2004年の読書記録*1月



ロビンソンの末裔/開高健★★★★
終戦間際、空襲による焼け野原の東京を捨て、政府が打ち出した北海道入植開拓の募集にしたがい、夜逃げ同然に北海道に渡った主人公達が、当地で苦労する姿を描く。

つまり、政府は
「北海道に行けば、そこは『東洋のウクライナ』と呼ばれるほどの芳醇な土地で、未開拓の地は肥料がいらないくらいなのだ。
そこは受け入れ態勢が進んでいて、家は陸軍工兵隊が建ててくれて、手伝えば日当も当たる。
土地も十町歩から十五町歩までもらえるし、最低一町歩は開墾済み。
開墾に必要なトラクターなどの大農具は貸してもらえるし、馬、鋤、鍬などは給付してもらえる」
と言って、北海道への移住を促したのだ。

しかし、主人公たちが北海道に渡っている船の中で戦争が終わる。
そのためかどうか、「約束」は果たされず主人公たちが与えられた土地には家も井戸も農機具もなかった。
最初は「既存農家(前に北海道に入植した農家)」の仕事をしたりしてすごすが、冬になり自分の掘っ立て小屋での生活は寒さと恐怖との戦いだった。

はて?どこかで聞いたような?
そう、先日読みここでもご紹介した「ワイルド・ソウル(垣根涼介)」のまさに北海道版なのだ。
思うに、最初は北海道に人を送り込んで、北海道が一杯になったので海外に送り出したのだろうか?
著者が本当に戦争体験者である事もあり、本書はリアルな迫力があり読み応えがあった。
アマゾンに比べて、こちらは国内であると言う事で救いはあるように思うが、主人公たちの暮らしがあまりにもリアルに丁寧にまるで、体験者の邂逅のように書かれているので、どうなることかとハラハラさせられどおし。
たとえば冬の寒さのなかで、暖房器具があっても小屋の中でヤカンの水が凍ったり、目覚めたら雪だるまになっていたり、知り合いが語った「熊に食い殺された知人の話」・・淡々とした描写なんだけどそれがまた、怖い!
今ある私たちの豊かな生活は、こうした先人たちの苦労や犠牲の上に成り立っているんだなぁ・・と、改めて感じさせられた。
ちょっと自分たちの生活を振り返って反省しなければいけない!!と、思わせられる。
退屈だとか、偏食だとか・・そんな事ばかり言ってるとばちが当たるよ!!
と、思わせられるのだ。

「Todoの部屋」のTodo23さまからのお勧めでした



贄門島/内田康夫★★★★
文藝春秋
約20年前、浅見光彦の父は、房総半島のある小島で乗っていたボートが転覆して九死に一生の奇跡の生還を遂げるが、臨死体験で不思議な声を聞いていたことが最近になってわかった。
枕もとで「こんなに続けて送らなくてもいいだろう」「来年に回すか」と言うような会話を聞いたというのだ。父はそれを死神の声と感じて胸に秘めていたらしい。
浅見は例によって「旅と歴史」からの依頼により、裸祭りの取材に行く事になったが、その場所が父が海難事故に遭った見瀬島の近くであった事から、父を助けてくれた島にお礼に行く事にした。
しかし、同行のフリーライターに島の不審な噂を聞く。
その島では生贄の風習が今でも残っていると言うのだ。
そして、ライターの友達も不審な死を遂げていると言う。
そう話してくれたライターも・・・・。

最初はなんか、「生贄」って言うのが不気味なインパクトで、つかみはオッケーって感じ。
登場人物も「この人は死ぬな」「この人は死なないな」みたいな、いわゆる定番。
久しぶりのこういう展開は、「やっぱ、こういうミステリーが好き!!」と感じて、ワクワクしながらページをくっていった。
ストーリーの中にはいると「生贄」とはまた別の現在の社会問題が次々と登場して、最初の「生贄」のことは何所に行ったの?と言う感じもあったのだけど、ここに描かれてる社会問題は現実と照らし合わせても決して見過ごしに出来ない事ばかり。
自然を蹂躙して今の文明があるということの問題提起が、見瀬島の人々の生き方に表れているのだろう。
見瀬島の人たちの生き方は一見排他的で、自由がないように見えるが、浅見はきちんとその生き方を理解し尊重している。
読んでいても多方面から捕らえているのが解り、押し付けがましさがないのがいいとおもう。
なによりも、浅見の視点はいつも優しい。
基本的に人が生きる上で一番必要なのは「人としての尊厳を認められる事」という単純だけど一番大事なことを基本理念のように持ちつづける。
頼りなくてもなんでも、性善説をてらいなく持ち味にしている浅見は魅力的。
シリーズ何十冊も出していても、いつまでも人気が落ちないのが解る気がした。 浅見光彦シリーズ
「五月の葉っぱ」の管理人さんkigiさんからお借りしました。ありがとう♪



スメル男/原田宗典★★★★★
講談社文庫
主人公の「僕」は、母親が死んでから「無嗅覚症」になってしまい、匂いの一切を失った。
そのせいで文字通り味気ない毎日。そんな時、大親友で唯一の理解者「六川」が、仕事先の研究室で死んでしまった。喪失感とともにアルコール漬けのような毎日を送って3年後。六川の元彼女から突然連絡がはいる。六川が彼女の元に残した謎のシャーレの冷凍物は一体なんなのか?
そしてそのころから、僕の体に大きな変化が!
臭いのだ・・と言っても僕には匂いがわからないので「らしい」と言うことだけど、東京中を巻き込むぐらい臭いのだ!!

