2005年の読書記録*3月



ハードボイルド・エッグ/荻原浩★★★★
双葉文庫
チャンドラーかぶれ、フィリプ・マーロウのような探偵…のつもりの主人公「私」は、一見?ペット探し専門の?探偵である。あるとき、美人秘書を募集したところ探偵事務所に来たのは片桐綾、44年生れ…しかし、「昭和44年」ではないのだった。
そんな二人が巻き込まれた事件。それは「仕事」で手元に残ったハスキー犬を預かってくれる「イヌの駆け込み寺」で起きた殺人事件だった…。
荻原さんの軽妙な文体が好き!
ときおり「がくっ…!」とさせられるような気の抜け具合というか、はずし方もツボですね。
登場人物もいつもながらあくの強い印象的な人物。今回ももちろん主人公が魅力的。探偵と言う職業についていながら非情になりきれず、お人好し加減が心地よいのだ。そして、今回の相棒は女性です。この人がまた面白い!
ミステリーとしてはオチは予想の範囲だったけど、楽しめたし最後はほろっとさせられて…。
ただ、私としては今の所、荻原さんの一番は「僕たちの戦争」ですね。しかし、これからも荻原さんを読んでいくつもりです。

(なおぞうさん、ありがとう♪)



いまだ下山せず!/泉康子★★★★
宝島社文庫
厳冬の北アルプスで行方不明になった「のらくろ岳遊会」の3人パーティ。下山予定の最終予備日を過ぎても下山しなかった3人の捜索隊が立ち上がる。パーティはどのルートを辿ったのか、何故そこにいったのか…謎を紐解きながらも3人に近づく。3人は…どこに?
ノンフィクションの持つ迫力に圧倒された。
「冬のアルプスで遭難」というと、私なんかは「生徒諸君!」の沖田君を連想してしまうんですね。あの時もとっても哀しくて大いに泣いたものだが…。遭難した家族の気持ちはどんなだろうと想像するだけで痛ましい。何故こんな思いをさせてまで山に登るのか?「そこに山があるから」と言われても分からない。本書にも冬山の厳しさは描かれているが、体も吹っ飛んでしまうほどの強風、凍傷にかかるほどの寒さ…、本当に「何故?」なんである。実際ここに登場する遭難者の奥さんなどは、たった2歳の息子を抱えていてその姿は痛々しいのだ。
捜索に関わる人々の苦労(なんて言葉では足りない!)や「裏の事情」なんかも余すところ無く描かれていて、何も知らない私などは「へぇ〜…」「ほう〜…」と思うところもたくさんあった。これだけの事になると「しがらみ」なんかも半端じゃないようだし。
生きていると言う希望はいつしか消えて諦めの中でも、その体を「見つける」という意志の強さ、労をいとわず遠方まで聞き取りに行ったり、最後まで「見つける」事に関しては諦めない著者の姿勢にも感動を覚えた。

(なおぞうさん、ありがとう♪)



愛を乞うひと/下田治美★★★★
角川文庫
父親の遺骨を探す主人公の照恵。二人暮しの 娘・深草には「高校卒業まで孤児院にいた」とはなしていた照恵だったが、実はそれはウソで、照恵は10歳で母親に引き取られていたのだ。その後の照恵が母親から受けた虐待は凄まじい物だった。深草は涙を浮かべてその話を聞く。その「今」と、照恵の「過去」が交互に描かれている。 過去を思い出しながら、不思議な力に導かれるようにお骨に近づいていくその軌跡を通して、親子の愛情、血縁、絆を描く感動作。
まず、思ったのは「これって、本当に『小説』?」ということ。絶対に体験談か何かだと思える。フィクションとは思えない。それぐらい、真に迫っているのだ。ひょっとして、こんなに真実と虚構の区別のつきにくい小説は初めてかもしれない?
「虐待」の内容は本とうに恐ろしいまでだったが、その中で、それでも母の「愛を乞う」主人公が健気で愛しくて目が離せなかった。また、過酷で悲惨な「過去」があったにせよ、しっかりとした愛情に包まれた「現在」がこの主人公にはあるのだという設定が読むものに安心感を与えるので、虐待がひどくても痛ましさは少し緩和されているように思う。
主人公が、血縁者をさがす「旅」に出るあたりは「この後はどうなるんだろう?」という言わばサスペンスにも似た緊迫感があるし、主人公が出会っていく様々な体験を通して、「人にとって大事なものは何だろう」と言うことを考えさせられる。親子って何だろう…。



ギルバート・グレイプ/ピーター・ヘッジズ★★★
二見書房
知恵おくれで10歳まで生きられないと宣告されていながら18になろうとする弟と、夫に自殺されてから食べつづけてまるで「くじら」のように太ってしまった母親と、家族を愛して家族のために尽くしている姉と、自分のことしか考えていない思春期の妹と、さっさと家を出て行って月一で小切手を送ってくる兄と姉をもつ、ギルバート。自分の感情を殺しながら、小さな街エンドーラで暮らしているのだが、ある時街に美しい女の子がやってきた。ちょっとずつ、変化が?

