主婦それぞれの目線で進みます。出会いに伴う高揚、充実期を経てその付き合いが「お受験」の登場により微妙な変質を起こし、やがては倦怠、疲労と変化していく様子をリアルに描いてあります。
登場する主婦たちはごく普通の女たち。ちょっと羽目が外れた女もいるが、それぞれがまぁまぁ許容範囲内で、いたって普通。その普通の人の中にある悪い面を、わざと見つける手腕を誇示しているようないやらしさが、作品全体にあった。。。と言ったら言い過ぎだろうか?
主婦たちが変化していくのを眺めながら、こちらもゆるやかに精を抜かれていくような気だるさ。角田作品に感じる一貫したイメージはこの「気だるさ」なのだけど、それが今回特に強かった。
先に書いたように、出会い、高揚、充実、倦怠、疲労、そして別れ・・・となると、女性同士に限らず男女の恋愛にも言えること。人間関係全てに共通するものかもしれません。
ある過去の実在の事件を元にした物語で、私は誰が「その」役割なのだろうと思いながら読みました。誰もが被害者のようだし誰もが加害者のよう。これも、この作品が言いたいことの一つだったのかも。



赤めだか/立川談春★★★★
扶桑社
落語は全然知らなくて、笑点とかたまに見る程度。立川談志と言う人のことも、どうやら落語界の異端児のようだと言う事だけしか知らず。そんな私でしたが、このエッセイは面白かったです。 話術に長けている人は、エッセイを書いても面白いんでしょうか。テンポもよくスピード感のある文体に釣り込まれて、面白くおかしくそしてたまにホロリとして、グイグイ読みました。 落語を聞いて見たいと思うようになりました。



完全恋愛/牧薩次★★★
マガジンハウス
他者にその存在さえ知られない罪を完全犯罪と呼ぶ。では、他者にその存在さえ知られない恋は、完全恋愛と呼ばれるべきか?
昭和のはじめ、戦前戦中戦後を通し現代まで、ひとりの男がひとりの女を愛しぬく様を、その時々に起きた殺人事件とともにミステリー仕立てで描いた作品です。
とても長い作品だけど、グイグイと読ませられたのは、知らない作家名でありながらも、実はすごいベテラン作家の作品だからだと思う。多少の中だるみはあったものの、一気読みした。
ミステリーとしては「本格」っていうやつで、実はわたしはこの「本格」が苦手。
アリバイ工作、不在証明、、色々と画策するよりも人を雇って殺したほうが早いような気もするし、この作品の場合だと、そこまで愛した女のために殺人をも厭わないと言うのなら、小ざかしい工作など不要、いっそ真正面から相手を殺し、正々堂々と罪の裁きを受けたらいいじゃないかと思ってしまう。
この作品は、最後まで読んだら「ふむ、なるほど!」と思える。そのオチだけ瞠目の面白さがあった。
2008年このミスの第3位だそうだけど、自分にはそこまで面白く感じられなかった。



贖罪/イアン・マキューアン★★★★★
新潮社
「つぐない」という映画の原作。
「つぐない」を見たとき同様に深い余韻に浸った。
物語は3部に分かれていて、第一部の導入で、主人公の少女(12歳)は、姉セシーリアと使用人の息子ロビーの関係を誤解してしまう。そのため無意識にロビーを陥れてしまい、結果的に恋人を引裂く事になってしまう。第二部ではその引裂かれた恋人たちの物語、第3部では成長した主人公の少女ブライオニーの物語。そしてエピローグ。
一人の少女がほんの小さな間違いを犯したために、多くの人たちの人生が狂ってしまう。意図したわけでもないのに、嘘をついたつもりでもなかったのに、たった一つの「虚り」がこれほどまでに悲しい結末を呼ぶとは。
実は映画を見る前に読むべき本だと言う噂もあり、映画を先に見ていた私は結末を当然知っているので、そのぶん楽しみが減ったのではないかと思ったが、海外作品に特徴的な、日常生活や登場人物の思考などの、ものすごく細かな描写は一つ間違えば読みづらい。心理描写の奥深さを楽しむ作品であり、そこが長けた作家なのだろうと思うけど、海外物を読みなれてないと・・というか、こう言う作風に慣れてないととっつきにくいのでは。少なくとも私には戸惑いも多かった。だけど、映画を先に見ていたからこそ、本文もすんなり読むことが出来たし、映画の補足的な心理描写の細かさに納得させられる事が多く、それはそれでよかったと思う。
映画でも原作でも、どちらでもこの作品に触れることはオススメできる。でも、原作では最後の描写が映画とは違っていて、それは原作のほうが余韻に浸りやすいかも・・・いや、あの映画のあの映像が目に焼きついているので、やっぱり映画のほうがいいかも。
どっちでもいい。どちらも心に残る作品だった。
タイトルの意味をじっくりと考えさせられる作品です。



