2011年の読書記録 page1



ジェノサイド/高野和明★★★★★
とても面白く読んだ。壮大で、まさにこちらの「思いを越える」内容。こんなに面白い本を今まで読んだか?と思ったぐらい。
最初はとても曖昧な輪郭でワケが分かりにくかったのだが、読み進むにつれ徐々に輪郭がはっきりとしてきて、途中やめられないほど釣り込まれ、鳥肌が立つような興奮を覚えた。
「素数」がこんなに大事だったなんて・・・というところからして、私には驚きの連続の本だった。

イラクで傭兵として戦争に参加しているイエーガーの元に、あるとき謎の仕事が舞い込む。「人類のためになる。しかし汚い仕事だ」と。イエーガーは病気の息子の治療費のために引き受ける。謎のミッションには、同じような傭兵の中から4人が選ばれていた。4人はアフリカ、コンゴ共和国へ向かう。
一方、科学者である父親を急病で亡くした研人。薬学部の大学院生で、創薬の研究をしている。父親の死後、父親からメールが届く。そこには、自分にとって無謀と思えるような創薬に関する指示があった。
一見関係のなさそうな両者がどこでどう繋がるのか。
両者を結びつける「ハイズマン・レポート」とは何か。


ここから先は内容に触れます。ご注意願います。


タイトルが「ジェノサイド」大量殺戮であり、さまざまな事例が盛り込まれていて、人間の残酷さを描いている。
同種同士でジェノサイドを行う生き物は、「ヒト」だけなのだ。
そう言うことが書かれている「ハイズマン・レポート」は、とても読み応えがあり、本当に科学者が書いたこういうものがあるのかと思えたほどだ。(著者の創作らしい!)
「ヒト」の進化の歴史は、ジェノサイドの繰り返しで、他を殺して生き残る強い種族が原生人類だとすると、その人類の中に必ずそういった残酷な「遺伝子」が盛り込まれているのか。
地球上で一番の害虫、ヒトの進化の過程など人類学・・或いは生物学、薬学などあれこれと目いっぱい科学方面の専門的なことがたくさん書かれていて、難しくもあったが、平たく説明されているので何となく分かった気にもなり、とても知的に刺激を受けたような気になって楽しかった。
新生人類の知能の描き方はリアリティがあってビックリした。「複雑な全体をとっさに理解する」とは、それがムリだということすらわからない自分には、よくわからなかったけれど、ルーベンスという超・秀才の解説によって噛み砕かれていて理解しやすくなっていて釣りこまれた。私達の言語が「1次元」というくだりには、本当に面食らってしまった。
このルーベンスの登場で、かなり物語の「全体像」がはっきりとさせられた。アメリカ大統領の観察も面白かった。

そして本書の一番の魅力は、研人と正勲とうい二人の若者の滅私奉公的な活躍ぶりだ。
研人は、そもそも情熱もなく惰性のように研究して「父親のようなつまらない科学者になるに違いない」将来を、あきらめたような生活を送っている。
そんな研人が父親の遺言を受け、「GIFT」という謎のソフトに触れ、正勲という強力な助っ人を得て変わっていく。
若い二人の「病気の子どもを助けたい」という純粋な情熱と、科学者としてのサガのようなものとの相乗効果。それが生み出す、爽やかで清清しいパワーに胸が熱くなった。タイムリミットがあるので余計に緊迫感があって、ますます一気に読んだ。

またアフリカという国の現状、今日日ニュースでも見かけるコンゴ共和国の内戦の原因や民族紛争のあらましをザクッと解説してあるのも読み応えがあり、とても考えさせられた。
ピグミーという呼び名が蔑称であるということや、彼らは人間以下の扱いで、時には食べられてしまう存在だとか・・・知らなかったし、驚き!でもその登場するピグミー人がジャングルの中で生き生きと活躍したり、彼らの生活習慣に触れるなども新鮮な驚きがあった。少年兵の問題はやはり胸に重く響いたし、どこを取っても興味深く読んだ。
コンゴのジャングルでの4人の傭兵達のやり取りや逃亡劇、ナイジェル・ピアーストのコミュニケーションなどもはらはらさせられて読まされた。

テーマは「ジェノサイド」なのかもしれない。
でも、私はもうひとつのテーマは「ギフト」だと思う。
新生人類から現生人類への、逆に現生人類から新生人類への。
正勲から研人への・・二人の若者から病気の子どもたちへの。
そして、父親から息子への。
研人の父親が研人に託した「想い」。それを受け取り、父親を思う研人。
深い感動があった。おススメ!


※一度目に読み終えたとき、驚愕の面白さ!と思い、2回立て続けに読みました。
※そんなに頭がいい新生人類の思考なら、これほど危ない目に会う前に脱出できたのでは?
※そして、もっと早く「クスリ」を開発できるのでは?
※新生人類の出現はこうも簡単に国家的ブレインたちに信じられるものか?
などなど、2度目の読書では、ちょこっと突っ込みたくなる部分もありました。
でも、それでも一気に読まされるだけの面白さがあって、最後はやっぱり泣かされました。



ブラックランズ/ベリンダ・バウアー★★★★
図書館の新刊コーナーにあったので借りてみた作品です。

主人公、スティーヴン12歳。祖母、母、弟との4人家族。
その祖母は、叔父のビリーが子どもを狙う連続殺人犯に殺されてしまってから、心を閉ざす。そしてまたその祖母に愛されずに育ったために、スティーヴンの母も愛情薄い。
家の中の空気が冷たくぎすぎすしていて、なにかと自分にとって辛いのは、きっとビリーが殺されても遺体が発見されず、事件が過去のものになっていないからだ・・と感じているスティーヴンは、ヒースを掘り返してビリー叔父さんの遺体を発見しようとしている。
そんなスティーヴンが、服役している殺人犯(ビリーたちを殺した連続殺人鬼)に手紙を出した。ビリーの遺体があるところを知っているのは、殺人犯だけなのだから・・・。


最初のうちは、遺体を掘り起こしてビリーを見つければ家庭内の雰囲気が改善されるというスティーヴンの考えに、ちょっと疑問を感じた。スティーヴンは温かい家庭になってほしい、おばあちゃんにもお母さんにも優しくなって欲しい・・という一心なんだけど、その理由で「遺体発掘」とは飛躍しているような気がしたんです。
でも、物語が進むうちに、スティーヴンの境遇があまりにも気の毒で、(家では愛されず、学校でも苛められ、唯一の友達のルイスもまた、決して手放しで歓迎できそうにない部分がある友達で)スティーヴンに同情したし、応援する気持ちになっていった。
12歳の子どもと死刑囚の暗号めいた文通にしては、意味深過ぎて、こんな風に上手く意思が通じ合うものかと、一瞬は思ったけど、12歳にしては、スティーヴンはよく読書し(その理由もある)読書年齢が高いし、そう言う意味ではかなり読解力や推理力があるとみて自然だった。それだから、やっぱりこの二人のやり取りが始まってから、一気に面白さがまして釣り込まれるように読んでいきました。
あとはドキドキハラハラの連続で、一気に読んでしまった。
ともかくスティーヴンがいじらしい。なんとかこの子がいい境遇になるように・・・と。
途中登場する、母親の恋人に寄せる父親に対するような思慕なども、すごく可愛くて健気で不憫だった。

偶然手にした本にしては、かなり面白く読めた。満足!