いやいやいやー
面白かった!!
一体どんなジャンルの話か想像も出来ずに読んだので、(エッセイでいつも爆笑させてもらっているので、きっとお笑い系のストーリーだと思ったのだが)最初に、匂いがまったく感じられないと言うのが一瞬笑えそうなんだけどこれが結構シリアス・・しかもその原因が自分の母親が死んだ事が原因の心因性・・ということが解ってますますシリアスな展開。
けど、そこは、原田さん。重く暗くならずに軽いタッチでそれでいてシリアス!という感じがすごく絶妙!!
これは、ひょっとしてSFでしょうか?
筒井康隆氏の「僕に関する噂」とか「緑色の町」みたいな感じを思い出したんだけど。
コメディとシリアスと人類愛と友情とドキドキとハラハラとうるるんっと爽やかと、いろーんなものがぎゅっと凝縮されてて、でも盛り込みすぎじゃないと言ったらいいのかな〜〜。
いやー、語彙がなくてすんまそん。
ともかく、今年初の5個★!好き!こういうの!



眠れぬ夜を抱いて/野沢尚★★★
幻冬舎文庫
平凡な主婦中河悠子は、夫の開発した新興住宅地に引っ越してきた。
先に入居していた2組の家族と、家族ぐるみの付き合いも始まり、これからこの土地に根付いて幸せな家庭を作ろうとした矢先、その家族たちが、一家丸ごと失踪すると言う事件が。
住宅地の開発者である夫の中河欧太に世間の抗議が集中する。
なんとか助けたい一心で行動をおこす悠子だが、さぐるうちに事件は思わぬ方向へ・・・。

脚本家の野沢さんだけあって、ドラマにしたらきっと受けるんだろうなーと言う感じ。(実際ドラマ化してるらしい)場面の一つ一つが映像になりやすそう。
でも、期待したほどではなかったかな・・。
「一家失踪??どうなるんだろう!!」と、ハラハラした割りには・・・こじんまりした動機だったかな・・というのが正直な印象。
会話の一つ一つもオシャレでかっこ良いけど、同じ主婦として(同じではないかもしれないけど!!)ちょっと嘘臭すぎた。
「小説」=「嘘」と、最初からわかっているし読むときは「嘘」を楽しみにして・・という気持ちがあるはずなのに、なぜ「嘘臭い]と不満になるんだろう?
夫を思う悠子のひたむきさに共感するにはわたしはちょっと、主婦として妻としてとうが立ちすぎていたかもしれないな(苦笑)



アヒルと鴨のコインロッカー/伊坂幸太郎★★★★
伊坂さん お初でした。
話題の作家さんで、結構クセがあるとか聞いていたので心配したが、何所がどうクセがあるのか解らないくらいサクサク読めた。
ストーリーは、現在と2年前の2重構造で、登場人物が2〜3人重なっていてそれがどう時間を超えて繋がるのかが読みどころ。
現在⇒大学に入学したばかりの椎名と言う学生が、隣に住む住人河崎に誘われるままに本屋さんで広辞苑を強盗すると言う計画に巻き込まれる。
河崎は^「興味をそそられる変人」で椎名はずるずると付き合っていく。
過去⇒ドルジと言うブータン人と同棲している琴美はペットショップの店員。
そのころ、付近では犬や猫を惨殺する「ペット殺し」が頻発していた。
河崎は、この二人の共通の知り合い(琴美の元恋人)だった。

ネタばれで↓
琴美がペット殺しの犯人たちらしい若者たちに遭遇していて、そのうえ脅されたり怖い目に合っているのにどうしてケイサツに行かないのか。そこんとこ、不満。
もっと用心して欲しかった。
きっと琴美の親は悔やんでも悔やみきれない悲しい思いをしたと思う。哀しすぎ!!
ドルジはブータン人だし、日本の犯罪事情がよくわかっていなかったのかもしれないけど、もっともっと警察に行くように琴美を押すべきだったと思う。
それから、河崎だけど、自殺したって言うけど計画半ばで自殺するなんて納得できない!!
河崎が死ぬとしたら江尻を道連れ・・くらい考えるように思う。

とまぁ納得しかねる部分はあるけど、全体的な雰囲気、ドルジと琴美の優しい会話、などは好きだし、「今」この人物がこういうことをしているのは「2年前」のこういうことが元になったんだ・・という「トリック」みたいな作風・・たとえばバスの中での麗子の行動など後になればなるほど「そういうことだったのか・・」と知らされて切なくなる。
とってもさりげなく人種問題なんかも入っていて差別ってしていないようでも実はしてるかもと言う問題提起もあって。
とっても切ない「ミステリー」だった。よかったよ。ラスト一気読み。見ていた子供が「おかあさん、読むの速い〜!」(首の上下が早かった)と笑ったほどでした(笑)