ベイジン/真山仁★★★★★
東洋経済新報社
北京五輪開幕式に照準を合わせて、中国では原子力発電所「紅陽核電」の建設が始まった。日本から原発建設のエキスパートとして送り込まれた田嶋だったが、現地での作業は困難を極める。反日、汚職、賄賂、手抜き、怠慢、などなど、どんなに慎重になっても慎重すぎることはないはずの原発建設で、優先させるべき事項があまりにも違う中国の国民性。はたして安全に、原発は「運開」できるのか。 また中国共産党幹部のケ(ドン)は、汚職の取り締まりを密命として持ちながら原発運開を見守る立場として赴任。田嶋とは悉く衝突する。しかし、衝突する中にもいつしか連帯感や理解、相手を尊重する気持ちが芽生えていく。


ひたすら誠実に原発の安全を第一に考える田嶋と、屈折した野望を持つケという、二人の主人公が「原発運開」に向けて次第にひとつになっていく過程が、そのスリリングな背景の中に描かれていてとても面白く読みすすめる。二人の男はそれぞれとても魅力的。 特に私が好きなのはケ。一見冷徹で非情なのだけど、黄という良い友達や打算的な結婚をした妻など人間関係を見ているうちにわたしはケが好きになった。 隣の国でありながらよく実態のつかめない中国と言う国の内部の描写は、この本によるととんでもない国のようだ。実際の北京五輪の前に大きな地震があり(四川大地震)学校が倒壊し大きな被害を出したが、本書にもリアルさを与えている。 以前「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」を読んだ。「核エネルギーというのは怖い」と言うのが正直な感想。長男が生まれてまもなくチェリノブイリの原発事故もあり、これから子どもを育てようとする身にとって、とても衝撃を受けたこともある。 本の中にも書いてある「人間のやることに『絶対』はない」と。それでもそれを承知で原発に頼らねばならないのが現状だとすれば、この本のなかの中国のような姿勢で原発を建設すると言う事は、どんなに恐ろしい事かと、思ってしまう。勤勉でマジメがとりえの日本人でも事故を起こしてしまうのだし。 田嶋の真摯な姿勢が救いだった。 ともかく、下巻は一気読み!面白かった!!(怖かった)



オリンピックの身代金/奥田英朗★★★★★
角川グループ パブリッシング
昭和39年、東京でオリンピックが開催された。戦後の復興をわずか20年でとげ、華々しく蘇った東京を全国民が見守り、期待し、誇りに思っていた。だけど、その繁栄の影には使い捨てられたコマのような命が幾つもあった。また、東京が栄華を独占している一方で、地方の寒村では人々はまだまだ電気さえ充分に使えない貧しい暮らしを強いられている現状があった。
そんな中で主人公は「東京オリンピック」を「人質」に、「身代金」を奪おうとした。国家から。



主人公の国男は東大の院生です。行く末は明るい未来が待っていたでしょう。なのに、なせわざわざ人生の坂を転げ落ちようとするのか、ちょっと不可解でした。国男が感じる疑問、国への不信感、オリンピックに対する反感など、それぞれはとても説得力があるんだけど、だからと言って「そこまで」するか?と思ってしまう。
でも、読み進めるうちに段々と説得されてしまうのです。国男がこうしなければならないと言うその気持ちが、こちらにも届いてくるのです。
主人公の国男、そして同級生でテレビ業界の須賀忠、警察、それぞれの視点から、ほんの数日ずらして、交互に事件が語られていく、その手法が面白く釣り込まれていきました。そのズレが段々と狭まり、やがては一つに・・・。
国男の二面性にはこちらも、好感度を上げたり下げたりさせられながら読んだけど、途中で一緒に行動するようになるスリの村田が大変、いい味でした。この二人の間にある「相手を思う」気持ちがとても好きです。あわやオリンピック妨害がなしうるのか?・・とさえ思わせられる緊迫感のなかで、いつのまにか「成功するといい」とさえ思い、国男たちの行動を応援していました。ふたりが警察を翻弄し、煙に巻く様子には爽快感さえ感じました。
最初のほうのくどいまでの時代背景、風俗の描写は正直辟易するけれど(今現在描かれている小説にここまで詳しく流行や風俗は書かれないでしょう)東京オリンピックに対する日本人の思いの深さや、日本中が熱狂したイメージが伝わり、戦争を知らない私は先人に頭が下がる気持ちがしました。 表向きだけではなく、その裏で何があったか、誰が犠牲になったのか、国家の繁栄は、影に大きな犠牲がつきものなのでしょうか。気付かなかったそんな部分に気付かされ、ミステリーとしてだけじゃなく面白い作品でした。