お初の繭/一路 晃司★★★
内容(「BOOK」データベースより)
繭煮でむせ返る製糸工場。故郷に残した家族のため、恥辱に耐えながら、健気に奮闘する少女たち。今宵、無垢な少女たちの園がじわりじわりと犯される…。第17回日本ホラー小説大賞“大賞”受賞作。

女工哀史をもとにしたホラー作品です。
物語としては結構面白かったです。主人公はじめ、製糸会社に働きに出る少女達の人物描写が上手かったし、するすると読めました。製紙会社の名前が瓜生と書いて「ふりいく」で、その息子は「二成(ふたなり)」で、会社の仕事相手が「フルチンスキー」とか・・ふざけているのか?と思いましたが(^_^;)こういうのは「遊び心」って言うんでしょうかね。
ホラーとしてはありがちなイメージ。少女マンガ読みには、「悪魔の花嫁」あたりでこの手のものは読んだかな?という感じ。
つまらないとは思わないけど、ホラーとしてはそれほどでもないかな。



空白の5マイル/角幡唯介★★★★
内容(「BOOK」データベースより)
チベットのツアンポー峡谷に挑んだ探険家たちの旅を追い、筆者も谷を踏破。もう一度訪れたいと再び挑むが、想定外の出来事の連続に旅は脱出行と化す。第8回開高健ノンフィクション賞受賞作。

そして、先日「第42回大宅荘一ノンフィクション賞」を受賞されました。
W受賞おめでとうございます。

とても読み応えのある一冊でした。
グーグルアースを開けば家にいながらにして、地球上のどこでも見ることが出来る現代において、「探検」の意味を著者は示しています。前半の読みどころは、このツアンポー峡谷をめぐる先人の探検家達の物語でしょう。
とくに、同じ早稲田大学のボート部の先輩が、同じ峡谷を探検中に亡くなったくだりが出てきます。これには絶句してしまいました。こんな人物が本当に、いるんだなぁ・・・。今回、東北の地震でも、津波に飲まれる間際まで半鐘を鳴らし続けた消防士さんの話とか、みんなに「逃げろ!!」と触れ回っているうちに自分が逃げ遅れて津波に飲まれた人の話とか、みんなを誘導しているうちに、自分の家族が津波に飲まれて一人残された人の話とか・・こんな人物がいるんだなぁと頭を下げずにいられない人の話しを毎日のように、目にしていて・・同じ感動を味わいました。残された親はやっぱりたまらないと思います。またパートナーの方のインタビューが載っていたけど、その人も重い荷物を背負っての人生になっています。このくだりは実は私には特に印象的でした。
後半は著者自身の、峡谷入りのルポですが、これがまた凄まじい。この人の先輩である高野秀行さんの著書が好きで、よく読んでいるんですが、雰囲気が全然違いますね。極限状態の中で、生死の際すれすれのところで目的地を目指し・・はては結局目的地は「生還あるのみ」になってしまってたり、本当に過酷な「探検」の様子がリアルに描かれていました。
疲労じゃなくて衰弱してしまうほど過酷な行程の中では、過酷さで言うと、まだまだ!って感じなのかもしれないけど、体中を隙間なくダニに食われたりとか・・想像するだけでも絶叫してしまいそうです。





フクロウからのプロポーズ/ステイシー・オブライエン★★★★★
スタジオミュージシャンとして子どもの頃から活躍していた著者ステイシーは、父親の影響で科学が大好き、そうして生物学を専攻して、カリフォルニア工科大学でフクロウの研究に専念していました。
あるとき、教授から、羽に異常があるために決して野生に戻すことの出来ない、メンフクロウのヒナを、自分の養子として迎え一生の面倒を見ることをすすめられます。
本書は、ステイシーがメンフクロウのウェズリーと暮らした19年間にも及ぶ、奇跡のように濃密で愛情深い日々の記録です。

トリ頭・・・なんて、バカの代名詞みたいに使われているけれど、カラスやオウムが賢いことなどは周知の事実で、ウチに飼っている2羽のインコも、ちゃんと人を見て懐いたり(懐かないのもいるけれど・・)しています。
ボタンインコのほうは、特にウチの夫が大好きで・・・・などと書き始めると違う方向に行くので止めておいて(^_^;)。

ウェズリーはものすごく賢くて繊細です。
読み進むほどに、驚きの連続。写真も載っているのですがその姿のかわいらしさ(著者もかなりの美人さんです)と、生態や性質の特異なことに驚いたり、愛しく感じたり・・・まるで目の前にステイシーとウェズリーがいるかのように、ワクワクドキドキしながら読みました。
まず大変なのがエサの確保でしょうか。
メンフクロウなどフクロウたちはとにかく健啖家(というのか?)。すごい勢いでネズミを食べるのです。
(余談ですが、森林の伐採によって、フクロウの住処である洞を持つ木がなくなり、フクロウがいなくなるとネズミが大繁殖してしまうのです。)
ペットショップでマウスを買ってきて、殺して(!!)冷凍庫で冷凍(!!)。
食べるときにレンジで(!!!)解凍・・・という、まぁ常人であればちょっと考えられない生活です。
鉤爪やくちばしの鋭さも、人間には大きな危険を伴います。洋服なんかもぼろぼろになったよう。
でも、学者として動物を何より愛するステイシーには、そんなことはなんでもないことのようでした。
また、メンフクロウは耳からの情報(物音)で世界を把握するとか。目で見たもの(視覚)で世界を構築している人間にはどんなものか想像もつきませんが、描写に寄るととてつもない聴力のよう、などなど、驚かされることが満載。
特に興味深かったのは、メンフクロウが群れない生物だそうです。いわゆる「しつけ」というのは、群れる性質を持つ動物にしか出来ないことなのだそうです。ステイシーもウェズリーをしつけようとか、(都合の)悪い行動をいさめたりしようとせず、じっと付き合うのです。いったん、声を荒げたりきつく接したりしてしまうと、もう二度とヒトに懐かなくなるのだそうです。
また、メンフクロウは雌雄で番うと、一生をそのパートナーとともにすごし、添い遂げるのだそう。相手が先に死んでしまうと、自殺とも思えるような、【自ら生きることを捨てる】とも取れる行動で、本当に死んでしまうことすらあるのだそうです。
それは、ウェズリーも同じで、ステイシーをパートナーと認め、それはもう献身的に尽くします。
驚いたのは、寝ているステイシーの口にネズミを入れてくるなど、聞けば身の毛もよだつのですが、ウェズリーはいたって真面目。ステイシーの身を案じて、どうしてもネズミを食べさせないと気がすまないらしいのです。
また、ステイシーの髪形が変わってしまうと、とても大きな反応・・それは、たとえば結い上げた髪がステイシーの頭部を襲っていると勘違いするため・・・・・など
こんな風に、はたから見ればコミカルですらある二人の同居生活。
一体誰がこんなに、一人の女性を心から一心に愛する事が出来るんだろうか?と思うような、愛情深いウェズリー。
そしてみごとな献身でその愛情にこたえて、ウェズリーを大切にするステイシー。
耳の良いステイシーはウェズリーの鳴き声を聞き分けて、また、ウェズリーはステイシーの声と行動をインプットして、二人の間には「会話」も成り立つなど・・・二人の出会いと生活は、まさに奇跡のような19年間なのです。とてもとても胸を打たれました。
また、ステイシーが動物の研究者でもあるために、生態が実に科学的にも解説されていて、その点もとても読み応えがありました。
さて、19年というタイトルのとおり、ウェズリーは19年でステイシーの元を去っていきます。
そのときの描写は、ステイシー自身の難病のこととも重なり、涙なくて読めません。
でも、幸せだったよね、ウェズリー。
たいへん感動の一冊でした。






