2013年の読書記録



冤罪死刑/緒川 怜★★★
内容(「BOOK」データベースより抜粋)
三年前に発生し、犯人逮捕で終結したはずの少女誘拐殺人事件。だが、その裏側にはあまりにも多くの嘘や裏切り、腐敗や汚職があふれていた。死期を迎えた刑事の告白、目撃証言に挟み込まれた意図、被害者の母の衝撃的告発、そして埋葬された記念品…。事件を洗い直すべく動き出した通信社記者と女性弁護士は、次々と意外な事実に突き当たる。ともに東京拘置所に収監されている死刑確定者と、勾留中の刑事被告人の間には、いかなる接点があったのか。


感想
ぎゅ〜〜〜っとたくさんの事が詰め込まれていて、正直、途中でお腹がいっぱいになってしまい、胃もたれしそうになった。けれど、最後に綺麗に消化できたと言う感じで、かなり良くまとまったミステリーだと思う。
ただ、読み終えてしまうと、余韻がない。。。私は登場人物に魅力を感じることが出来ず、そこにあるドラマにもあまり感動を得られなかった。
テーマはとても重いし、考えさせられることがたくさん含まれていて、社会的にも真剣な問題提起がなされていると思う。なにか・・・惜しい!と言う気がしてしまう。
でも、一読の価値はあると思う。



テティスの逆鱗/唯川 恵★★★★
美容整形をめぐる5〜6人の女の物語。

中年女優の條子、キャバ嬢の莉子、普通の主婦である多岐恵、そして社長令嬢の涼香、彼女たちが通いつめる高級美容外科医の晶世・・と受付の秋美。それぞれの視点で繰り広げられる群像劇タイプの物語。
彼女たちは個々の立場と理由で、美に執着するんだけど、それがもう、凄まじい。最初から「よくやるよ」と思っていたけど、だんだんとエスカレートして、最後はもう唖然呆然とするばかり。
背筋がヒヤッとする狂気が含まれていて、読み物としては大変面白く、目が離せなかった。

世間的には、アンチエイジングと言う言葉がもてはやされ、美魔女なんていう人々もいて、とにかく「年をとる」ことにものすごく抵抗感がある。普通に年をとることが、まるで罪であるかのような・・・そんな風潮だと思う。
そこにはおそらく、美味しいビジネスが介在するんだろうとも思うけど、分かっていても、どうしても、踊らされてしまう自分がいる。
やっぱり老けてるよりは若く見られたいし、汚いおばさんになるよりは小奇麗なおばさんのほうがいい。そう見られたいという欲があるのだ。。。
しかし、見た目は関係なくしても、若く溌剌としているほうが、人生は楽しいことが多いと思う。だからアンチエイジングを悪いとは言わないけど、やっぱり程度ってものがあるよね・・。
ひとつを得ても、そのうちひとつじゃ物足りなくて、欲しいものはふたつになりみっつになり、いつまでも延々と求め続けなければならない。それが人間だということなのかもしれないけど。
幸せを求めているはずなのに、求めすぎることは逆に自分を不幸にする。

人間の領域を踏み越えてしまうと、神の逆鱗に触れてしまうという寓話的物語。
とても恐ろしくて一気に読んだ。

この前に同じく唯川さんの「途方もなく霧は流れる」と言う本を読んだ。その前の「手のひらの砂漠」が面白かったので、久しぶりに追いかけたくなったから。でも、イマイチ印象に残っていない(^_^;)
「手のひらの砂漠」と「テティスの逆鱗」は好みでありました。



途方もなく川は流れる/唯川 恵★★★
内容説明 女は素知らぬ振りをして、いつも抜かりなくすべてを整えている――。50歳を目前に大企業からリストラされたバツイチの岳夫は、恋人にも振られ、全てを失って一人きりで軽井沢のボロ家での田舎暮らしを始めた。しかし彼の周りには、料理屋の優しい女将とその娘、艶やかな人妻、知的な獣医などなぜか女性が現れて……。思いがけなく展開する人生に立ち向かう男と女たち。大人のための長篇小説。


先日著者の本としては久しぶりに「手のひらの砂漠」を読み、とても面白かったので、他の本もと思って手に取った。比べたら格段に「普通」。いかにもドラマっぽい。せりふも説明的だったし・・。ただ、最後は泣けた。あれはちょっとズルイよね?(^_^;)



切り裂きジャックの告白/中山七里★★★
内臓をまるごと持ち去られると言う猟奇殺人遺体が発見された。
そして、切り裂きジャックを名乗る犯人から、声明文がテレビ局に届けられた。
似たような手口の犯行が続く。
犯人とその動機に迫る。


目を背けたくなるような猟奇事件で、私は小説として好みだけれど、それでもかなりエグいと感じた。
いったい、この犯人は何を考えているんだろうか・・・と、その特殊性に期待して読み進める。。
そんな事件を担当する二人の刑事。
犬養刑事と古手川刑事、この二人の刑事がとても良い。特に古手川刑事が好きになってしまった。
彼は前作に登場済みとのことで、それもぜひとも読みたいと思っています。楽しみ〜。

事件に関しては、猟奇殺人の被害者に、ある共通点があることが分かり、そこから少し平凡になった感じがした。
ラストは冒頭の事件の奇抜さから見たら、あまりにも平凡な「真実」だと思う。すこし肩透かしを食らった気がした。
でも、やっぱり古手川刑事が良かったので、読んでよかったと思えた。

以下、内容に触れます。










本書は「臓器移植」に対して、鋭く切り込んでいる。
鋭いのかどうか本とは良く分からないけど、素人目には、バランスよく多方面から問題提起していて、考えさせられる内容だった。
ドナーの脳死問題、法律のあり方、患者や遺族やコーディネーターの気持ち、レシピエントのその後の生き方など。どこまで人間の「医療」として踏み込み、どこから「神の領域」になるのか。
でも、いったん知ってしまったら、知らないときに戻ることは出来ないし、患者側の気持ちとすれば、どんなことをしても、そして、たとえどんな後遺症があろうと、「生きて」欲しいと思うものだろう。

結末として、犯人の動機などは、先にも書いたけど「普通のミステリー」になってしまって残念。
だいたい、死体の状態から見て、メス捌きが特上級の医療関係者だということは分かるんだから。
その結末じゃ、意外性がないでしょ〜。ちょっとしたどんでん返しがあったけど、それも含めて少々物足りない種明かしであった。。。。

ただ、自分の息子がドナーとなった母の「その後」の物語はホロリとさせられた。



僕は駄目じゃない/山本甲士★★★★
巻き込まれ3部作と「ぱちもん」が大好きだったけど、「わらの人」を最後にご無沙汰していた山本さん。
このたび久しぶりに手にとって見た。
面白かった!
以前のような毒っ気は抜けてたけれど、主人公の性格をユーモアたっぷりに「見せる」あたりは、さすがの手腕。心の呟きのひとつひとつが面白くて、随所でくすくすと笑えた。

主人公は名井等(ない ひとし)。「余計なことには関わらない」「余計なことはしない」が、生きるモットーだ。それゆえ、平凡に地味に生きてきた。時には理不尽な仕打ちに合いながらも、耐え忍んできたのだ。
ところがあるときふとした拍子に、警察に誤認逮捕されてしまう。
そのことがきっかけで、あらぬ方向にあれよあれよと、望みもしないのに巻き込まれてしまった主人公の顛末が描かれた物語。
「どろ」「かび」「とげ」の巻き込まれ3部作とは、逆の意味での巻き込まれ系の物語と言っていいと思う。

面白いのは主人公等の性格だ。本当に事なかれ主義で、無気力と言うのではないけれど、極力無駄なパワーを使わないようにセーブしている感じ。余計な揉め事を避けるために、嫌なことでも引き受けたり。いいように利用されているのが見え見えなのに、女と別れられなかったり・・少々イライラさせられる場面もあった。

そんな等のところに、ある市民団体(と言っても3〜4人の小さな規模)が接近してきて、ブログを立ち上げよと
言う。例によって断れない等は、言われるがままにブロガーとなり、事の顛末をネット上にアップするのだ。
するといろいろな人が訪れ、コメントを残し、管理人(等)とやり取りをし・・やがて、等のブログは大きな波紋を広げていく。ネットの持つ力は確かに巨大だ。

自分の意思とは関係なく社会が沸いて、動いていく。警察にまで大きな影響を与えるとなれば、普通の人間なら多少なりとも功名心が働いたり、いろんな欲が出てきたりすると思うんだけど、この性格の等だからこそ、あくまでも控えめ。そこが等らしくもあり面白い。すぐにキレる若者とは一線を隔している。
こういったドラマでは、弱い男がたくましく成長していくケースが殆どだと思う。
でも、等はいつまで経ってもあまり変わらない。あくまでも「事なかれ主義」で・・・そこがまた面白かったんだと思う。
それに、激変はないけれどほんの少し変わっていくところも良かった。

象徴的なのが表紙のイラストである。サラリーマンのボクシング。
じつは等もボクシングを習っていたが、その性格ゆえに、防御は出来ても攻撃が出来ずに、結局ボクシングをやめてしまった。
だけどそのとき、会長が「ここで積み重ねたことは、いつか役に立つから」と言う。
その言葉は、なにもボクシングの技術だけの話ではないと思う。等の人生そのものが「それまで積み重ねたことがムダではなかった」と言える人生になっているのじゃないか。結局、弱虫だヘタレだと思ってたけど等は、折れにくいしなやかな柳そのもの。


素晴らしい、よく出来た人間でなくてもいい。
駄目じゃない、それだけで十分だよ・・
そして、自分を「駄目じゃない」と思えることが大切なんだ・・・
そんなメッセージを受け取った。
とても清々しい気持ちになれた一冊。オススメ。



ちなみに、主人公の等は、中学のときに「など」「ら」とあだ名をつけられからかわれたと言うけれど、私も読むときついつい「など」と読んでしまっていたことを・・反省・・(^_^;)



アトロシティー/前川 裕★★★
タイトルの意味「アトロシティー」とは、「アトロ」な「街」ではなくて・・・(^_^;)
atrocity→
1【不可算名詞】 暴虐,非道,残虐.
2【可算名詞】 [通例複数形で] 残虐行為,凶行.
3【可算名詞】 《口語》 ひどいもの,悪趣味なもの.
だそうです。(Weblioより)

「クリーピー」が面白かったので、こちらも手に取った。「クリーピー」は面白かった割りに内容をあまり覚えてなくて・・・。自分の感想を見返してみても、いまいち内容が分からない・・(^_^;)
ネタバレ回避で感想を書いていると、私みたいな文才のない人間には、ちゃんとした文が書けません。とほほ。。。


「私」は一こまだけ大学で講師として教えている、本業はフリーランスのライターだ。
依頼を受けて記事にしたのは、母親と幼子の孤独死。生活苦の末に水道まで止められて餓死してしまったという。同時に、自分の住むアパートの隣室では、悪質な訪問販売に居座られ困っていて、「私」は助けを求められた。
隣の住人の伝で知り合った刑事に、ある事件について極秘に協力をすることになった「私」は、世間を震撼させたある事件に近づいていく。