指を切る女/池永陽★★★
池永さん、2冊目。
表題作を含む4編からなる短編集です。
この人の文章って、「相性がいい」と言える感じの文章。
登場人物たちはどっちかと言うといらいらさせられるタイプの人物が多いのに、文章が好きで引き込まれて読ませられる感じだ。

「骨のにおい」「真夜中の紙芝居」「哀しい食卓」の3篇では主眼は女性だけど、著者が男性だとは思えないぐらい女性心理を描ききっていると思った。
表題作「指を切る女」は、この4編の中で一番最初に書かれたようだけど私はこれが一番すき。
でも、なんかいらいらさせられるよな(笑)
好きなら好きでもっと突進して行かんか〜い!!!・・・と、ドつきたくなるようなそんな感じの話です。



クリスマスローズの殺人/柴田よしき★★★
柴田さんの著書はやはり読みやすい。
サクサクサク〜〜〜っと読めた。
登場人物たちも好感が持てて、会話のやり取りなども面白くってグッド♪
ストーリーは、連続殺人事件の現場にクリスマスローズと言う種類のバラが落ちている。犯人は?動機は?そして密室殺人のトリックは?
という、久しぶりのミステリーらしいミステリーを堪能させてもらった。
主人公たちが「わけあり」で、その正体も私好みで面白かった。
ただ、真剣に謎解きしようとしていたらちょっと肩透かし?
それはないでしょ・・みたいな?(苦笑)



壬生義士伝/浅田次郎★★★★★
文藝春秋社
今わの際の吉村貫一郎の独白。
そして、それから時を50年ほど経て当事者たちが語る吉村貫一郎像。
二部構成によって次第に明らかになる吉村貫一郎の真実の姿に、涙があふれて止まらなかった。

新撰組の吉村貫一郎は、見た目はすごくよわっちい軟弱そうな貧乏たらしい身なりの侍だった
子供や動物が好きで、心根のやさしい優しすぎる清廉潔白な本当に、心の美しい人だ。
しかーし!!
ひとたび刀を持つと眼光鋭く光り、面相もがらりと変わり全身殺気の塊となる。人を斬る理由はただ一つ、自分が斬られない為。
殺されないために斬る。斬る、斬る!!
このギャップがたまりません。私の好きなタイプである。
「おもさげながんす、お許しえって下んせ」と言いながら人を滅多斬る主人公。
その思いは常に故郷の妻子の下へ・・・。
吉村貫一郎に男の中の男、武士の中の武士!と言う魂を見た!!って感じ。
南部訛りで故郷を思う邂逅シーンはもう、涙無くしては読めません。
途中ちょっと本を閉じようかと言う危機が私を襲ったが、その後引き戻してくれたのはもちろん、それだけ本書がすばらしかったから。
読んでよかったです〜!!(涙涙)

当事者たちの語りと言う事が、当時の飢饉のひどさや下級武士や農民の生活の苦しさ悲惨さをリアルに伝えてくれて、いまさらながら物資豊かな時代に生きる事のありがたさを感じたし、原敬や新渡戸稲造に対する南部の人たちの思いも伝わり、またまた知らなかった事が知りえたと言う部分でも、大いに楽しませてもらった(楽しむと言うと語弊があるかな)

それと、 意外性ってところでいえば、この本の中で当事者たちから語らせた土方歳三もなかなか意外性があり「燃えよ剣」で読んだ時よりも却って土方に対して好感度up。
そして、いつもいつも会津と一緒に出てくる桑名藩。
桑名市民として、私の気持ちも「佐幕」である!(爆)
獅子の時代



ハリガネムシ/吉村 萬壱★★★
文藝春秋
新年の初読みはなんと、昨年話題騒然の(笑)「ハリガネムシ」だ!
新年早々病院の待合室の棚にあった文藝春秋で読みきった。

なんとも気分が落ち込むような話だった。
高校教師の主人公が、知り合ったソープ嬢と一緒にいるうちに、自分のなかの「暴力」を引き出されていく。
人間のうちなる暴力に対する欲求を、パラサイト・ハリガネムシになぞらえて追求するこの作品がこの回の芥川賞受賞となった。
文章は読みやすかったけど、どうも気持ちの良い作品ではない。読後感も悪いし、この作品を読んで何を感じろというのか?
同じようにグロテスクでも、村上龍氏の作品などは、どっと疲れるけどその独特の世界を堪能して、癖になる持ち味がある。
でも本作はそんな魅力は感じなかったな〜。

選考委員たちの書評も読んできたけど、「暴力を断つ方法としてよく見るべき、そして見るに値する作品」「読者を辟易させながらも引きずっていく重い力がある」などという絶賛派と反対派に分かれている。
ちなみに反対派と言っても内容を肯定しながら技巧的な部分で反対派もいる。
テーマからこういう作品を否定してくれる方が、人間としてあたりまえに感じるけどどうでしょ。
宮本輝氏、古井由吉氏、三浦哲郎氏などは後者の作家さん。