ロケットボーイズ/ホーマー ヒッカム・ジュニア★★★★★
映画「遠い空の向こうに」を見たとき、原作も絶対にいつか読みたい・・・と思ってましたが、何年掛かったことやら、やっとその「いつか」が訪れ、読むことができました。(正直、「下町ロケット」を読んだことも関係があったでしょう)
ウェストバージニア州コールウッドは炭鉱の町。主人公サニーは、炭鉱労働者のリーダーである父親の元、将来は炭鉱で働くものとして育てられます。兄ジムはコールウッド高校アメフト部の花形選手。父親はジムを自慢にし、運動も苦手なサニーのことは見向きもしません。
そんな折、ソ連の宇宙開発で、スプートニク号が打ち上げに成功します。アメリカはこのことに大変ショックと危機感を抱き、その余波は田舎町にも波及。子どもたちの教育カリキュラムが厳しくなるという形で・・・。
サニーは自分にもロケットを打ち上げられるのではないかと思い、母親の後押しもあり、着手します。最初はもちろん失敗の連続。だけど、変人だけどすごい頭脳の持ち主であるクラスメート、クエンティンや、幼馴染たちと協力し合って、ロケットを飛ばすという夢は実現に近づきます。最初は相手にもしてなかった町の人たちも次第に応援し、学校側もよき理解者であるライリー先生の強力で次第に認めてくれるようになり・・・。

大筋は映画と同じなのですが、映画よりも父親の存在はサニーたちに協力的だったと意外な気がしました。もちろん、無理解なのですが、それなりに陰で物資の融通をしたり、映画の頑固オヤジよりは軟らかかったかな。
小さな田舎町なのですが、成績優秀な子どもが集まっていたのか・・それとも、誰でもこのように、チャンスさえあれば学問も向上するのか?ものすごく難しそうなことを、まだほんの高校生なのに、探求して理解していくのは、やっぱり「夢」に向かってがむしゃらに突き進む「気持ち」の問題かも知れません。勉強するには、「なぜその勉強をするのか」という動機付け、「どうしてもやりたい」という意欲など、前向きな気持ちが重なれば、思いもかけないほどのパワーが沸いてくるものなのだ・・・と思いました。
最初のうちは誰にも理解されない、強力もしてもらえない・・そんな中、サニーたちに陰で協力してくれて、その結果として炭鉱内の事故で死んでしまう人物がいるのですが、このくだりや、ライリー先生のくだり・・・映画を見たので分かってはいたけど、胸が詰まり泣けました。皆がサニーたちロケットボーイズを思う気持ちが温かくて、本当に心に沁みます。
ロケットボーイズの夢が町の人たちの夢にもなっていく。
さびれようとする炭鉱を舞台に、あまりにもドラマティックな物語です。まさに、事実は小説よりも奇なり。本当に感動の物語で、おススメです。
読んで良かった(*^_^*)



純平、考え直せ/奥田英郎★★★★
下っ端のヤクザの純平、ある日組長から、いわゆる「鉄砲玉」に「任命」されます。
下調べと「その後」の前慰労をかねての3日間を描いた作品。
面白くてさくさくっと読めます。
読んでる間中、読者の誰もが「純平、考え直せ」と思うのです。
あまりにも「素直」で「純粋」過ぎるために、組織や上の人間に利用され、それが分からない純平が哀れで切ないのですが、それがコミカルに明るく描かれているので、暗くならないんです。
3日間に多くの出会いがあり(そう言うあたりは都合よすぎな展開?)人々に好かれている様子を見たりしては、純平のよさが読者においおい伝わってくる。
最後は純平が大好きになってしまっています。
途中、ネットの書き込みで純平の行動を世間が評価するのですが、これが結構今の世の中にありそうな展開。
書き込みのシーンが多すぎてちょっとだれますが・・・でも、本当にこういうこと書きそうなリアリティがあります。
そして、登場人物の一人、元大学教授の薀蓄がすごくまともな意見で説得力があったのも印象に残っています。
純平は大好きで、物語としても面白かったですが、やっぱり現実的に考えて、引いてしまう自分がいるのも確か。
純平、考え直せ。そして堅気になりなさい。
そう言いたいです。



下町ロケット/池井戸潤★★★★★
映画「アストロノーツ・ファーマー」みたいに、あまりにも荒唐無稽な感じの「ロケット造り」の話だったらどうしよう?なんて思ったけど、全然そんなことない、下町の中小企業の「オッサン」が、ロケット造りに参加していくという、一見「そんなことあるんだろうか」と思えるようなテーマが、ものすごくリアルに胸に響く感動の物語でした。

主人公、佃航平がもともとは研究者としてロケット作りに参加していたのが、ロケット製作の失敗→父親の町工場の後を継いで経営者となって成功してる・・・という設定がそもそも、その物語にリアリティを持たせています。
最初から、製品の出荷を削減されたり、資金繰りに困ったり、困難続きの主人公。相手は大手企業や大手銀行、話の分からない「悪者」ばっかりで、主人公が「苛められる」図。まるで時代劇の悪代官と越前屋みたいに裏で主人公を蹴落とす策を練ったりして、もう本当に役者が揃ってる!という感じで、端から「こんなやつらに負けるなよ!」と、読むほうの気合も入りまして・・・。ページをめくる手が止まらない、だけど、丁寧に読んで行きたいと思わせられる物語でした。
なんといっても登場人物たちにものすごく共感と好感が持てました。
佃の脇を固めるブレーンたち(笑)も、一丸となって困難に立ち向かう、それがワクワクしなくてどうしますか?
「空飛ぶタイヤ」が、池井戸作品でもっとも好きですが、それと同じぐらい大好きです。
ものすごく爽やかで、ちからが漲ってさえくるような読後感。
いい物語を読んだ・・・・・そう感じました。

おススメです!