いくつもの事件が交錯する。中でも印象的なのは、実際にあった事件をモデルにしたもので、若い男女数人のグループがあるアベックを拉致し、酷い虐待の末二人ともを惨殺したというもの。
その昔の事件が、本書の中でどう絡んでくるかは読んでいただくとして、主人公がその犯行グループのメンバーに接触してインタビューするくだりなどは、とてもリアルで印象深かった。
親子の孤独死にしても、悪質な訪問販売にしても、現代社会が抱える重篤な闇の部分と言え、とても興味深いテーマであり、上手く小説に取り込んでいるなと思った。
かなりの吸引力で(文体も私の好み)ぐいぐいと読まされた。

がしかし・・。

中盤以降がつまらない。はっきりと言いすぎかもしれないけど言う、あえて。
あまりにも普通のミステリーになってしまって平凡極まりない。
気になっていた事件のほうも、あれ?と思っている間に終わってしまい、いつのまにか「主役」が変わってしまった様な、目をそらされたような、なんだかうやむやなイメージになってしまった。
犯人の行動も腑に落ちないと思う。犯人なれば発覚しないように出来るだけ距離をとろうとするはずなのに、なぜにわざわざ余計なことをしたのかと言う感じ。それをしなかったら見つからなかったんじゃないのかな、と思う。

でも、全体としては好みなので、また次も読ませていただきたいと思う。
期待しています。



復讐/タナダユキ★★★★
内容(「BOOK」データベースより)
北九州の小さな町に赴任した若き中学校教師・舞子は、始業式の朝、暗い目の少年に出会う。教室で明るく優等生として振舞う彼には、ある忌まわしい記憶があった。その過去に呼応するように、置いて来たはずの秘密が少しずつあらわになっていく。人間の闇をえぐりだす緊迫サスペンス長編。


読み応えがあった。
加害者の家族、被害者の家族・・ふたつの立場にリアルに寄り添っていたように感じた。
先日読んだ「北斗」(石田衣良)では、加害者本人の気持ちが描かれていた。全然違う物語なのだけど、自分の中では関連を感じ、思い出しながら読んだ。私も知っている過去に少年が起こした有名事件の、あれやこれやとパーツを集めているように思ったのと、冒頭の導入部がイマイチ掴みどころがなかったのが残念なぐらいで、次第に釣りこまれていった。
特に、自分の双子の兄弟を殺された中学生の心情が、痛いほど伝わってきて、最後のほうは泣けた。
タイトルのとおり「復讐」の物語であり、主人公が「復讐」を思い立つまでの心情がとても説得力豊かに描かれている。そのころにはこの主人公にとても同情していたために、復讐をし遂げないでこのまま忘れて(忘れられなくても)平穏に幸せになってほしいと念じてやまなかった。
被害者家族にしても、加害者家族にしても、どちらも想像を絶する辛い境遇に身を置かれる。立ち直ることが出来ない人も多いだろう。立ち直ることが出来たとしても、それも想像を絶する経過があるだろう。
加害者本人が断罪されたとしても、だからといって亡くなった命は還らないし、被害者家族の受けた悲しみが癒されるわけではない。
ほんに憎むべきは「犯罪」だと思った。このテーマは乃南アサさんの「風紋」「晩鐘」が印象深く、それには及ばないと思うけれど、こちらも重く心に残る物語だった。
「北斗」の感想でも書いたけど、完全ノンフィクションでは書き得ない。フィクションだからこその説得力だと思う。



アニバーサリー/窪 美澄★★★
内容紹介(Amazon)
子どもは育つ。こんな、終わりかけた世界でも。七十代にして現役、マタニティスイミング教師の晶子。家族愛から遠ざかって育ち、望まぬ子を宿したカメラマンの真菜。全く違う人生が震災の夜に交差したなら、それは二人の記念日になる。食べる、働く、育てる、生きぬく――戦前から現代まで、女性たちの生きかたを丹念に追うことで、大切なものを教えてくれる感動長編。

感想
晶子と真菜、二人の人生の交錯。最初はまるで無関係なその人生を、それぞれじっくり丹念に描く・・・というパターンは「晴天の迷い鯨」を思い出させた。そして、「晴天の迷い鯨」では、過干渉の毒母が登場したが、今回は放任の毒母が登場。種類の違いはあれど、同じく毒親と言う点で、これも良く似た印象を受けた。
ひょっとして著者も同じように親との間に何かがあって苦しんでるのかな?
うがち過ぎかもしれないけど・・。
そしてこのひとはR18の人だったと思い出した。
後半部の真菜の話が印象深く、それを読んでいるときには晶子の人生は薄れてしまった。
しかし、それぞれをきちんと描いたから二つの人生が交差するときに説得力があった。



北斗 ある殺人者の回心/石田衣良★★★★
内容(「BOOK」データベースより)
幼少時から両親に激しい暴力を受けて育った端爪北斗。誰にも愛されず、誰も愛せない彼は、父が病死した高校一年生の時、母に暴力を振るってしまう。児童福祉司の勧めで里親の近藤綾子と暮らし始め、北斗は初めて心身ともに安定した日々を過ごし、大学入学を果たすものの、綾子が末期癌であることが判明、綾子の里子の一人である明日実とともに懸命な看病を続ける。治癒への望みを託し、癌の治療に効くという高額な飲料水を購入していたが、医学的根拠のない詐欺であったことがわかり、綾子は失意のうちに亡くなる。飲料水の開発者への復讐を決意しそのオフィスへ向かった北斗は、開発者ではなく女性スタッフ二人を殺めてしまう。逮捕され極刑を望む北斗に、明日実は生きてほしいと涙ながらに訴えるが、北斗の心は冷え切ったままだった。事件から一年、ついに裁判が開廷する―。


感想
私の場合前半読むのが辛いと言うよりも小説として面白みを感じなかった。でも後半、裁判の部分は一転、とても読み応えを感じた。事件や人生を振り返る主人公の心理描写に圧倒された。犯した罪を償うと言うこと、反省し後悔する、改悛と言うこと、それが本当はどういうことかと考えさせられた。
死刑でいいんだと言う主人公の内面を深く深く追求する。もちろん、殺人は許されない。でも・・・。
ノンフィクションで、いろいろと殺人犯の物語を読んできたけ。ノンフィクションのほうがリアルだし重々しいと思っていた。けれどこちらは、フィクションだからこそ、ここまで殺人犯の心情を描けたと思う。
「小説」の大きな力を感じた。



巨鯨の海/伊東潤★★★★★
良い本を読んだ満足感!!


少し前に「ザ・コーヴ」という映画が世間の耳目を集めたけれど、その舞台となったのが、この作品の舞台でもある太地町である。本書は、鯨漁で生きる太地の人々を描いた作品。
彼らが捕鯨(と言うよりも鯨漁と言いたい)によって、生活の糧を得ている様子が、とても臨場感豊かに描かれている。鯨漁の方法や、そのむらの暮らしぶりなどもとても興味深かった。


確かに、賢く罪もない鯨を殺して食べるなんて・・・と、思わないでもない。
特に子持ちの親鯨は、とても愛情深くそれゆえに凶暴になり、必死で子どもを守ろうとする。そんな親子を狩らんでも・・と言う気持ちも沸いて来そうになったけれど、本書に描かれた人々の姿は、そんな通り一遍の赤の他人の生っちょろい同情を跳ね除けてしまう。

狩るものと狩られるもの、殺すものと殺されるもの、鯨と人との命のやり取りがここにある。
生活の糧として、鯨を捕っている彼らの姿は読者に「残酷だ」などと言わさない。彼らは鯨を夷様とあがめ「命をいただく」ことに、とても真摯に向き合っている。
人間だって、危険極まりない鯨漁で命を懸けている。
殺生を残酷と思わされるよりも、人間と鯨が真剣に「命」をかけた闘いに、厳粛な気持ちになった。

人間同士もまた、厳しい掟に縛られている。が、そんな中で厳しくも愛情豊かな人間ドラマが繰り広げられ、何度か泣けてしまった。連作短編と言う形により、鯨漁の隆盛から衰退へと転じる様、時代ごとで変わる鯨漁のあり方、様々な人間関係が描かれていて、これは短編集だからこそと思った。

滅多に居つくことのない、流れ者の旅刃刺(刃刺とは、鯨組のなかの役割の一つで、鯨に銛を打ち込む勢子船の頭のこと)を慕う地元の若者との物語「旅刃刺の仁吉」や、病弱な妻と母思いの息子を持つ刃刺一家の「恨み鯨」などは、涙に暮れてしまった。
太地の人々の中にも、鯨漁以外で生計を立てるものもいて、あるいは、耳が聞こえないものは当然船に乗れず、そんな子どもが大きくなって、やがて仲間同士も離れてしまうという切なさを描いた「物言わぬ海」、当然、恐ろしい事故に出会い怪我をすることもあるし、あるいは太地に生まれながらも、鯨漁を忌み嫌う人間も、中にはいて・・という「訣別の時」・・・
そして、圧巻だったのは「弥惣平の鐘」。太地の鯨漁のことを少しでも調べたら、必ず出てくるのが「大背美流れ」と言う言葉だ。その一部始終がここに再現されている・・・と言っても過言ではないほど、リアルに描いてある。この出来事により鯨組は壊滅的な被害を受けたらしい。
そもそも、当時(明治の初め)の鯨漁の不漁は、アメリカが日本近海で鯨を捕っていたからだという。時代の流れと言うにはあまりに残酷で哀しい出来事だと思う。
しかし、物悲しくも、大きな背美鯨と人間との戦いは迫力があった。

心からオススメしたい1冊です。



旅刃刺の仁吉
恨み鯨
物言わぬ海
比丘尼殺し
訣別の時
弥惣平の鐘



憤死/綿矢りさ★★★
おとな
トイレの懺悔室
憤死
人生ゲーム


「トイレの懺悔室」
小学生の子供のころに、懐いていたよそのオジサン的な存在の「親父」。親父の家に行って、「洗礼」と「懺悔(告解)」の真似事をした記憶がある。大学を出て就職し、小学校の同窓会で地元に戻ったら、当時の遊び仲間が病気の親父の面倒を見ていた。
嫌な物語だ。親父はどうなったんだろう。トイレって言うのが・・苦手で。夢に出てきそうな・・(^_^;)

「憤死」
これも幼馴染と大人になって再会する話。友達の自殺未遂を「興味がある」と言う主人公に、共感は出来なかったけれど、話を読んでいくと、まぁそれならそう思うのかもしれないな・・と言う気にさせられた。
でも、結局この主人公が、主人公なりの方法で、彼女を「好き」な気がした。嫌いと言ってはいても。
だから後味はそれほど悪くなかった。

「人生ゲーム」
これを読んだらちょっと人生ゲームをするのが怖くなるかも。
人生ゲームをする機会があるようには思えないけど・・・。

この本は幼馴染と子供のころの思い出が共通のテーマだった。どらもサクサクと面白く読めた。



美しい家/新野剛志★★★
作家の中谷が出会った女、亜樹は、子供のころスパイ養成学校にいたと言う。
中谷と編集の小島が調べていくと、それは過去に世間を騒がせた、とある「集団」に行き着いた。
やはり「集団」で育った友幸は、「教授」と一緒に、「黄金の里」に行きたいと願って、当時の集団のメンバーを探して歩く。
はたして「スパイ養成学校」とは?「黄金の国」とは?