オオカミ少女はいなかった/鈴木光太郎★★★★
新陽社
タイトルは「オオカミに育てられた少女、アマラとカマラ」=「オオカミ少女」は「実は本当の話ではない」と言うことです。
幼児期や児童期の環境や教育が「ヒト」に与える影響が重要だと言う事で、保育科だった私も教材を与えられ勉強した覚えがある。
がしかし、この話は嘘だった。生物学的にも現実的にも、オオカミが人間を育てるわけがないと言うのだ。専門家の中には最初から疑問視していた人もいたという。なのに、なぜ「実話」のようになってしまったのか。(かの手塚治虫の「ブラック・ジャック」にも山猫に育てられた少年の話があったではないか。まぁ少年は後天性の脳障害ではあったけれど)
著者はそれを丁寧に、「事件(少女たちの発見)」発生から順を追って紐解いている。仲介に有名な心理学者がいたりジャーナリストがいたり、様々な過程を含めてこの話は世界的に有名になっていき、いつしか「真実」となっていく。それが一般的な読者にもとても分かりやすく、それが真実として流布されたことの問題点と共に読みやすく解説されていて、とても釣り込まれた。

ほかにも「サブリミナル効果の真偽」に関する章、「母親は赤ちゃんを左胸に抱く」と言う通説の検証、ヒトの言葉を理解する賢い馬「クレバー・ハンス」の章など、それぞれ「そんな通説があったなんて知らなかった」と言う程度の私が読んでも、充分興味深い。心理学から見た「謎解き」でしたが、心理学って「主観」が入ると言うこともあり、とても曖昧な部分があると分かった。 白状すれば、良く分かってない部分も多いと思うけど、読書中はとても面白く、ぐいぐい読みました。



メタボラ/桐野夏生★★★★★
朝日新聞社
記憶喪失の主人公は、見知らぬ土地でパニックに襲われつつ道に迷っていたが、昭光と言う少年に出会い、そこが沖縄だと知らされる。昭光から「ギンジ」と言う名前をもらい、昭光自身、ジェイクと名乗り、しばらくは二人で他人の家に転がり込んだりして過ごすがやがて別れ、それぞれの生活をしようとする。 「ギンジ」と「ジェイク」の「今」。そして「ギンジ」の次第に取り戻されていく「過去」、「ジェイク」の「昭光」としての過去」など、4つの物語が二人の男たちのなかにあり、やがてはひとつの物語として終りを迎える。



4つの物語とは言え、本筋は「ギンジ」が沖縄をさすらいながら「過去」を取り戻し、「自分」を取り戻していく物語なんだろうと思う。沖縄には行った事がないし、よく知らない土地なのだけど(ニュースで見るぐらいしか)沖縄の抱える複雑な問題の一端が垣間見えたような気がします。その辺りの事を、安楽ハウスの釜田VSパラダイス・マニア・ロッジのイズムと言う構造で描かれていたのは面白く、読み応えがあった。そうして次第に思いだす「過去」。
この本が描かれたのは主に2006年のこと。だけど、この問題は今こそより現実的で身につまされることになっています。特にこの2009年明けの年末年始には、多くの派遣労働者たちが行き場を失い、ボランティアの炊き出しなどの世話になっているのをニュースで見かけました。小説と言うにはあまりにリアルな内容で、目が離せなかった。
何よりも好きだったのは、ギンジのジェイクへの気持ち。ギンジの「嗜好」は、記憶喪失と共に失われていて、徐々にあらわになってくるのも面白く、ギンジと一緒に読者としても翻弄されて、そして切なく感じました。
なので、あのラストは涙無しに読めず、感動で泣けた。 この後はどうするのか・・と言う問いかけはいらない。美しさと悲しさだけが心に残るラストシーンなのでした。