完全なる首長竜の日/乾六郎★★★
内容(「BOOK」データベースより)
植物状態になった患者と、コミュニケートするための医療器具「SCインターフェース」が開発された日本。少女漫画家の淳美は、自殺未遂を起こして数年間意識不明に陥っている弟の浩市と対話を続けている。「なぜ自殺を図ったのか」という淳美の問いかけに、浩市は答えることなく月日は過ぎていた。そんなある日、謎の女性からかかってきた電話によって、淳美の周囲で不可思議な出来事が起こりはじめる…。『このミステリーがすごい!』大賞第9回(2011年)大賞受賞作。

SFは苦手・・・・と思いつつも読みすすめてみると、主人公は漫画家。そのあたりの描写が面白くて釣り込まれて、最後まで一気読みした。そして脳内で広がる別の世界という設定には、映画の「インセプション」みたいと思った。オチは何となく途中で察しがついた。
夢か現実か幻想か・・・・・・曖昧な境界は面白く読めた。



二人静/盛田隆二★★★★
父親の介護をする独身息子の生活を描いた作品です。
息子は働き盛りで、父親は70を過ぎたばかりだけど、ボケが始まっている。奥さん(息子にとっては母親)が亡くなってから、それまでの亭主関白と矍鑠たる態度はどこへやら、弱々しく頼りない、初期のボケ老人になってしまいます。
息子・・・周吾が仕事をしているときに一人で家において置けない状態になり、ショートステイに行くことに。
そこで介護師として働く灯りと知り合いお互いに惹かれるのですが、あかりには夫がDVで離婚したという苦い経験があり、そのせいで娘もトラブルを抱えているのです・・。

周吾は結婚をあきらめています。それはもちろん、認知症の父親を抱えているから。
周吾は時々、自分を責めるけど、私から見たら出来すぎなくらい、父親の面倒を良く見る、優しい息子です。
リアル。
一体、日本中で何人の働き盛りが、周吾のように悩んでいるか。
完全なボケ老人というわけではなく、寝たきり老人というわけでもない、そんな親を持った子どもたち。
その一端をリアルに描いてあると思いました。
周吾がとても誠実で優しいのが、辛い話の中でも読者をホッとさせてくれます。
そんな周吾にはぜひとも幸せになってほしい。
あかりのような真摯な介護師にも、幸せが訪れて欲しい。願わくば二人が・・。そしてあかりの娘の志保も一緒に幸せになってくれたら・・・そう願わずにいられない、登場人物の誰もが好きになれる・・身につまされて気が重くなる話だけれど、読後の感じは何となく爽やかで、優しい物語だと思いました。



12番目のカード★★★
内容(「BOOK」データベースより) ハーレムの高校に通う十六歳の少女ジェニーヴァが博物館で調べものをしている最中、一人の男に襲われそうになるが、機転をきかせて難を逃れる。現場にはレイプのための道具のほかに、タロットカードが残されていた。単純な強姦未遂事件と思い捜査を始めたライムとサックスたちだったが、その後も執拗にジェニーヴァを付け狙う犯人をまえに、何か別の動機があることに気づく。それは米国憲法成立の根底を揺るがす百四十年前の陰謀に結びつくものだった。そこにジェニーヴァの先祖である解放奴隷チャールズ・シングルトンが関与していたのだ…。“百四十年もの”の証拠物件を最先端の科学捜査技術を駆使して解明することができるのか?ライムの頭脳が時空を超える。

いつものとおりどんでん返しの連続。
いつものとおり「どうせ本当はこうなんでしょ」と、斜に構えながらひねくれた読み方をしてしまう。けども、結局違う方向に転がって「騙された」私。
でも、少女を狙う男の素性が分かったとき、ちょっとガッカリもしてしまった。じゃあそれまでの緊張はナンだったの?と思ってしまって。
とは言え、読んでるときはグイグイと。ライムとサックスの関係も好きだし。
あとは「ソウル・コレクター」と、キャサリン・ダンズシリーズを読む!(懲りない読者)



ポリティコン/桐野夏生★★★★
大正時代東北の寒村に、トルストイの思想に共感を得た芸術家たちが創ったユートピア「唯腕村(いわんむら)」で繰り広げられる愛憎劇。
プロローグでマヤの母親失踪のくだり
第1部では東一が主人公、第2部ではマヤが主人公・・という展開。
プロローグからずっとマヤが主人公かと思っていたので、ちょっと拍子抜けした(^_^;)

今なお、なんとか残っている唯腕村は、すでに現代社会の縮図ともいえるような問題だらけのコミューンになっていました。
少子高齢化、貧困、若者のふるさと離れ、過疎、後継者不足、などなど。
初代、唯腕村創設者の孫に当たる東一は、後継者として村でしぶとく生き抜く決意をしていますが、いつしか村を私物化し、新しく入村してきた謎の美少女を自分のものにするために権威を振りかざします。

とにもかくにも主人公の東一が、ゲスな男なのです。反吐が出るぐらい・・・。
それでも、なんだかよくわからないパワーに溢れていて、彼のやることから目が離せません。
「トルストイアン」という人々が居るそうで・・。トルストイの思想に心酔している人たちのことらしいです。
この辺のことは、私は偶然にも直前に、映画「終着駅ートルストイ最後の旅」を見ていたので、結構分かった気がします。映画の中に登場するコミューン、そう言うものを目指して創られた村だったんだろうなぁ。
でも、たとえば、この謎の美少女マヤなどは、行くところがなくて仕方がなくここに住むことになったのですが、その暮らしのあまりにも貧乏な様子に、本当にここをユートピア(理想郷)と呼んで良い訳がないと確信。
次々と理想郷の実態が明らかになって行く過程など、グイグイと読まされました。
内部は男女がただれた関係をそこかしこに展開している・・などということも、結局「理想」ってそう言うことなのか・・と苦々しい苦笑が付いて出る感じです。
村に残って村を盛り立てて行きたいという、最初の東一の気持ちに、なんとなーく胡散臭さを感じたんだけど、どんどん東一の本性も明らかになって来て、本当に虫唾が走るような男だと思いました。

桐野さんらしく、結局この男は「破滅」行きの列車に乗ったのだ、、乗りたくないのに知らずに乗ってしまったんだ・・と思いながら読みました。その予想は・・・外れたような当たったような。

この続編もあるような、ないような。

とにかく、よくわからないパワー渦巻く吸引力のある作品ではありました。東一、暴走列車もいいところ。どこまで暴走するのかをじっくり見てやろうじゃないかという気にさせられたのでした。

桐野さんはどこかのコメントで「唯椀村と東一を愛してください」って書いていたけど、東一を、不思議な引力がある男・・と思いこそすれ、愛することは・・ムリかなー。
マヤも好きにはなれないキャラクターだったし、登場人物に共感する気持ちはイマイチ沸かなかったと思う。
第一部の終わりから第二部への転換が、少し唐突な感じがして・・・第一部のそのあとはどうなったのか、そこが知りたかったけれど、個人的にはそこで東一は「ジ・エンド」だと思った。だから第二部は意外。何があったんだろう、それも気になる。