スパイ養成学校なるものが、本当にあったんだろうか、と、とてもミステリアスで一気に物語りに釣り込まれた。
作家の中谷が拾った亜樹が、すごく癇性な感じ(笑い方からして)それもなんとなくミステリアスな雰囲気で、仏壇の写真の段では、思わず背筋が寒くなった。
また中谷自身の過去、姉が巻き込まれた事件のことや、中谷の家庭事情、娘とその友達とのやりとりなどが挟まれて、それもまた興味がわいた。
いろんなことがてんこ盛り状態で書かれているのに、散漫にならず、どこをとっても、それぞれが面白く感じた。
ある点までは・・・。

以下ネタばれです。











中谷がまさか、あのような結末になるとは、本当にびっくりした。まさか!!だった。そういう点では確かに、意表をつく展開だったと言えるだろうけれど、個人的にはガッカリしてしまった。とても残念で、脱力感が強かった。
どうして、そんな運命をこの作家に与えたのか。せっかく、作家として再び小説を書く意欲がわいてきたというのに・・・。小島の喜びようにも胸が温かくなる感じがしたのに・・・。
思えばそれが死亡フラグだったと言うことか。
だいたい、自分の姉も事件で行方不明、おそらく死んでいると。姉と事件当夜一緒にいた友達も、事件で死亡。事件で死ぬ人間ばかりで、偶然にも程があるだろうと思った。
「スパイ養成学校」の実態も、分かってみれば案外平凡で(実際に巻き込まれたら平凡なんて言っていられないが)な〜〜んだ・・・みたいな、期待したほどの衝撃的な真相じゃなかった。まぁ、本当にスパイ養成学校があったとなると、小説の趣が違ってしまうわね(^_^;)SFっぽくなってしまうからね。こちらのほうがリアルと言えばリアルなのかもしれないけれど・・。
中谷の娘などは、中谷の死後、何をどう感じたんだろう。何も触れられてなかったけれど、気になった。
ともかく、中谷が死んでからは、イマイチ物語に魅力を感じず、「スパイ養成学校」で起きた殺人事件の真相が、どうでも良くなってしまった(^_^;)



慟哭の家/新野剛★★★
たぶん、初めて読む作家さん。お名前はもちろん知っていたけど。。。

かなりセンセーショナルな作品だと思う。大きな問題提起を示し、読み応えがある作品だった。
でも、小説、エンターテイメントとしては、私個人的にはイマイチだった。
はっきり言って申し訳ないけど小説として面白くないのだ。
でも、それでも、内容として誰もが読むべきと感じさせられる重さがあり、頑張って最後まで読んだ。

男は、自分の妻子を殺害する。
自分も一緒に死ぬつもりだったが死に切れず、心中未遂事件となった。
息子はダウン症だったのだ。
妻も夫も将来を悲観し、また、子どもの世話にかかりきりになる生活に疲れ果てての犯行で、一見、同情の余地がある事件のようだ。実際、夫も罪を認め、死刑にしてくれの一点張り。弁護士も要らないという。
しかし、絶対に弁護士はつける必要がある。
そこで国選で弁護に当たることになった、新米弁護士の駿斗。
駿斗の目を通して、ダウン症の子どもを持つ家庭を取り巻く社会や、人々の心のありかたを問うていく。

男が殺した自分の息子はダウン症だ。でも、だからと言って殺して良いわけがない。
知能が低いから、生きる喜びを持たないから、だから殺してもいいと言う男の言い分は、どう考えても身勝手なものなのだけど、いざ自分がその立場に立ったとき、男のような選択をしないでいられるのか??という問いかけがある。
さらに、社会はどう感じているのか。ダウン症の子どもは生まれないほうがいいのか。(出生前診断によって異常が見つかった胎児は中絶されることが多く、ダウン症児の子どもは減っていると言うのだ)
生まれないほうがいい命、
生きる意味のない命
死んだほうがいい命
そんな命があるのか、と言う問いかけ。
社会的に役に立たないなら(生産性がないなら)生きている意味がないのか、生きる喜びがないのか、殺されても仕方がなかったのか、殺すことが愛情だったのか・・・延々と繰り返して問いかける。

やがて物語りは裁判に辿り着く。
裁判官が出した判決は・・・。

実際にダウン症児の会などに取材をされたようで、ダウン症児を持つ家庭の気持ちなど、真摯にリアルに描かれていたと思う。ぜひとも広く読まれることを願う1冊です。



特捜部Qカルテ64/ユッシ・エーズラ・オールスン★★★★
待ってました!の第4弾。
すっかりおなじみになった特捜部Qのメンバーの活躍。またお目にかかれて嬉しい限りです。
今回も面白かったけど、いろんな事件が入れ子のように絡み合ってて、すこし(いや、かなり)混乱したし、その分登場人物も多くて、覚えきれず、苦労してしまった。。
内容に触れますので、未読の方はご注意ください。
(内容に触れておかないと、せっかく書いても自分でも結局どんな話だったっけ?となり、書いている意味がないと思うので・・・(^_^;)要するに、しばらく立つと忘れちゃうんですよ)














・デートクラブの女性オーナーが襲われると言う事件が起きる←カールの元同僚の妹
・それに触発されたローセが、80年代の未解決事件を掘り起こしてきた。それは、同じくデートクラブの女性オーナーのリタ・ニルスンが謎の失踪をとげたと言うもの。
・カールの伯父が溺死した事件。30年前の事件だが、事故死で処理されていて時効でもあるのに、カールの従兄で伯父の息子が、自分が殺してカールもそばにいたと言い出していた。
・「明確なる一線」という政党がある。実は「密かなる闘争」と言う裏の顔を持ち、ある思想によって恐るべき行動を推し進めている。
・ある盛大なパーティーで、自分の隠していた過去をばらされてしまった社長夫人のニーデ・ローセンの生涯。

これらのことが、1985年〜と2010年を中心に、行きつ戻りつして進行していく。
中心となる事件の中心人物は、ニーデ・ローセンとクアト・ヴァズで、ニーデがクアトに過去を暴露されてしまうシーンから物語が始まる。
そのふたりの間に何があったかをなぞりながら、特捜部Qの捜査(30年前のデートクラブオーナーの失踪事件)との接点は何か、と言うことに徐々に迫っていく。
デンマーク王国で、過去、実際にあった出来事、とても凄惨なことが国家規模で行われていて、読み進めるうちに明らかになっていく。これが実際にあったことで、法律もそのようにあったということが、衝撃。
それが「いま」にどう伝わっているか・・・おぞましい実態が明らかになっていく。

それと同時に、特捜部Qのメンバーたちのプライベートももちろん差し挟まれ、目が離せない。
カールとモーナの関係は?
カールと妻ヴィガとの関係は?
前回から引き取っている全身麻痺の同僚、ハーディは?
アサドの本当の姿は?正体は何者か?
ローセの中のユアサは誰なのか?
そして、伯父の死の真相は?
なによりも、ハーディーともどもカールが巻き込まれた「あの事件」に新たな進展があり、カールがますます不利な立場に立たされているんだけど、それが気になる!!!
などなどなどなど・・・。

カールの家、今でも結構いろんな人が同居しているけれど、また今回増えてるような・・。下宿人のモーデンに彼氏?が出来て、ミカと言う男が家に入り込んでいる。でも、その彼の存在がとても大きいし、彼によってある事実がもたらされた瞬間のカールの動揺が・・・いとしかった。カールが大好きになってしまう。
アサドも今回とんでもなく危ない目に。次回までに回復してくれるんだろうか。心配。明晰な頭脳ととんでもない行動力がちゃんと失われずにいて欲しい。
でもそれで、いかに自分が彼らを大事に思っているか自覚する、そんなカールがとても好き。まさかの萌え!

今回は、事件の全容よりも、カールのそんな部分にとても親しみを抱き、ますます彼らが大好きになった。

なんかもう・・・文章内容ともにめちゃくちゃだけど、このままアップします(^_^;)



コリーニ事件/フェルディナンド・フォン・シーラッハ★★★★
内容(「BOOK」データベースより)
2001年5月、ベルリン。67歳のイタリア人、コリーニが殺人容疑で逮捕された。被害者は大金持ちの実業家で、新米弁護士のライネンは気軽に国選弁護人を買ってでてしまう。だが、コリーニはどうしても殺害動機を話そうとしない。さらにライネンは被害者が少年時代の親友の祖父であることを知り…。公職と私情の狭間で苦悩するライネンと、被害者遺族の依頼で公訴参加代理人になり裁判に臨む辣腕弁護士マッティンガーが、法廷で繰り広げる緊迫の攻防戦。コリーニを凶行に駆りたてた秘めた想い。そして、ドイツで本当にあった驚くべき“法律の落とし穴”とは。刑事事件専門の著名な弁護士が研ぎ澄まされた筆で描く、圧巻の法廷劇。

そう分厚い本じゃない。却って「薄い」ぐらいの本だと思う。
でも描かれている内容は、とても濃い。
上記のあらすじのとおり、殺人事件があり、新米弁護士ライネンが国選弁護を買って出る。でも、殺人犯は犯行を認めはするも、動機に関しては一切しゃべらない。
偶然にも、殺された人物は主人公弁護士にゆかりのある人物だった。この辺は日本人ではありえないんだけど、読み方が国によって違うんだとかで、弁護士はそれに気づかなかったらしい。
弁護を引き受けたライネン、その子ども時代の描写がはさまれる。
なぜ主人公の過去が詳しく描かれるんだろう?無駄な描写じゃないのか?と思った。
それに、第二次世界大戦、ドイツ・・ときたら・・・物語が進むにつれわかってくる真実の一部には「よくある話ではないか」とも思った。
しかし、想像を超える真実がかくされていたのだ。驚かされた。
小説としてと言うよりも歴史の事実に驚いたと言うべきかも。
実在の人物の生涯も含めて、驚かずにいられない「法律の落とし穴」だった。
誰が法律の本を書いているって?それが現在でも裁判の指針になってるって??
信じられない思いがした。
唐突に終わってしまうラストも印象的だけど、あとがきで知る事実にまた唸らされる。
語弊があるけれど面白かった。
一気読みした。