大長編の上下巻だけど、個人的にもうちょっと書き込んでもらっても良かったかなーと思いました。
読者は贅沢でわがまま、ゴメンナサイ。



苦役列車/西村賢太★★★
内容(「BOOK」データベースより) 友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫太。或る日彼の生活に変化が訪れたが…。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続くのであろうか―。昭和の終わりの青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と因業を渾身の筆で描き尽くす表題作と「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を収録。第144回芥川賞受賞。

ちょっと桐野さんの「メタボラ」の一部分を思い出して読みました。私は「メタボラ」大好きなので、比べたらそりゃ「メタボラ」のほうがいいなー。
でも、こういう、徹底的に自虐的な私小説はあんまり読んだことがなくて、ここまで「さらせるか」と思うとすごいと感心しますね。
いかんせん、主人公=著者が矮小で狭量で、いいところがないんだもん。
文体がかなり独特。現代の文学ではあまり見ない古めかしい語り口。その組み合わせがいいのかもね。
この内容で語り口が現代的だったら、目も当てられない気がする。
私は結構好きだったけど、またこの人の本を読んでみようかとは思えないなぁ。
「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」も同じく、貫多という主人公、これも著者自身。が、腰痛にのた打ち回りながらも文学賞を取れるかどうか気にして、挙句は気にする自分を笑い飛ばしたりという、傷つくのがイヤだから自己防衛的に自虐的になってる感じがしました。



白銀ジャック/東野圭吾 ★★★
実業之日本社
内容(「BOOK」データベースより)
「我々は、いつ、どこからでも爆破できる」。年の瀬のスキー場に脅迫状が届いた。警察に通報できない状況を嘲笑うかのように繰り返される、山中でのトリッキーな身代金奪取。雪上を乗っ取った犯人の動機は金目当てか、それとも復讐か。すべての鍵は、一年前に血に染まった禁断のゲレンデにあり。今、犯人との命を賭けたレースが始まる。圧倒的な疾走感で読者を翻弄する、痛快サスペンス。

なんとも、可もなく不可もなくという感じのミステリー。
デビュー頃の東野さんの作風かな。
読み終えてやっとタイトルの意味が分かった。ゲレンデを乗っ取られたということでこのタイトル。しかし、あんまり緊迫感が伝わらなくて残念。つまらないミステリーは「誰が犯人でもどうでもいい」と思ってしまうものだけど、この作品もまさにそうだった。
私だけじゃなくてこの作品は酷評が多くて東野さんが気の毒になるけど、東野さんにはやっぱりもっと心にズシンと響くものを書いて欲しい。ファンだからこその辛口と思って、次はもっと心揺すぶるような物語を書いていただきたい。



西南シルクロードは密林に消える /高野秀行★★★★★
講談社文庫
「ビルマ・アヘン王国潜入記」と同じぐらいに「まじめで」(失礼!)読み応えがあり、相変わらず面白く、個人的に高野本2トップ。

シルクロードって何本かあったらしく、知名度の高い北方シルクロードのほかにも砂漠を通るルートなどもあり、今回高野氏が挑んだのはタイトルのとおり中国成都からインドにかけて、中国の西南部を通る一番古いシルクロード(と言われている)で、戦後誰も通ったことがない(らしい)。
「世界で一番誰にも知られていない一番古いシルクロード」を「世界で初めて陸路踏破する」という計画を立て、実行に及んだ一大旅行記なのです。
申し訳ないけど、読みながら「なんと人騒がせなことをするんだろう」と思ってしまった。
西南シルクロードと言っても、今そう言うルートが残ってるわけじゃなく、中国→ビルマ→インド・・と、入国許可証さえ持たず現地のゲリラ頼みでジャングルを歩いて道なき道を行き山を越え国境を越えていくんだけど(全行程歩いたわけじゃなく、たまにはクルマやボートやゾウ!も使っている)、その一行は時には30人ほどにもなったみたいで、あるいは学術的な研究とか、国から拝命されたとか、そう言う大義名分でもあればよかったけど、これが高野さんの酒の上の席での思いつきって言うんだから、やっぱり人騒がせと思ってしまいます。それも4ヶ月掛かったって言うし・・呆れるやら感心するやら。
でも、これがもう、夢とロマンのぎゅーーっと詰まった4ヶ月の紀行文なんですね。
「3000年前」なんて一言で言うけれど、100年200年の差異なんていくらでもあるだろうし、道が通じたのだって何百年もかけて・・でしょうし。。今は道なんて、重機などを使ってあっという間に出来てしまうけど、それでも、時間と手間と人手はたくさん必要だし、それが現代でもそうなんだから、3000年の昔だったらどれほどだろうと思います。
クルマも飛行機もない時代に、それこそひたすら歩いて歩いて・・ジャングルを切り開いて、人々が東から西へ、西から東へ「文明」「文化」を運んだなんてちょっと思ってみるだけでも壮大なロマンです。
そこを、高野さんたちは例のごとく「大丈夫かいな!」と心配ではらはらさせてくれつつ、進んでいく。
偶然やラッキーがドラマティックに重なったりもして、本当に面白くて楽しい一冊でした。当事者たちのことを思うと「面白い」なんて言えないんですけどね。
私が高野さんの好きなところは、ともかく博識で本を書くに当たり調べてから書いていると言うのももちろんあるだろうけど、その場その場でもちゃんと知識を持ってるし、言語もレアな現地の言葉なんかをよく使える。その土地へ行くために土地の言葉を習ったりするらしい。そう言う「賢さ」に萌えるし(笑)それも、現地の人たちと自分の言葉で喋りたいし、コミュニケーションが好きみたいなんですよね。心の温かい人なんだろうなぁって言うのが本からも伝わるんです。第一印象で好きじゃないと思っても、結局自分から積極的に話しかけたりして、第一印象は誤解だったとわかったり、読んでるほうも高野目線になってその人が好きになっていくし。
「ビルマ・アヘン王国潜入記」なんかは最後もう泣けてしまったけど、今回も結構じーんとさせられました。
「人騒がせな旅」と言う気持ちもあるけれど最終的には高野さんが「西南シルクロード」の正体を考察していて、すごく納得させられたし、やっぱり歴史的にも意義のある旅だったんじゃないでしょうか。

「文庫版へのあとがき」も必読!
単行本だけでは「その後どうなったの??」って気になる部分が絶対にあるので。



無縁社会 /NHK「無縁社会プロジェクト」取材班★★★
文藝春秋
本の紹介は、ここではしません。
あくまで個人的に感じたことを書いてみようと思う。

縁というか、人間関係があまりにも希薄なことに驚かされる気がする一冊でしたが、ある程度は「やっぱりね」と言う気持ちも否めない部分がありました。
孤独死や無縁死をされた方は本当に気の毒だと思います。無縁死は貧困と密接していて、貧困は自己責任だと突き放す風潮には納得も行きません。
好きでこうなったわけではないというひとがほとんどのはず。
特に、家族がいても無縁死という現状には本当にやりきれない気持ちがしました。一家離散の末に没交渉になって、いきなり死亡通知が来ても遺体の引き取りはしたくないという・・・自分には想像がつかないけれど、拒否されるほうも悲惨ならするほうも切ない話ではないでしょうか。
孤独死に関しては、たとえ兄弟でも親子でも、近くで暮らしていかれる限りではないし、その結果親が知らない間に死んでいたと言うことは大いにありうる話だと思います。
肉親や血縁関係でつながりがなくなったら、会社や地域と結びついて行かないと孤立する。
会社をクビになっていたら地域と縁を結ぶしかない。
しかし、人に干渉されたり干渉したりする「村社会」を「プライバシーがない」「わずらわしい」と嫌い、自治会や子ども会と言う地域の活動からも遠ざかり、あくまで個人的な生活をよしとするのが現代人ではないのでしょうか。村社会の過干渉を徹底的に排除してきたその結果が、無縁社会では・・。
と言うようなことを感じながら読みました。


さて、ここからは本書のテーマとはちょっとはずれてしまうかもしれませんが。
「子どもに迷惑をかけたくない」あるいは「人に迷惑をかけたくない」と言う気持ちも孤立を生む原因の一端のようですが、そもそも今の社会は「人に迷惑をかける」ことを罪悪視しすぎませんか?
人はどうしたって人に迷惑をかけずには生きていかれない生き物です。それを自覚無しに、「人に迷惑をかけるな」と小さい頃から教わる。
でも、人に迷惑をかけることもあるけれど、人から迷惑をかけられても許したり面倒を見たりしてお互い様で生きていこうと言う気持ちも必要じゃないですか。
それから、テレビでもこの「無縁社会」をテーマに放送がありましたが、視聴者からの意見の中で「自分は社会にとって無用な存在だと思うと生きていくのがつらくなる」と言う意見が多かったですが、これについても、「社会の役に立つように」と言う押し付けが大きいと、それが出来ないときに挫折感を感じてしまうんじゃないですか。確かに社会のなかで役立っていると言う自信は、自身の生きがいに結びつくけれど、もっと「生きる」ことをシンプルに喜べる社会であってほしい。
もうちょっと、「迷惑かけること」「役に立たないこと」を肯定してみたら・・・すこし人の気持ちも変わりませんかね・・・・?



裁判百年史ものがたり/夏樹静子★★★★
文藝春秋
大津事件、大逆事件、帝銀事件、松川事件、八海事件、永山裁判など、歴史に残る事件、その後の裁判に影響を与えた事件など12の裁判を取り上げ掘り起こす。著名な事件で書物になっている事件も多いけれど、端的にまとめてあるので事件の概要を知るのに適した一冊と思います。特に「帝銀事件」や「松川事件」「八海事件」などなど、自白重視の取調べによって生まれた冤罪事件についてもあらためて知ることが出来ました。
昨年は永山則夫について書かれた「死刑の基準」を読み、すごく感銘を受けましたが、そちらにはあまり書かれていないことも、こちらには書かれているなど、視点や切り口が違うと新鮮な感じがしてこちらも多面的な視点を持つことが出来るように思いました。
特に、犯罪被害者の理不尽な被害について書かれた最終章は必読です。
事件は、平成9年に起きました。当時、世間を騒がせた事件のひとつ、山一證券幹部による総会屋への利益供与事件。この事件で弁護士をしていた岡村さんの奥さんが、逆恨みから殺されると言う、本当に理不尽な事件です。
その事件そのものは大きく取り上げられ記憶にも残っているのですが私の記憶力では当然詳しくは覚えてません、すみません・・・が、なおさらその後のことは知りませんでした。
岡村さんは奥さんが殺された事件の被害者家族としての、司法的な立場のあまりの弱さに驚いたそうです。
圧倒的に加害者側が人権を認められているのに、被害者には何のサポートもない。
岡村さんのように司法に関わる仕事をしていても被害者にならなければ苦しみは分からないと言う言葉に、犯罪が人に与える苦しみの深刻さを思い知らされました。
そこから「全国犯罪被害者の会」の発足、被害者側の「権利」を獲得するまでには、きっとここに書かれた以上に苦労や紆余曲折があったと思うのですが、この章を読んだだけでも伝わるものがありました。
それから、「尊属殺人」の章で書かれた事件。同じ女性としてすごいインパクトです。
あまりにも酷い事件で驚くばかりです。(他の本でも読んだはず)
司法が人のために変わっていくには、こういった「犠牲」がつき物だろうと思うと、なんともやり切れません。



家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル/★★★★
鈴木大介
詐欺、闇金、美人局、架空請求、強盗―家族や地域から取り残され・虐げられ、居場所を失った少年たちは、底辺で仲間となって社会への「復讐」を開始する。だが大金を手にしてもなお見つからない、“居場所”。彼らはそれを探し続ける。取材期間10年、語られなかったこの国の最深部を活写する、震撼ノンフィクション。(「BOOK」データベースより)


ここに登場する「龍真」と言う青年は、とても頭がいい。
自分で自分を「チキン」だと認識しているあたりも、却って勇気があるからだと思える。仲間をとても大事にするハートがあるし、仁義を知っているし、「いま、何をするべきか」「この先をどうやって行くか」・・・と、熟慮するなど、前向きと言うか建設的というか・・。
闇社会の中での彼の活躍は、義賊的な部分もあるためか、胸がすくようだし、ドラマティックだし、「読み物」として本書を捕らえたら、実際とても面白い。これを元に小説を書いたら、それもとても面白いものになるのではないか・・・。
でも、ここに描かれた闇社会の実態は、本当におぞましく恐ろしい。
本当に日本か?
本当にこういう世界があるんだろうか。
幸いにも今まで接点なく生きて来られているが、それはひょっとして遠いと思っていて実は身近にあるのではないか?ふとした拍子に接触してしまったらどうしようか?とおののいてしまう。
本書の言いたいことは、犯罪少年も好きで犯罪少年になったのではなく、闇社会で暗躍しながら、犯罪に手を染め人を威嚇しながらも、実は寂しく人恋しいのだと言うこと。
龍真青年のことを思っても、まともな家庭でまともな親にごく普通に育てられていたら、全然違う人生があったに違いない・・・たらればを言っても意味がないけれど、そう思う。
犯罪少年がそのように育つのはそれなりの背景があるのだということはわかった。
でも、今後もっとそう言う少年が増えていくのじゃないだろうかと思うと、とても深刻だし暗澹としてしまう。