ビッグ・ドライバー/スティーブン・キング★★★
久しぶりにキング作品を読みました!
私はシリーズモノとか、超!!長編(「IT」とか「ダークタワーシリーズ」その他)とかも読んでなければ、短編集もあんまり読んでなくて、一時マハったんだけど、だいたい1冊程度の長編がすき。
今回のこの本は、一冊の中に「ビッグ・ドライバー」と「素晴らしき結婚生活」という中編がふたつ、入っています。

ダークタワーシリーズを一番目の「ガンスリンガー」をやっとの思いで読み、続きをさっくりと断念したのが最後のキングだったかなぁ。。という私にはちょうど良い長さだった。(短編は苦手なので)

どちらも似たテイストの物語で、ごくごく普通の中年女性が、とんでもなく恐ろしい目に合うという。
加害者(犯人)がとても怖い。そして主人公は容赦なく残酷な目に会わされる。
その容赦のなさも怖くて面白い(っていうと語弊があるけれど)のだけど、女性がどうやってその場を「クリア」していくかと言うところが見所。
弱い女性が被害にあって、強くなっていく。。。あんまり書くとネタばれになるので止めておきますが。
とにかく例によってドキドキハラハラさせられた。
中編なので、すこしあっさり気味かなとも思ったけど・・。
面白くて一気読みした。
おススメです。



海のイカロス/大門剛明★★★
内容(「BOOK」データベースより)
東日本大震災と原発クライシスをきっかけに、クリーンエネルギーへの注目が高まっている日本。海流を利用する「潮流発電」も、世界に先駆けて、実用化が近づきつつあった。第一人者である正岡周平は、真摯に愚直に、研究と実験に没頭している。しかし、彼の心には、資金難による研究の行き詰まりで自ら命を絶った、ひとりの女性の面影が棲み続けていた。彼女の死の本当の原因がわかったとき、哀しみと怒りが塗り込められた、驚くべき犯罪計画が動き始める…。


読むたびに違うジャンルに挑戦されてて、本当に幅広くて飽きさせないなぁと思う。
最初のころには読み辛く感じた文章も、今はすっかり読みやすい。
社会派ミステリーと言うジャンルにこだわる心意気も伝わる。
今回のテーマは「自然エネルギー」だ。
潮力電力って、この小説を読むまで知らなかった。

その潮力発電の実用化に向けて研究開発、実験の末に、実用化を現実のものにしていくのが主人公。
主人公には、ずっと心ひそかに思いを寄せていた女性がいたが、彼女は数年前に自殺してしまった。彼女もやはりこの研究にまい進していたのだ。彼女のためにも、主人公は潮力発電の実験にのめりこんでいた。
しかし、彼女の自殺の原因を知ってしまった主人公は、復讐の殺人を企てる。
はたして、それは完全犯罪になるのだろうか。

実は、読み終えた本を図書館に返してしまい、手元に本がない・・!!(^_^;)
まいどながら、買わずに図書館本でゴメンナサイ・・。

読んでるとき、主人公の「復讐してやる!」と言う気持ちに、とても共感した。
ぜひとも復讐を果たさせてあげたいと言う気持ちになった。誰にも邪魔させたくない。誰にも見つかって欲しくない、追求させたくない・・と思いながら読んだ。
だからこそ、主人公の計画が穴だらけに思えてガッカリしてしまった。
ただし、オチには納得・・・かな?

ネタばれです→「これ、殺人?未必の故意ってことはないんだろうか?



手のひらの砂漠/唯川恵★★★★
これは・・・・かなりショッキングで恐ろしい小説だった。
DV夫から逃れようとする妻の物語なんだけど、ものすごくリアリティというか、説得力のある内容で、とてもフィクションとは思えない迫力があった!
仰々しい「小説らしい」出来事はそんなに起きるわけじゃなく、割と展開としては「地味」なのかもしれない。もっともっとサスペンスフルな設定にも出来ただろう。
でも、あえて「地味」な設定であるからこそ、その恐ろしさがリアルに迫ってきたと思う。

夫から身をかくし、女ばかりの施設でひっそりと暮らすさまは、角田さんの「八日目の蝉」を思い出させた。
しかし、100%共感するには、少なからず複雑な立場の「八日目の蝉」の主人公に比べ(比べることもないとは思うけど)こちらは、100%同情してしまった。
被害女性に対して惜しみなく手を差し伸べる人たち、同じ境遇ゆえに心を寄せ合うもの同士、その中で異端児もいれば・・という、登場人物同士のつながりも良かった。
しかし、夫の執念深さはとどまるところを知らない。
DV夫と言うのは、とても周到で姑息で・・・そしてとっても執念深い。その心理を思うと、ほとんどホラーだ。
どうしたら逃れられるのか??
本を読みながらドキドキハラハラさせられた。
巻末の参考資料を見てみると、これは決して丸きりの作り事ではないと言うことが、分かる。
こういう男は必ず存在して、こんな風に虐げられ辛い思いをしながらも、自分が悪いのだと思いこまされている女性が、たくさんいるんだと確信させられる。
法律は必ずしも守ってくれないという。
じゃあ被害者はどうやって身を守ればいいんだろう??
暗澹としてしまった。

小説らしいラストが待っているのだけど、それは賛否両論があるだろう。
でもどうすることが一番なのか。答えがあるのだろうか。
主人公の今後に思いをはせて、どうか幸せになってほしいと願わずにいられなかった。



七帝柔道記/増田俊也★★★★★
著者の「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」がとてもよかったので、こちらの本も読んでみた。
うんうん、とってもとっても面白かった!
主人公は著者の実名なので、実録なのかと思ったけど、虚実入り混ぜてあるらしい。
でも、大まかなところは実際の出来事だったんだろうとおもう。

著者は名古屋の名門高校を卒業のあと二浪して、高校の柔道部在籍中に出会った寝技中心の七帝柔道をやるために、七帝大(北海道大学、東北大学、東大、名大、京大、阪大、九大)の一つである北海道大学へ進学した。

大学生としての2年間ほどを描いた著者の青春記と言っていいと思うんだけど、「青春」と言う言葉とは程遠い過酷な生活が描かれていて、読み手としては唖然とするばかり。とにもかくにも、柔道柔道の毎日。凄まじいのである。
文中に繰り返されるのは、悲壮とさえ言えるほどの練習風景。繰り広げられるのは阿鼻叫喚の地獄絵図。締め落としで悶絶の末に気絶したり失禁したり、それが毎日どころか一日に何度もあったり。。まさに想像も言語も絶する風景だ。
柔道って、スポーツじゃないの?やってる人たちはみんな大学生じゃないの?大学って勉強するところじゃないの?なんでこんな「地獄」「業火」「煉獄」「阿鼻叫喚」なんて言葉が出て来るようなことに?どうしてこんな辛い思いをしてまで柔道をするの?練習のキツさに(キツイなんて言葉じゃ全然足りない!)鬱病にさえなりかけているのに、どうして辞めないの?そして、そんなにもそんなにも練習しているのに・・・・勝てないの??
と、思いながらも読む手が止まらない。
大学時代と言えば、人生で一番楽しい時間と言っても過言じゃないのではなかろうか。でも彼らには柔道しかないのだ。おしゃれにも女の子にも縁が無く、週に一度の休みには泥のように眠るだけ。寝ては柔道の夢を見る。それも苦しい夢を見る。起きたらまた練習に行く。寝ても覚めても柔道しかない生活。それはもうすでに滑稽ですらあった。

・・・しかし、よりによって、七帝柔道最下位の北海道大学に・・。
よりによって、極寒の北海道大学に・・・。
なんで入るかなぁ・・・(^_^;)。

それでも実は「どうして辞めないの?」と言う気持ちよりも「辞めないで頑張って!!」と言う気持ちを強くして読んでいた。授業には出ず、出たとしても教授に難癖つけたりして、とんでもない学生だし、親や大人の目から見たらけしからんのである。自分の息子がこんな風ではきっと腹も立とうと思う。
でも、泣きながら・・小学校4年のとき以来初めて泣いてしまってからは、著者たちはしょっちゅう泣いているんだけど・・・死にそうになりながらも←大げさじゃなく・・・柔道をやめない著者たちは、この過酷な練習生活に真摯に向き合う著者たちはとっても天晴れで感動的。
柔道しかやってないようでいて、柔道によって人との絆を深めたり、精神的にも強くなったりして、ちゃんと青春記してたのも良かった。
この人たちが大好きになってしまった。
沢田さんはどうなったんだろう。一緒に北大優勝に向けて頑張って欲しかったな。。それが切なかった。

井上靖の「北の海」の続編とも言える作品とのことで、私も「北の海」が読みたくなった。



幸せの条件/誉田哲也★★★★
現代日本の農業問題に切り込んだ小説だった。会社のOLをしている梢恵は、社長の意向で長野の農家に「バイオエタノール」を作るための米の作付けを依頼するため、現地に行く。
しかしどの農家も、バイオエタノールのための作付けなど興味なく、けんもほろろで話も聞いてもらえない。
今は農家といっても、手広く米を作っている農家は少なく、減反のための休耕田が多い。
そんな中で、「あぐもぐ」と言う農場を営む安岡は、梢恵に「一度農場で働いてみろ」と言う。
そして梢恵は意に反して農場で働くことになったのだ・・・。
都会で大学へ行き、OLとして働く梢恵には何もかも初めてのことだし、知らないことだらけ。
そんな梢恵の視点で描かれるので、農業を知らない読者も、梢恵と一緒に農業のことを知っていく。
大変だけど、思っていたよりももっともっと大変なのが分かる。
性格的に、どことなくはっきりしないし覇気もない梢恵なのだけど、あぐもぐの人たちに囲まれ一緒に働くうちに、働くことの意義を見つけ生き生きした女の子に変わっていく。
安岡社長をはじめ妻の君江やその娘、あるいは従業員たち、みんな「良い人たち」で読んでいて気持ちが良い。ちょっと昔のドラマみたい・・と言う感じはしたけど・・。
そんな人々に囲まれて、成長する梢恵の姿がとても気持ちよく読めた。
農業の現状や、無農薬農業の意味など、学ぶところも多かった。

あと、3,11の東日本大震災が作中で起きる。
安岡の従弟が福島にいた。地震の直接被害は殆どなかったけれど、田んぼは作付け制限を出されてしまう。もちろん原発事故の影響だ。
それがたった300メートルのところで境界線を引かれ、作付け制限を受けてしまったのだ。
従弟一家はあぐもぐにやってくる。もちろん、快く迎える安岡一家。
普段遠いところで生活をしていると、こういう人たちがいることを忘れがちな自分にとって、とても耳が痛く感じられた。
原発と言うエネルギーとバイオエタノール。
そんな対比も含まれた小説だった。