地のはてから/乃南アサ★★★★★
講談社
平凡な農家次男坊の妻、つねは、大正初期、夫に言われるままに夜逃げ同然に、ふるさと福島を後にして、北海道知床はウトロに開拓民として入植した。政府が掲げる入植心得とはまるで違った過酷な北海道の大自然の前に、なすところもなく途方にくれるような暮らしの中で、懸命に家族を守るつね。
物語は、その家族の姿を、つねの娘とわの視点で描く。
幼いうちから口減らしのために奉公に出されたとわの、賢く誠実でたくましい生き方。やがてとわも家庭を持ち、つねがそうしたように、母として家族を必死に守るように生き抜くのだが、そのとわにもやはり厳しい人生があるのだった・・・。


「言われているほど寒さは厳しくない」「想像するほど開墾は難しくない」「交通の便もよくなってきている」「子どもの教育も問題ない」「ちょっと働けば大金持ちになれる」などなど、政府の入植心得を読んで見ると、良くまぁこれだけ嘘八百書けるな〜と思うぐらい、耳障りのいい事ばっかり書いてあります。
実際に彼らが体験させられた北海道ウトロでの暮らしは、過酷を通り越して悲惨としかいえません。日の光さえも入らない原生林、伐木でやっと開いても、あたり一面のクマザサはとても簡単に畑になるものではなく、ようやくの思いで畑にして、すずめの涙ほどの収穫を楽しみにするも、毎年沸いて作物を根こそぎ食べていくバッタの大群、教育どころか道はなく、井戸も電気もない暮らし。冬は凍えるばかりのその地で、一家は瞬く間に困窮していきます。
口減らしに出されたとわの奉公先は小樽で、とわは今まで見た事がない都会暮らしをします。大きな町、大きな道、たくさんの人がいて、井戸があり、電気がある。子守として滅多に休みもない生活は、まだまだ幼いとわにはつらいものですが、それでも、ウトロに暮らす家族を思い健気に耐えては、仕送りをします。
「二度と帰ってくるな」と、とわを送り出したつね。そんな母の言葉をうらみながらも、家族を思うとわの気持ちに泣かされることしばしば。
結局、つねにしてもとわにしても、家族や生活を守ることに必死の人生です。趣味だの、余暇だの、そんなことは思う暇すらありません。蛇口を回せば水が出る、つまみを回せばガスが出る、スイッチひとつで灯りがともる、車を使えるし、クルマがないとしても、道はあるのが当たり前、道がない不便なんて思ったこともない・・・
こんな生活をしながらストレスが溜まるだの悩みがあるだの・・・、心の底から恥かしくなります。
全編とおして、母つねと娘とわの、お互いを思い合う気持ちに感動したのですが、つねづね、母と娘の物語には複雑な感情を持ち、いろんなことを思わされてしまう私も、この二人のシンプルな愛情には、ただ胸が詰まりました。
とわの人生も波乱万丈です。何度も何度も泣けてきた。やっと人並みになったように見えても、戦争があったり火事に合ったり、かんなん辛苦とはこのことか・・・・が、どこまでも逞しく家族を守りぬくとわの生き方に、心から感動しました。おススメです。



●最後のほうが駆け足で、たとえばタマヨのことなど、あまりにもあっさりと過ぎていったのでビックリしました。もうちょっと書いてあげてほしかった。ある意味余計に切なかったです。
●三吉・・・ああいう結末は予想していなかったけど、私が三吉なら私だって日本軍のために兵隊になるなんて、真っ平ゴメンと思う。
● この物語のなかで一番よかったー!と思ったのは、つねの、いわゆるなさぬ仲の長男が、つねを大事にしてくれたこと、そしてそのお嫁さんが、とてもいい性格の人だったこと。つねが老後、今までで一番幸せ(と言うのは言い過ぎかもしれないけど)に生きていかれると思うと、心からホッとする。




Y氏の妄想録/梁 石日 ★★
幻冬舎
うーん、なにやら珍妙な感じ。
私が読んできた梁さんの小説とはイメージがまるで違った。
定年後のY氏の生活を家族との関わりを絡めて綿々と描いてあるのだけど、タイトルのとおりどこか妄想的で現実離れをした物語になっている。個人的には、時間がたったら読んだことも忘れてしまうと思われるほど印象の薄い物語だった。



往復書簡/湊かなえ★★★★
幻冬舎
手紙のやり取りからなる3つの短編集。
形式ばってない気楽な文面なので、読むほうもするすると読める。
何度も手紙のやり取りをするうちに、10年前、20年前、15年前に起きた出来事の「真実」が見えてくる。
「十年後の卒業文集」では、学生当時仲良しグループだった、放送部の女子4人のやりとり。
そのときそれぞれが感じていたことは、別の子から見たら全然違うことだったという・・そう言う話は誰にでもあるのでは。と思うと、物語がよりリアルに感じられる。自分がものすごく気にしていて、10年経ってもうじうじと悩んでいることも、実は相手はなんとも思ってないとか、あるいはその逆とか・・ひとの気持ちも記憶も、自分だけで解釈してみても、相手のあることなのだから腹を割って話してみないと真実はわからないのかもしれません。
手紙によって、その真実を腹割って話し合う、誤解が解ける場合もあれば、知らないほうが良かったことがわかってしまうこともあり。
すごくサクサク読めるけれど、それほどに心に残らないし今までの著者の作品に比べてパンチに欠ける気がしたかも。



マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか?/アフロダイテ・ジョーンズ★★★★
私はマイケル・ジャクソンの特にファンではないけど、昨年「This is it」を見て、マイケル・ジャクソンと言う人のカリスマ性と音楽的才能を始めてまじまじと目の当たりにして、今更ながらそのすごさに驚いたのです。
この本は、マイケル・ジャクソンが巻き込まれた「少年に対する性的虐待疑惑」などの裁判の全記録。
特にファンでもない私は、テレビのワイドショーで流される情報を断片的に受け取り、そのまま感慨も何もなく信じ込んでいました。
おそらく、デーブなにがしかの情報が元だった記憶があります。
しかし、本書や「This is it」などで垣間見るマイケル・ジャクソンは、そう言うイメージとはまるで違う、まじめで心優しく人がよく、地に足の着いた謙虚な人間なのですね。
メディアの報道とはとことんいい加減なものなのだと改めて知らされて、そしてやたらとそれを信じ込んでしまう自分がとても恥かしくなりました。
まずネバーランドと言うテーマパークひとつを取ってみても、マイケルジャクソンが子どもたちをどれほど大事に思っていたかが良く分かるし、プライバシーがまるでないマイケルがそこをどんなに必要としたかが、本書からやっと伺えました。
ともかく、今まで聞いてきたあれはナンだったんだ?と思うぐらい、報道されてきたマイケルと本書に書かれたマイケルは違います。鵜呑みにしてしまってゴメンネ・・・。