ロストケア/葉真中顕★★★★
戦後未曾有の大量殺人事件の真相に迫る問題作。

冒頭裁判にかけられている「彼」。43人もの命を奪ったと言う罪で。
寝たきりの老人を殺して回った殺人鬼。
その真相は・・・。

ミステリーには違いが無いけれど、書かれている内容はあまりにもシビアでヘヴィ。
ただのミステリーとかフィクションとかでは済まされない切実な内容だった。
私にはまだ介護が必要な肉親がないので、たぶんピンとは来ていないんだろう。
でも、そんな私にも、この先確実に訪れるだろう「未来」がありありと目に浮かぶように描かれていたと思う
人類史上類を見ない老人大国となる日本、そこで老人たちはどのように老いて行き、どのように死んでいくんだろうか。医療が発達して、命だけは長々と永らえることが出来る今・・。そして介護をする側は、見取る側は?
介護保険の導入によって介護がビジネスになり、ビジネスになった以上は、利益や効率が優先させられてしまう。
ときには命よりも・・。そんな中で人は幸せに老後を生きられるんだろうか?
介護に疲れ果てた登場人物の一人は言う。「人が死なないなんて、こんな絶望的なことは無い」と。

本書では、舞台となる介護施設が介護報酬の水増し請求や、事業所指定の不正取得などを摘発される。
不正という字面から浮かぶような悪行が行われているわけではない、と言うことが本書を読んではじめて分かった。そうしなければならない内幕というのが確かにある。
なんといっても現場は過酷だ。
理想を追いながらも、現場の状況に我慢できずにやめてしまう介護士がいたり、使命感などから続けていても、限界ぎりぎりの介護士がいたり・・本当に介護の現場は、過程でも施設でも過酷だ。
読みながらとても陰鬱になってしまった。
そんな中で「彼」は、淡々と殺人を続けていく。
40人以上を殺しても、それは発覚しない。「彼」は確信を持って殺して回っているのだ。

それに気づくのは、自身も親を介護施設に預けている検事。
この検事たちはどうやって、犯行に気づいていくのか。
そこもまた見所の一つ。
データをコンピューターで分析して、やがて、犯人像を結んでいくのだけど、その過程がすごい。
たかがデータとか、たかが数字と思う。しかし、こんなにもはっきりとさせることが出来るんだ、と驚きつつ寒心してしまった。

そして、犯人はやがて逮捕される。
しかし、それで物語が終わるわけではない。物語は永遠に問題を提起し続けるのだ。


介護すること、見取ること、介護保険の落とし穴、介護ビジネスの裏側、安楽死と尊厳死など、色々な現代の日本の抱える問題が描かれていて、考えさせられてしまった。

登場人物の一人が発する言葉がある。「迷惑かけていいですよ」。

絆は「ほだす」と言う意味合いもある。
縛り付けると言う意味を含む。
「きずな」と言うほど聞こえが良くない意味が含まれている言葉なのだ。
でも、ひとは一人では生きられない。つながりなくして生きられない。
世の中に、人に迷惑をかけずに生きている人なんていないのだ。
迷惑をかけることを恐れすぎるより、迷惑をかけたりかけられたりしながら、それが無理なく自然につながりながら生きていける世の中であって欲しい。




一度も愛してくれなかった母へ、一度も愛せなかった男たちへ/遠野なぎこ★★★★
タレント本というのは基本的には読まないけれど(百恵ちゃんの「蒼い時」とかは読んだけど)この本は、去年読んだ毒母シリーズと言うかなんというか、田房栄子著「母がしんどい」や小川雅代著「ポイズン・ママ」からの流れで読みたいと思った。
今まではたとえ「とんでもない親」に育てられて、その影響で苦しんでいるとしても、なかなか前面に出せないところがあったと思うけれど、近年、それを公に口に出すことが是となってきてる。
前記の2冊もとても衝撃を受けた。
そして、今回もまた、やっぱり衝撃を受けた。
遠野なぎこさんというと、(私はドラマをあまり見ないので出演作品を見たことがない)スピード離婚で有名になった人、と言うイメージがあった。
バラエティで赤裸々に男性関係を公言し、それも話題になっていたそうだ。
そういう人にはついつい表面だけを見て嫌悪感を抱いてしまうのが私。
タレントなんてそんなものなのかな〜なんて思ってしまう。
でも、本を読むと、彼女のいかにも苦しかった半生がつづられていて、愕然としてしまう。
例によって・・と言う言い方は乱暴だけど、とんでもない親に育てられた人なのだ。
数々と驚くべき母親のエピソードが綴られているが、中でも私が一番印象に残ったのは、(こんなことブログで書いていいのかなと思うけど)自分の恋人のイチモツを写真に撮り彼女に見せ、うっとりと感想を言うくだり、一番の衝撃だった。こんな親がいるの??何と言うえげつなさ。吐き気がしてしまった。
そして、娘に「食べたら吐けば太らない」と教え込み、摂食障害にしてしまうくだりだ。母に「お前は醜い」と教え込まれて、著者は太ることに対する恐怖心が大きくなりすぎたのだ。
それと同時に思い出す、著者は自分を母親の言葉に洗脳されるがごとく「自分は醜い」と思い込み、まともに鏡を見られないというエピソードがあるが、これは田房栄子さんの「母がしんどい」にも同様のことが書かれていた。
母親って、普通は世間の誰が「ぶさいく」と思ったとしても、自分だけはわが子を「可愛い」と言って育てるものではないのかなと思うのだけど。
同時に、思春期に少しぐらい太ったとしても、「健康的だ」などと言って肯定してやるのが親じゃないか??否定した挙句に「吐く」ことを教え込むなんて、尋常じゃない。
・・と言う感じで、とにもかくにも「尋常じゃない」「普通じゃない」母親の姿に呆然とするばかりだった。
著者の恋愛関係は、一般常識(ってそもそもナニ?って話だけど)から見れば「乱れている」。
それも自虐的では?と思うほど赤裸々に書かれていて、確かに「常識的」見地から見れば「常軌」を逸脱していると思う。複数の恋人、BFがいてたちまち肉体関係に落ちるとか、それってどうなの??と思わずにいられないのだけど、著者はそうすることで精神の均衡を保つと言うか、生きるためには彼女には必要なことだったんだろうな、今もかもしれないけど、必要なんだろうな、と思う。
私なんかには想像を絶するし、「わかる気がする」なんて言うのも口幅ったいことだし、だからといってその行為を肯定することも出来ないけれど。
親と言うのは、母と言うのはいったいなんだろう。
私にも、この人の母親のような部分がないと言いきれるのか。こういう本を読むと怖くなる。
それを確認するために、この手の本を読まずにいられないのだろうか。



彼女の血が溶けてゆく/浦賀和宏★★★
内容(「BOOK」データベースより)
ライター・銀次郎は、元妻・聡美が引き起こした医療ミス事件の真相を探ることに。患者の女性は、自然と血が溶ける溶血を発症、治療の甲斐なく原因不明のまま死亡する。死因を探るうちに次々と明かされる、驚きの真実と張り巡らされた罠。はたして銀次郎は人々の深層心理に隠された真相にたどり着けるのか。ノンストップ・ミステリーの新境地。

医療ミステリーだけど、素人にも懇切丁寧に説明してくれていて分かりやすい。読むのが面倒に感じたのは私の理解が及ばないせいで、それでもなんとなく分かった気分がした。真相に辿り着くまでの過程をじっくり丹念に描いてあり、ミステリーらしいミステリーだと思った。ただ、物語として魅力をあまり感じることが出来ず、筋を追うのに精一杯になってしまった。だから結末にある意外性に、そこまで感激できなかった。



血の轍/相場英雄★★★★★
元刑事の香川が殺され、真相を追う刑事部の兎沢。しかし、同時に公安の志水も真相を追っていた。
激しくぶつかり合いながら、真相に近づいていく両者。
どちらが先に辿り着くのか。
そして、数年前は同じく刑事部の先輩後輩として、志水は懇切に兎沢の面倒を見て、刑事としてのノウハウを教え込んでいた。この数年間に何があったのか、両者の間の決定的な断裂はどうして出来上がったのか。
兎沢と志水の過去の出来事を徐々に明らかにしつつ、刑事部と公安の亀裂の内幕をあぶりだす。


面白かった〜〜!!!

とても、重厚で読み応えのある警察小説だった。
公安部が徹底的にヒール扱いなのが気になったが、このとおりだとすれば恐ろしい!
共感目線は完全に刑事部だった。
どうして兎沢がこんな態度の悪い刑事なのか。公安を、志水を憎むのか・・。
実は最初はとっつきにくい小説なのだけど、この二人の過去の確執が徐々に徐々に明らかになるところで、ぐっと鷲づかみにされた。
それと、現在進行の殺人事件の真相・・というよりも、刑事、公安、どちらが先に真相に辿り着くのかという点が、とてもスリリング!刑事部頑張れ〜〜!!みたいな気持ちでグイグイと読まされる。うまい〜。
ふたりの断裂の過程には、また、もうひとつ、隠された真実があり、それもまたある種の真実の上に出来上がっていたと言う・・二重三重に驚かされる設定で、読み終えたときは唸ってしまった。面白かった!!

それと、私がとても気に入ったキャラクターがいた。
物語の核を握る彼ですよ。
ああいうことが出来る人間が、これからの「スーパーマン」だと思う。
常人には出来ないこともやってのけるそのスキルの高さに萌えた!!
彼をまた使ってシリーズ化してもらいたいと思った。

著者の作品は、「震える牛」を読んだけど、こちらも大変読み応えがあったので、他の本も追いかけたいと思う。



ねじれた文字、ねじれた路/トム・フランクリン★★★★
とある失踪事件の(誘拐殺人の)犯人として疑いを持たれているラリーが、侵入者によって撃たれてしまう。その捜査に入った治安官のサイラスは、ラリーのもと「ともだち」だった。しかし、彼はそれを公にしなかった。
それはなぜか。
25年前にも、少女の失踪事件があり、その犯人としてラリーが疑われたのだけれど、証拠不十分で逮捕されなかった。しかしラリーは街のみんなからは犯人と確信され、のけ者にされてしまったのだった。

25年を孤独の中で生きてきた(途中軍隊に入ったが)ラリー。彼は果たして殺人犯なのか。
でもそれは冒頭彼自身が否定していることで、読者はラリーの無実を信じることになる。
そうした上で読み進めると、ラリーが陥ったこの孤独な地獄の辛さに、哀れみを覚えずにいられない。

徐々にラリー自身の辛抱強さや心の広さも分かってくる。
実直に毎日を丁寧に暮らしているラリーの姿からは、嫌悪感は少しも感じられなかった。
むしろなぜこの青年がこんな理不尽な仕打ちを受けているのかが、不思議で仕方がない。
やがてそれは明らかになる。
少年時代の友情が、哀しいきっかけで崩壊する瞬間。
彼の父親はなぜそんなことをさせたんだろうか。だってこの二人は・・。
幼さと、そのときの状況の切迫感がさせてしまったことだったと思う。
でも、そのために二人の友情はもろくも崩れ、その後の30年近くを、たったひとりで暮らしていかねばならない人間が・・・必要だったんだろうか?

真実を知ったとき、私はサイラスを許せないと思った。
いくらあの少年の日の出来事があったからといって、ラリーの人生をこうも踏みにじるような事をするのか?
私がラリーなら、サイラスを許さず、ほかの誰も信用せず、ただ怒り、憎み、拒絶する人生を送ったことだろう。
ラリー、許さなくっても良いよ。そんなひどい奴!!そんな風に思ってしまう。

だけど、サイラスやアンジーがラリーのためにしたことを知り、そこにラリーが帰ってゆくラストシーンは泣けて泣けて仕方がなかった。

憎み続け、拒絶しあう人生よりも、許しあい求め合う人生のほうが豊かに生きられる。
やっとラリーにも幸せが来る。
あんなに求めた友達が出来る。家族も。
読み終わっても、ラリーのその後の人生を思いやると感無量になってしまった。
どうかせめてこの後は幸せにと願ってやまない。



残り全部バケーション/伊坂幸太郎★★★
内容紹介(Amazon)

人生の<小さな奇跡>の物語
夫の浮気が原因で離婚する夫婦と、その一人娘。ひょんなことから、「家族解散前の思い出」として〈岡田〉と名乗る男とドライブすることに──(第一章「残り全部バケーション」)他、五章構成の連作集。

大人気ですね、伊坂さん。私自身はそれほど相性がよくもない作家で、今回も面白くは読んだものの、そこまで印象に残るものでもなかったかな。登場人物にあまり肩入れできなかったからかも。色々書くと結末に触れかねないのでstopしておきます。



沈黙の町で/奥田英朗★★★★★
中学生が校内で死んでいた。事故かいじめか。
・・・と書くと、宮部みゆき「ソロモンの偽証」を彷彿とする。
実際、新聞で連載が始まったとき、当時雑誌連載中だった「ソロモンの偽証」に酷似しているんじゃないかと思ったことを思い出す。単行本になったものを改めて読んでみると、やっぱり似ていると思えてしまう。
読んでいる最中も気が弱い校長とか、面倒な叔父とか、どっちに出ていたんだっけと混乱してしまった。
しかし、宮部さんの描いた中学生たちがある意味理想的な子供たちだった(自分たちで裁判を開くほど賢く実行力がありパワフルだった)のに対して、奥田さんの描く中学生は実にリアル。しゃべるのが下手で、語彙力がなく、物事の真実をうまく伝えられなかったり。とても残酷で、子どもと大人のまさに狭間にいる。妙に義理堅かったり、また、単に目立ちたかったり。
そうそう、子供ってこんな感じだよね。。と思う。
物語は「中学生の死」という大きな痛ましい出来事の背景にあるものを、丹念に掘り起こす。
当初考えられたこととは、おおよそ違う事実が次第に明らかになってくる。
一概には言えないのだ。いろんなことが絡み合っている。些細な感情のささくれや小さな齟齬がやがて大きな結末を引き起こす事もあるのだ。
この出来事を、もしもテレビや新聞などのメディアを通してみたら、私はいったいどう受け取っただろうか。事件の背景に実際にあったことは、とても数百文字の文章や数十分の映像にまとめられるものではない。でも、普段私たちはそうやってまとめられたものの表面だけを見て、事件の全容を知ったつもりでいるんじゃないだろうか?
そんな問題を投げかけられたと思う。
余談だけど、この小説の連載終了当時、まったく良く似た事件が実際に起き(事件が起きたのはその前年だったが)世間に衝撃を与えていた。類似性に慄いたものだった。この物語は単なる物語ではないと改めて思わされたことだった。
いじめによる事件として主犯格の少年たちが4人、逮捕や補導されるが、それも中学2年生と言う学齢は、13歳から14歳になる年であり、13歳なら補導、14歳なら逮捕だ。
たった一日だって、誕生日が来ているのかまだなのかによって世間的な立場が変わる。
そんな疑問も投げかけられた。
特に読み応えがあったのは、母親目線で描かれた部分。
自分の子供がこういう事件に関わっていたら・・。ここに登場する母親は死んでしまった子供の命を悼んだり、その母親に哀悼の念を感じるなどと言うことが殆どなく、とてもエゴイスティックに感じられた。
だけど、もしも自分がこの親の立場だったら、自分だってきっとエゴ丸出しになるのかもしれない・・と思ったり、あるいはここまで我が子の為にエゴイスティックになるなんて、ある意味親としては感動するべきなのだろうかと思ったり・・。
しかし、死んだ子の母親の気持ちには泣かされてしまった。死んでから、事実が次々と分かってくる。自分が思っていた我が子の姿とは違う姿も見えてくる。いたたまれない。母親が女子中学生に気持ちを吐露する場面があるのだけど、子ども相手にそこまで言う?と言う気持ちもあったが、それよりも、そうせずにいられない母親の気持ちが切々と迫ってきて、泣けてたまらなかった。
子どもが死ぬ・・なんて痛ましく悲しいことか。やり切れない。
深く大きな悲しみが残った。



ハピネス/桐野夏生
★★★
都会のおしゃれなマンションで3歳の娘と二人で暮らしている有紗。毎日子どもたちを通じて集まっているママ友5人グループの一人だ。何かにつけ自信がない有紗は、他のママ友とちがい、同じマンションでも賃貸住まい。だけど、自信欠如の原因はそれだけではなく、決して知られたくない秘密があったからだった。

小説としては、とても面白かった。
世の中にはいろんな人生があり、その人生にもいろんな分かれ道があり、どの道を選ぶかでまた違う人生になるんだろうなぁ・・などと思いながら読んだ。すべては「他人事」である。小説なんてどれもそうなのだけど、特にこの小説は「他人事」感が強かった。
最初はこの有紗と言う主人公の性格にいらいらしてしまう。でも、読むうちにその態度の理由が分かってきてなんとなく納得。よくよくこの主人公の過去を知ってみると、なんという哀れな人なんだろうと思えてきた。
しかし、この有紗は決定的な間違いを犯している。(後述)それだけが理由ではないが、自立心がないことからも、好感と言うものがまったく持てない。それどころかママ友の(パパたちも)誰にも好感が持てない。
有沙が仲良くしている美雨ママにしても、こういうタイプも苦手。そもそもこの○○ママと言う呼び方からして好かん!!
個人的に、彼女たちとはあまりにも環境が違うので、共感できる部分がない。有沙の「秘密」にしろ、美雨ママの「秘密」にしろ、個人的にはありえないとしか思えない。
しかし、他人事だからこそ「面白い」と思いながら読むことも出来たのかもしれない。

以下、どうしてもネタばれになるので、これから読む人はご注意ください。



















有沙の犯した間違い、それは「過去がある」と言うことではなくて、それを「黙っていた」ことだ。過去があると言うのと過去を黙っていると言うのは全然違う。もしも私が有沙の夫であれば、間違いなく腹も立つし信用できないと思うし離婚だって考えるかもしれない。私の息子の妻がもしもこんな過去を黙って結婚したのなら「息子はだまされた」と思うに違いない。失敗したことで臆病になった気持ちは分かる。でも、これは隠しておくべきことではない・・・・・などと思った。そこだけはなんだかリアルに腹が立ってしまった(^_^;)。
わが子が離婚する、そのために孫には二度と会えないかもしれないと思って泣く、夫の両親が私には不憫で仕方がなかった。(夫の父親だけが好感の持てる人物であった。)
もとは自分のせいなのに最後までそれを認めず夫のせいにしていた主人公には、最後まで反感を覚えた。夫も「どっちもどっち」なのだけど、それを「ドロー」と言う感覚がまた嫌い。

と、徹底的に登場人物が好きになれなかったけど、小説としては一揆読みの面白さがあった。ドラマになるんじゃないの??綺麗なママ友たちなんて絵面がよさそうだしスポンサーもつきそうだ。



キリング・フロアー 上・下/リー・チャイルド★★★
映画「アウトロー」が面白かったので、原作の第1弾「キリングフロアー」を読んでみた。 とても面白かった。映画では主人公ジャック・リーチャーはトムクルーズが演じている。トムさんは黒髪だし身長も低い、でも原作の設定は長身で金髪碧眼だ。年齢も若い! まぁその違いは置いておいて。

物語は、流れ者のリーチャー(軍の警察部署の精鋭だったが円満退職して今は年金暮らし!)が、ジョージアの田舎町マーグレイブで何気なしにバスを降りたことから、そこで起きた凄惨な殺人事件の犯人にされてしまう。 殺人事件の背後にはとてつもなく大掛かりな犯罪が絡んでおり、でも、リーチャーは最初あくまでも関わる気持ちはなかったのだけど、たったひとりの肉親である兄が、事件に絡んでいることが分かり、事件の解決にまい進する。 リーチャーは軍部で徹底的に訓練されていて、ものすごく強い。映画ではけっこう間抜けな面があるなぁと思ったけど、原作のほうが隙がなく完璧だ。かっこいい。洞察力や瞬時の判断力なども秀でていてシャーロック並の推理を働かせるあたりで、しびれてしまう。こういう男が大好きなのです私は。

またもや映画と比べるが、映画ではリーチャーは女とは懇意にならない。でも、ここではなかなかに甘いロマンス(甘いと言うよりも激しいと言うべきか)があり、その点でも面白かった。 犯罪の凄惨さや規模の大きさなども、敵として申し分がなく、たとえば兄への気持ちなどもじんとさせられる部分もあり、とても読み応えがあった。 欲を言えば最後の対決シーンで、リーチャーに匹敵するほどの「強い男」がいたらよかったなぁ。

ほろ苦いラストもよかったと思う。好みの小説だった。



冬の旅/辻原登★★★
内容(「BOOK」データベースより) 妻の失踪を皮切りに、緒方隆雄の人生は悪いほうへ悪いほうへと雪崩れる。失職、病、路上生活、強盗致死…。二〇〇八年六月八日午前九時。五年の刑期を終えて、緒方は滋賀刑務所を出所する。愛も希望も潰えた。残されたのは、凡てからの自由。たった一人、この世の果てへと歩き出す。衝撃のラストが待ち受ける―。魂を震わす、慟哭の物語。

思ったよりも読みやすい文体(初辻原本、前に何かを挫折した)。
ある時点から転げ落ちるようにして果ては収監され、満期出所となった主人公の人生を、それに関わる人々の群像劇を交えて描く。
どのキャラの人生も結構な悲惨さで悲惨のリンクの末、主人公がさらに悲惨になるという・・・。
途中で阪神淡路大震災の描写がありとても生々しくてその部分が一番読むのが辛かった。
まぁ物語としては、だから何?と思ってしまいそうな筋立てだけど、一気読みしてしまった。
こういう本を読むとついつい吉村昭の「仮釈放」を思い出してしまうなぁ。暗さでは「仮釈放」に軍配。



続・暴力団/溝口敦★★★
出版社からのコメント 組長、組幹部が激白―― 一般市民が狙われる時代がきた! 暴力団排除条例が全国で施行されてから1年――。 ますます兇暴化する「わるいやつら」の最新知識。 新しい恐怖はもう始まっている……。 もはや知らないではすまされない! 【本書でよくわかる、必読の最新情報】 ・市民や会社が襲われる! 裏目に出た暴排条例 ・組長、組幹部が明かす「生き残るために」 ・兇行続出! 福岡は闇世界での「実験場」 ・組の資産は先細り。シノギはより巧妙に ・「事故」「自殺」に見せかける暗殺の手口 ・組の隠れ蓑は、偽装「宗教法人」 ・締付けの代償で、警察や司法も標的に ・カタギに戻るなら、刑務所の方がマシ ・実名公表、罰金……「条例違反」の懲罰 ・暴力団への「利益供与」に当たる職種 ・一般人が騙されやすい「仁義のウソ」 ・一度ヤクザにお金を渡せば地獄を見る ・組にピザを配達するのは条例違反 ・組の葬儀を仕切った葬儀屋は処分対象 ・同伴ゴルフで、会社名が公表されたケース ・警察と新聞社が組に訴えられた事件 ・「芸能人と交際したい」という「黒い欲望」 ・あの有名人が逮捕されない裏事情 ・六本木で暗躍! 半グレは暴排条例「適用外」 ・捜査難航! 「半グレ集団」の狡猾な襲撃法 ・海外マフィアは、その筋が目指す「悪の手本」 ・「暴力団撲滅」で警察が困る「本当の理由」 ・トラブルに巻き込まれた時の有効な相談先 ・こっそり会うな。記録を残せ……出合った時の対処法 あのベストセラー『暴力団』に続く最新作!