ただ、本としてはまとまりに欠ける感じがして読みづらかった部分もあった。
もうちょっと整然と書くことも出来たのでは?
それから、マイケルを貶めようとするパワーは検察側のどこに、なぜ、こうも強くあったのだろう?その点もう少し知りたかった。人種差別の犠牲になったとかチラッとは書かれていたけど、追求されていないので少し残念だった。とは言え、これは「裁判」に関する書なのでそれでいいのかも。
それでも本書を読んで良かったと思う。



告解者/大門剛明★★★★
中央公論新社
金沢市郊外の鶴来にある更生保護施設の鶴来寮で補導員として働いている深津さくら。
日々、寮生たちの世話に忙しい。
あるとき、重罪犯として服役していた久保島健悟が入寮した。久保島は23年前に2人を殺めて刑に服したと言う。しかし、実際にふれたその人柄は、刑務所でも模範囚だったと言うだけに、決して粗暴ではなくむしろ礼儀正しい物静かな男であり、きちんと更正しているように見えるのだった。
そんなとき、近くの公園で中年男性が何ものかに殺害されると言う事件が起きた。
元犯罪者の「巣」でもある鶴来寮にも、容赦なく刑事や世間の視線が集まる。
犯人は誰なのか、そして久保島は更正し、普通の生活を送れるのだろうか・・・。

著者の大門氏は三重県出身伊勢市在住とのことで同県人として追いかけています。
「雪冤」「罪火」「確信犯」に続き、4作品目の読書でしたが、この作品が一番面白かったです。
一貫して「贖罪」や「更正」と言うテーマで物語を書き続けている姿勢はとても好感が持てます。
今回も「更正」と言うテーマの下に、保護施設で働くさくらの目を通して、事件の真相に迫るミステリーを描いていますが、今回はさくらと久保島と言う二人の関係の行く末なども気になり、一気に読んでしまいました。
冒頭の殺人の真相は、わかってみれば意外にも思わせぶりが過ぎたのでは・・などと思わされたし、23年前の事件にしても、小説としては都合よく設定しすぎでは・・・などなど、思うところは結構あったのだけど、それでも話の全体像が魅力があり釣り込まれました。
だんだんと小説として読みやすく面白くなってきた感じがします。

吉村昭さんの「仮釈放」を思い出しました。



卵をめぐる祖父の戦争/デイヴィッド・ベニオフ★★★★★
早川書房
新年最初の読書はこちら「卵をめぐる祖父の戦争」です。
なんとなく愉快そうなタイトルです。
作家である著者が、自分の祖父の戦争体験を聞いて本にした・・と言う形です。
語り口が「おじいさん」の一人称なので「わし」となっていて、軽妙でユーモラスなので、なんだか楽しいコメディなのかと思ってしまったのですが、れっきとした戦時中の体験談。それもかなり悲惨で過酷。タイトルからは想像もできません。

舞台はドイツ占領下のロシアのピーテル(レニングラードの愛称)、17歳の「わし(レフ)」はあることがきっかけで軍部に捕まってしまう。同じく軍隊からの脱走兵として逮捕されていたコーリャとともに、ある指令を受ける。死刑を免れるためにふたりはその指令を果たすために街に出るのであった・・・。

この「指令」と言うのは、軍の大佐の娘が結婚するときにどうしても必要なケーキを焼くための卵を1ダース集めると言うもの。卵1ダースで命が助かるなら軽いもの・・と思ってしまうんだけど、この時代のロシアの町全体はとてつもなく飢えているのです。卵どころか日々の食糧さえも満足に入手できず、ひたすら人々は空腹をもてあます毎日。どこをどう探しても卵なんてない。犬や猫も食料になってしまうほどなのですから。あるときは自分たちも「食糧」になるかと言う危険に見舞われたりもします。
ふたりは意を決して、ドイツ軍の陣地に乗り込むのです。卵のために・・。

この「卵探し」の間にふたりが残酷で陰惨な場面を見聞きしたり、過酷で苛烈な体験をしたり・・。
タイトルや文体から受ける軽妙でユーモラスなイメージとあまりにもギャップのある内容に呆然としてしまいます。「わし」レフが一方的にコーリャを敬遠していたのが、だんだんと友情を感じ始め、ふたりの距離が近づいていくと物語にどんどんひきつけられました。
こんなにも命がけで卵を探すなんて・・あまりのばからしさ。滑稽です。
命と卵・・それがどうやって天秤ばかりに乗るのか。戦争と言う狂気がそうさせるのだと、滑稽であればあるほど、その狂気が際立ちました。
命よりも重いものはないはずなのに、卵よりも軽々しく扱われる。それが無性に悲しくて切ない。だけど滑稽で・・・。
そしてそんな中でも、彼らがちゃんとたくましく、ミッションの遂行とともに成長していく姿がとても印象的でした。心に残る物語でした。



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感想



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感想



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感想



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図書館の新刊コーナーにあったので借りてみた作品です。

主人公、スティーヴン12歳。祖母、母、弟との4人家族。
その祖母は、叔父のビリーが子どもを狙う連続殺人犯に殺されてしまってから、心を閉ざす。そしてまたその祖母に愛されずに育ったために、スティーヴンの母も愛情薄い。
家の中の空気が冷たくぎすぎすしていて、なにかと自分にとって辛いのは、きっとビリーが殺されても遺体が発見されず、事件が過去のものになっていないからだ・・と感じているスティーヴンは、ヒースを掘り返してビリー叔父さんの遺体を発見しようとしている。
そんなスティーヴンが、服役している殺人犯(ビリーたちを殺した連続殺人鬼)に手紙を出した。ビリーの遺体があるところを知っているのは、殺人犯だけなのだから・・・。


最初のうちは、遺体を掘り起こしてビリーを見つければ家庭内の雰囲気が改善されるというスティーヴンの考えに、ちょっと疑問を感じた。スティーヴンは温かい家庭になってほしい、おばあちゃんにもお母さんにも優しくなって欲しい・・という一心なんだけど、その理由で「遺体発掘」とは飛躍しているような気がしたんです。
でも、物語が進むうちに、スティーヴンの境遇があまりにも気の毒で、(家では愛されず、学校でも苛められ、唯一の友達のルイスもまた、決して手放しで歓迎できそうにない部分がある友達で)スティーヴンに同情したし、応援する気持ちになっていった。
12歳の子どもと死刑囚の暗号めいた文通にしては、意味深過ぎて、こんな風に上手く意思が通じ合うものかと、一瞬は思ったけど、12歳にしては、スティーヴンはよく読書し(その理由もある)読書年齢が高いし、そう言う意味ではかなり読解力や推理力があるとみて自然だった。それだから、やっぱりこの二人のやり取りが始まってから、一気に面白さがまして釣り込まれるように読んでいきました。
あとはドキドキハラハラの連続で、一気に読んでしまった。
ともかくスティーヴンがいじらしい。なんとかこの子がいい境遇になるように・・・と。
途中登場する、母親の恋人に寄せる父親に対するような思慕なども、すごく可愛くて健気で不憫だった。

偶然手にした本にしては、かなり面白く読めた。満足!