いきなり「続」を読んでしまった。幸いにもまったくその筋の方々と関わりもなく危ない目に会った事もなく、生きてきたので、そこまで切実には実感できなくてごめんなさい。それでも一般人がこれからは被害にあう可能性が大きいらしいからもっとガードを固めなければならないんだと知らされるなど、恐ろしい話ではありました。芸能人の話やヤクザの新しい形「半グレ集団」の話が興味深かった。ともかく、やっぱり怖い。



キャサリン・カーの終わりなき旅/トマス・H・クック★★★
内容(「BOOK」データベースより) ジョージ・ゲイツはかつては失踪事件が起きた場所を訪ね歩く旅行作家だった。七年前に八歳の息子が何者かに殺されてからは、地方新聞社の記者として働いている。ある日、彼は二十年前に謎めいた小説を残して失踪した詩人キャサリン・カーについての話を聞く。ふとしたきっかけで、彼は早老症の少女アリスとともに、その小説を手がかりとして詩人の行方を追うことになる。だが、徐々に詩人の運命が彼自身の人生と奇妙につながっているように感じられてきて…。世界が絶賛する巨匠が繊細に紡ぐ苦悩と再生の物語。

うーん、うーん、誰が誰で何をしたのか、ちゃんと理解できなかった・・と思う。とても複雑に入り組んだややこしい物語だった・・と思う。でも、子供を亡くした男の喪失感や、奇病によって死が刻々と近づく少女の深い哀しみが伝わって、とても切なかった。



生存者ゼロ/安生正★★
内容(「BOOK」データベースより) 北海道根室半島沖の北太平洋に浮かぶ石油掘削基地で、職員全員が無残な死体となって発見された。救助に向かった陸上自衛官三等陸佐の廻田と、感染症学者の富樫博士らは、政府から被害拡大を阻止するよう命じられた。北海道本島でも同様の事件が起こり、彼らはある法則を見出すが…。未曾有の危機に立ち向かう!壮大なスケールで「未知の恐怖」との闘いを描くパニック・スリラー。2013年第11回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。

有り体に書きますよ。なんとかかんとか、やっとこさっとこ読み終わりました。あ〜〜読みづらかった。なんでだろう?個人的な好みの問題と思うので気を悪くされた方がいらっしゃったら申し訳ないです。スケールが大きすぎてリアリティがなかったのかも。もうちょっと富樫博士に期待したんだけど活躍がなかったせいもある。過去のいざこざとかも肩透かしな感じがした。収束の仕方は予想できた。こんな事態になってしまったからには・・ね。あと、「テンパる」って・・使う?



狭小邸宅/新庄耕★★★
図らずも、垣谷美雨「ニュータウンは黄昏て」に続いての「家」物になった。
しかし今回は「売る側」の物語だ。
主人公の「ぼく(松尾)」は不動産会社に勤めていて、家を売るのが仕事だ。
でも、なかなか売れない。
そんな社員に会社上層部は完膚なきまでに面罵したり貶めたり、徹底的に扱下ろす。
また、家を「売る」ことを「殺す」などと言うそうで、この業界の裏の顔に慄いてしまうのだ。
ただでさえ、物を売ると言う仕事は楽ではない(仕事なんてどれも楽ではないと思うが)うえに、売るものが「家」とあってはその過酷さも想像を絶する。
都心では、ペンシルハウスと呼ばれる、小さな家(表紙絵の家だ)でさえも5000万円以上するらしく、条件がよければ価格も驚くほど上がってしまう。
そんな業界の裏話に震えながら、こんなにも理不尽に(思える)ひどい扱いを受けながら、主人公はなぜこの会社を辞めないんだろう?と疑問だった。もう辞めたらいいのに、すぐに辞めたらいいのに・・と言う気持ちがずっと消えない。じれったいぐらいだった。
だがやがて、主人公は変わっていく。ふとしたきっかけがあって、成長する姿を見せられる。
けれど、それでハッピーエンドになるかと言うと、そんな単純じゃなかった。
辞めずに、あきらめずに頑張ったことに、えらかったね・・とほめてやりたい気持ちと、やっぱり辞めたらよかったんじゃないのか・・と言う気持ち、複雑な気持ちで本を閉じる。
決して爽快な読後感ではないけど、一気に読まされた。



ニュータウンは黄昏て/垣谷美雨★★★
一軒家かマンションか、分譲か、賃貸か・・・。
いずれにせよ、住居について考えるのは大変だ。
バブルのころ中古の公団住宅4LDKを五千二百万円で買った頼子は、その後のバブル崩壊、資産価値の急落、夫の会社の退職金制度の廃止、年金支給額の繰上げなどなど、思いもよらぬ事態ばかりに見舞われて、十数年のローンを残し苦境にあえいでいる。夫が会社では冷遇されているようだし、自分にはマンションの理事役が回ってくるし、その上マンションは老朽化し、修繕か立替かで揺れている。
片や頼子の娘、琴里は就職活動に失敗しバイト生活。あるとき、久しぶりに会うことになった中学時代の友達から彼氏を紹介されたのだが、その後友達は行方をくらまし、紹介された彼氏と琴里はいつの間にか親密に。
彼氏は富豪の御曹司だったのだが・・・。
二人の親子に焦点を当てて、家、と言うものについて考えさせられる。
ローン地獄で苦しい頼子は理事になったことで、マンションに住むことのデメリットをイヤと言うほど突きつけられてしまう。私はマンション住まいではないので、いわば他人事だと割り切れるはずだったけど、簡単に割り切れず、読んでいて陰気になってしまった。
あまりにもリアルだったからだと思う。
(このマンションの理事会を定年制にするという案が挙がり、50歳代の頼子は受け入れがたく感じているけど、私が住民だとして、80とか85歳になって理事なんて大変なことをしたくないし、やれるかどうかも分からないよな〜と思った。しかし、定年制にすると理事が若い人たちだけに当たり、それがゆえに新規入居者もなくなるということで、理事の問題ひとつだけでも考えただけでしんどい・・・と言うように、)
いろいろと大変なことが目の前に提示されたようで、気分が沈んでしまった。
以前「全壊判定」と言う小説を読んだが、そのときも解決の糸口がない問題を前に、「なんて大変なのだ」とため息をつくしかなかったのだけど、今回も同じ状況だった。
ともかく、マンションと言うか団地と言うか、集合住宅と言うのは色んな人が住んでいる。人が100人いれば考え方も100通りあるのと同じだ。どこで妥協するのか、どこまでは自分の意志を貫くのか・・物事をひとつ決めるのに、問題が大きいほど意見が分かれるし揉める。それで住まいは「ひとつ」なんだから厄介なのだろう。
物語の核のひとつは、このマンションの住民たちの人間ウォッチングだろう。
色んな人がいて色んなことを言う。その点は面白かったが、家を持つということが、本当に幸せにつながるのか?と疑問を感じてしまった。
現に、琴里の友達は自分たちの家を持ち、ニュータウンを出て行ったけれど、けっして幸せそうには見えないのだ。かと言って、残っている琴里、頼子の家が幸せかと言うとそうでもない。
ではいったいどうすれば人は家のことで満足できるのか?
やっぱり最終的にはお金なの?
で、琴里の彼氏の登場である。
決してお金があることが幸せには繋がらない。(金=幸せと言われても困るが)
山積の問題は、すべてがきれいにクリアされたわけではないので、とっても爽快なハッピーエンド!!と言うわけには行かないのだけど、少しだけ爽快な気分を味わうことができる結末にほっとした。

でも、やっぱり、琴里にしても、三起子にしても、友達に対してなんてひどいことをするんだろう、としか思えない。私が友達なら絶交だ・・・と思う。その点ではもやもやは払拭されなかったかな。。。



ブラックボックス/篠田節子★★★★
食の安全に大きく真正面から取り組んだ意欲作。自分が食べているものを信用できなくなる恐ろしさがあった。巻末の参考資料を見て、ますますこの物語がただのフィクションでなく、現実に起きていることなんだと慄然とした。
滅多に食べないのだが、たとえばファミレスのサラダなんかは、切り口の新鮮さを保持するために、薬液に漬けると聞いていた。家庭で調理すれば分るが、生野菜は切れば間もなく変色する。長時間サラダバーに置いておいても変色しないなんて、それだけでも不自然なことだ。
しかし、この本を読んで、外食のサラダを避ければそれでいい、スーパーのカット野菜を使わなければそれでいい、と言う問題ではないと言うことがよーくわかる。
田舎なので隣のおばちゃんが自分の畑で作った作物をくれたりする。自分の家にも小さいながら畑があり、両親が細々と季節の野菜を作ってくれる。収穫作業は手伝ったり任されたりしている。
土は当然付いているし、食べるためには落とさなければならない。洗って綺麗にして、虫がいたら取り払う。
たしかにスーパーで買うよりも手間がいるのだ。
でも、今の主婦達は(この言い方も良くないらしい。食の管理を引き受けているのが主婦だけで、子どもの健康状態に問題が起きれば母親だけの責任とされる物言いに問題があるのだ)徹底的に手間を嫌うことが多い。
消費者のニーズは、安心して食べられる安全な作物。泥がついてなくて、虫もついていない、虫食いの痕もない、見た目の美しい野菜。扱いやすく手間いらず、そのうえ栄養豊かで味もいいもの。。そして、安いもの。。。
生産側は消費者のニーズと、コストと言う両面をクリアして農作物を作らねばならない。その結果、この本に登場するようなハイテク農場が・・・いや、ハイテク農作物工場とでも言うべきファームが登場するのだ。
残留農薬や偽装表示には敏感な消費者達。でも、農薬を大量摂取した野菜と、その必要はないけれど遺伝子操作された野菜を比べたら、どちらを選ぶのだろう?
また、表示義務のない薬品も中にはあり、それらがいくつか体内に入り独自の化学反応を引き起こさないとは限らない。
自分のことだけなら危機感も低いかもしれない。しかし我が子にそんな危険な食べ物を与えることが出来るのか。
いま、子ども達に多い重篤なアレルギー反応だって、元はその母親の長年の食生活に原因があるといわれたら?
食は生きることの基本中の基本だ。
本書はそれらに対して人々が、あまりにも無知でいい加減できちんと学習しなかったことへの警告であり、わがままを求める姿勢に対して反省を促しているのだと思う。
しかし、そんなことをいっていたら何も食べられない・・。とどうしても思う。
そしてだからと言ってどうすればいいのか分らない。
無知で無力だ。
このまま自分達に都合の良いことだけを求め続ければ、やがてその要求は企業の餌食となり、今よりももっととんでもないものを食べさせられる時代が来る。そんな危機感でいっぱいになってしまった。

小説としては実は読みづらい。
まるで生協の学習会で勉強させられているような感じだった(私には)。
物語のメリハリもそれほど大きくないので、だれてしまった。主人公達にもイマイチ肩入れできない。
テーマとしてとても興味深いし、提起される問題には瞠目すべきだと思うけど、いかんせん「物語」としては面白みに欠けたと思う。
それでも、一読の価値ある作品だろう。
海外労働者の実態や、農家の現状にも言及していてその点も読み応えがあった。
以前読んだ「震える牛」も良く似た感じがしたけれど、小説としては「震える牛」のほうが面白かったかな。



父のひと粒、太陽のギフト/大門剛明★★★★
夢破れて、姉から紹介してもらった会社でいやいやインターンとして働くことになった小山大地(30歳・ニート)。そこは、農業界に名をとどろかせる若き天才・水倉陽太が 経営する、ひまわり農場という農業会社だった。 実家の家業でもあった農業を、初めはかろんじ ていた大地。だが黙々と新種の改良に打ち込 み、実作業をこなす水倉の姿を目の当たりに し、次第に働くことの意味、農業の面白さを見 出だしていく。 そんなある日、突然水倉の死体が畑で発見され た。 大地は、水倉のひとり息子・陽翔とともに、水倉の死の真相に迫ろうとするが……。
ひとりの天才の背後にうかびあがったのは、悲しき農村の因習だった。ミステリー界の新鋭が挑む新境地。 若者たちの成長とともに描かれる、新社会派ミステリー。(Amazon紹介文)

今回は「農業」ですか!
とても面白く読んだ。
ミステリーと言うよりも、主人公大地の成長物語と言う側面で、読み応えがあった。最初のダメっぷりが徹底されているからこそであり、ダメダメなニートが農場に入ったことで急速にしっかりしていくのを見るのは、とても気分が良かった。
大地だけではなく、農場の社長や家族など(息子がとくに)魅力的で好感が持てた。登場人物のすべてが生き生きとしていたと思う。こういう物語は感情移入しやすく読みやすいのだ。 日本が抱える農業の問題点を素人にも分りやすく描いてあるし、TPPの問題にしても、ひとつの意見として素直に「そうかも」と思える。
ミステリーとしてはイマイチ弱いと言うか、種明かしを読めば説得力に欠ける。 いくらなんでもそれはないだろうと思った。
ミステリーにせずとも面白い物語になったのではないかと思うんだけど、逆にミステリー(殺人事件)にしたことで、メリハリがあって印象的な物語になったと思う。



クラウドクラスターを愛する方法/窪美澄★★★
「輝くような人生の流れに乗るためのボートは、どこにあるんだろう」。 誕生日を間近に控えた大晦日の朝、3年間一緒に暮らした彼が出て行った。 その原因は…… (Amazon紹介文)

彼氏が出て行ったの、彼氏と再会したのは・・だの、書き方は一瞬「何が起きたんだろう?」と思わせるので、興味を引かれてグイグイと読み進める。そうして主人公の境遇や気持ちがどんどん明らかになっていく。心理描写がとてもよくて、私にはこういう経験がないのに、わかる気持ちになってしまった。親が揃っていて一般的に言われる「普通」の家庭で育つことが出来なかった子ども達の物語。だからとても切ないものがあるけど、よかったです。



移民の宴/高野秀行★★★
日本には外国人の方々がたくさんいる。一時的ではなく「根を下ろして」いる海外の人は、名古屋市の人口にも迫るほどだそうだ。その彼らの「普段の」姿を、「食」を通じて掘り起こす意図で始まった企画モノ。タイ、イラン、フィリピン、中国、ブラジル、インド、朝鮮族…などなど、チョイスがまた高野さんらしい。(フランス人なんかも取材してるけどその言い草がまた高野さんらしくて笑える)カラー写真もたくさんあり、目にも楽しく食欲をそそる一冊だ。

しかし、こうしてみると日本食は確かに簡単…というか、あっさりしている。他の国はこれでもか〜〜!!!っていう勢いでお皿が並んでいるもんね。日本の、いくらご馳走ったって、こんなにたくさん並ばないよね??

高野さんのブログや敏捷によく登場するおなじみ、アブディンさん。馴れ初めやお付き合いの様子が書かれていて、なんだか他人と思えない(ってこともないけど)知人が登場したような気がした。



しょうがない人/平安寿子★★★★
とても平凡な、平凡すぎる主婦の本音がぎゅっと詰まった小説だ。
日向子は、高校時代の同級生が経営するネットショッピングでパートタイムをしている。 身勝手な従姉に手を焼き、仕事仲間とおしゃべりで憂さを晴らし(時にはそれがストレスにもなる)、顧客のグチを聞き、妹をちょっぴり見下しつつ、おたがい屈託なく近況やグチを打ち明けあったり、娘の反抗期に悩んだり、姑との同居の可能性におびえたり…そんな平凡な日常が描かれている。

ところどころで、「どうしよう?」と思うぐらい、私はリアルに共感を覚えた。
読書メーターなんかでは、「登場人物のグチっぽさにいらいらした」と言うコメントが多数見られて、私なんかはただ「わかるわかる〜〜!」と、読んでいたので、その読者コメントを見て「そうか。普通はいらいらするのか…」と、ちょっと落ち込んでしまった。
しかし、主婦目線としてはかなり的確に要所を突いていると思う。 特に私が共感したのは、思春期の娘の反抗期のこと。 日向子の娘は中学2年生なのだが、いま、ケータイが欲しいし、月の小遣いの値上げを要求している。 親子間のやりとりはそっくりそのまま、どこの家庭でもあるものじゃないんだろうか? 私は「うちのこと?」と思ったぐらいだ(笑)。
親がダメと言っても子どもは聞かない。そんな子どもに言うことを聞かせる苦労は並大抵じゃない。 育児はダメだしの連続である。そうしなければ子どもの周りは危険でいっぱい。子どもを安全に守りたい親心から、いろんなダメだしをしてしまう。それは親心なのだ。愛情なのだ。 でも、子どもには伝わらない。そして要求をはねつける親をただうっとおしがり、恨む。 親って、損。。首がもげる勢いで大きく頷く心境だった(笑)。

また日向子の実家では、老後に不安を感じた両親が、ゲストハウスを経営したいなんて言い出して、このまま大人しく平和に年を取って行ってほしい、と願ってやまない日向子の心を乱す。それが原因で、家族や妹とも険悪ムードになったりする。これはウチのパターンには当てはまらないけれど、ひとつ問題が起きると、ドミノ的にあちこちで齟齬が生じる、悩みが増す、疲れる…という流れが、真に迫って伝わってきて面白かった。
周囲の人たちを「しょうがない人」とあきれつつ、結局「しょうがない」と割り切る日向子。 主婦はパワフルでなければやってられないよなぁ…と、しみじみ思った。



歓喜の仔上・下/天童荒太★★★
父親に失踪され、母親は意識不明で寝たきりの状態…そんな家庭で生きる3人の兄弟達の物語。
誠は17歳。父親が残した借金を返済するために、やくざたちの仕事を請け負っている。
それは覚せい剤を、別の薬を入れて水増しする仕事だ。
弟の正二(小学校6年生)と一緒に毎夜2時過ぎまでかかってノルマをこなす。
朝は早朝から市場の仕事、夕方はやくざの命令で中華料理店で働いている。
正二は学校で酷くいじめられながらも、なるべく穏便に目立たないように生きている。
母親の介護は一身に引き受け、昼休みにも世話をするためにいったん家に戻る。
園児の妹、香は、死んだ人間が見えるといったり、日によって怪我をしたフリをしてあちこちの手足を引きずったりする。在日海外人の友達が多く、寡黙な子どもだ。
こんな風にちょっと紹介しただけでも、なんと暗澹とした物語だろうと思う。
こんなにも辛い思いをして生きる子ども達が、日本にいるなんて思いたくない。
小説だから…と割り切れない何かがあった。
子ども達は彼らなりに、日々の生活、生きていくことに必死だ。
そこでたくましく成長していく彼らの姿に頭が下がる思いがした。
ただ、あまりにも救いがなさ過ぎて・・だろうか?現実感に乏しく感じてしまった。
それは、長男誠が想像の中で育んでいるリートという少年の物語が挿入されるせいもあっただろう。 そのため、夢と現実の境界があいまいな、無国籍の映画を見ているような、なんだか現実とはかけ離れた幹事がいてしまった。



路(ルウ)/吉田修一★★★
台湾に、日本の新幹線を走らせるというプロジェクトを軸に、それに関わる人間達のドラマを描いた作品。

7年間の長期にわたる物語で、特に大きな事件が起きるわけでもなく、淡々としたドラマだった。
主人公の春香は学生時代に台湾へ旅行をして、エリックと言う名前の青年に出会う。 彼とはほんのひと時を過ごしただけだけれど、それが忘れられずに、結局のことろ台湾で新幹線プロジェクトに関わっている。 また、定年後に妻を亡くし寂しく暮らしている葉山と言う老人は、台湾生まれの引揚者。 台湾には、胸がちくりと痛む思い出を持っている。 台湾青年の陳は、フリーターだが幼なじみの美青が未婚の母となり、気にかかっている。 こんな風にいろんな人たちのドラマが交錯する。

実は内容をちらりと聞き真山仁「ベイジン」みたいな企業サスペンスかと思って読んだので、ちょっと拍子抜けしてしまった。
プロジェクトに多少の困難はあれど、まぁまぁ順調に(国民性の違いから、やっぱり順調と言うのは妥当ではないだろうけれど)プロジェクトも進み、物語自体に大きな起伏はない。
春香とエリックの物語にしても、(最初は陳がエリックなのかと思った)もうちょっと丹念に描いてあれば素敵なラブストーリーになりえただろうけれど、群像劇の中ではインパクトも弱かったかなと思えた。



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感想



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