同タイトルの映画の原作です。
わたしは映画のほうにとっても思い入れがある。今まで見てきた数多くの映画の中で一番好きな映画がこれなのです。なので、小説はちょっと雰囲気が違ったかも。著者が映画の脚本を担当していると言う事で、私から見たら原作をシャープに練りこんだものが映画だという気がする。
たとえば、ベッキ―との関係や、ベティとの別れのシーンなど、映画のほうが断然よいと思ったのだが…。確かに原作には原作のよさがあると思う。(姉エイミーの人物像などは原作のほうが良いし、とっても共感が持てると言うか書き込み方が深いのが良い)でも、私は映画のほうが断然よかったです。



死日記/桂望実★★★★
エクスナレッジ
タイトルのとおり、死に至るまでの日記形式で綴られた有る少年の物語。
日記の合間に、刑事に事情聴取されている母親の証言と、それを聞き取る刑事の心境が挟まれている。
この手の物語は、私はどうしても「こんな風にこの年頃の子が書くなんてありえない」とか、ちょっとひねくれて受け取ってしまうのだけど、この物語は素直に、まるで本当にこんな少年がいてこんな物語があったのだと思えるような臨場感があった。
思うに、この著者桂望実さんは「ボーイズ・ビー」の時もそうだったけど、少年というか、男の子の感情を描くことにとても長けているように思う。視点がそのまま、素直に受け止められるのだ。そしてその主人公がとっても愛しく感じられる。
日記を読んでいて、ほんとうにこの少年に感情移入してしまった。進学が難しくて絶望に陥りそうになりながらも、友達や先生、新聞配達の専売所の雇い主など、思いやりの有る人たちに恵まれてその親切を受けて前向きに考えようとする主人公がとってもいじらしい。
どうしてこんなことにならないといけなかったのか…。フィクションと思ってもどうしても涙が止まらなかった。せつな過ぎる。

これって、ほんとに「保険金殺人」で、母親が実の子を保険金目当てで溺れさせて殺した事件があったよね。あれ、思い出しました。あの時も「なんとむごい」と、直視できないような残酷な事件だったけど…。最後まで読んであれを思い出して胸が塞ぎました。なので全くのフィクションとも思えなかった。ほんと哀しくて辛かった。

(あさみさん、ありがとう♪)



背広の下の衝動/新堂冬樹★★★
河出書房新社
タイトルからして、「一体どんな衝動が…?新堂さんの事だから、きっと凄くエグイ衝動なのではないか?」と、期待?して読んだんだけど、思ったよりも「普通」だった。
「邪」「団欒」「嫉」「部屋」の4編からなる短編集なんだけど、この中で新堂さんらしいと私が感じたのは「嫉(ねたみ)」だった。申し分ない妻と子供を持つ男が、子供の家庭教師の出現で妻の気持ちに疑いを持ち始めると言う物語だけど、これは短編ながら新堂さんのエグさとか、もろもろ、盛り込まれてなかなか満足の行く作品でした。
「団欒」は、おそらく日本でいちばん有名なある家庭(サザエさん一家)の内実?を描く物で、今ではそんなに意外性はないような気もするけど、「あらー。あなたそんなことを考えていたんですか。笑顔の下にはそんな本心があったんですね」ってところが楽しめる作品。
「部屋」は一番えぐいのですが、このえぐさはちょっと新堂さんらしからぬ気がするのでした。
やっぱり、★3つ…とか言いながらも何のかんのと気になる作家さんで、これからも読みたいと思います。「溝鼠」あたりもチェックしています。

(あさみさんありがとう♪)



竜馬がゆく(〜8)/司馬遼太郎★★★★★
文藝春秋文庫
2・3巻の感想はこちら。
ここではその続きを…。

なんという壮絶で激烈な時代を経て、今の近代日本はあるのだろうと、まず思った。
日本の歴史の中で類を見ない変革の時代、「奇蹟の存在」坂本竜馬。タイトルがまた良いね!「竜馬がゆく」単純明快、爽快痛快なイメージが竜馬にぴったり!
この人の短い生涯で成し遂げたいろんなこと、いろーんなことを、私なんぞは何にも知らなかった。知っている事と言えば「海援隊を組織した(そもそも、海援隊って一体なんだと言う事すら知らなかったが)」「薩長を結びつけた」と、これだけですよ。だって歴史の授業ではそれぐらいしか習わないんだもんね。
グローバルな視点で(あの時代、あの状況で!)先の先を見通して、ほんとうに日本のことを考えていた竜馬。著者が言う「奇蹟」という言葉に心から納得。

そして物語としても、後半のスリリングな展開は目が離せませんでした!
このあとどうなってどうなると言う事は分かっているにしても(いや、実は何度幕末本を読んでも忘れているので、読んでから『ああ、そうだったそうだった』などと思って読むたびに新鮮だったりする。物覚えが悪いのもメリットになったりして?)池田屋事件から、禁門の変、そして海援隊を作り船を得ては無くし、薩長同盟を結ぶまでの紆余曲折、その後の土佐を巻き込んでの大政奉還までは特に特に、ほんと〜〜〜にドラマティック!!

竜馬は時々泣くのだけど、この「男泣き」がまた良いのよ〜!私もその都度竜馬と一緒に泣きましたぞ!
最後の大政奉還の時の「よくぞ断じられ給へしものかな」の時は震えるような感動だったなぁ。この部分の竜馬が一番好きかもしれない。先に読み進めないぐらい泣けてきたよ、私は。
ともかく、随所に竜馬の凄さと魅力が満載で、オトメ心…いや!人としてのハートをわしづかみにされまくった8冊だった。
読み終えて…ということは、竜馬の生涯が終わった時はえもいわれぬ感動で…。しばし、本を抱きしめて蹲ってしまった感じ。
大長編だけど絶対にもう一度読みたい!!
そんな風に思った。司馬さん!こんな作品を残してくれてありがとう〜〜!!そして竜馬というその人に、ありがとうと、心から言いたい私です!

余談だけど、竜馬の銅像の建っている高知、鹿児島、京都の3箇所にわたしは行っている…どころか住んでいた。鹿児島(と言っても霧島はちょっと遠かったが)と京都と四国内に住んでいたのだ。なのに、それなのに、今までに一度も竜馬の銅像を見たことが無い!!!こんなことってあるんだろうか…。今ひたすら残念です。

まだまだ感想は言い足りませんが、いつまで書いていてもキリが無いみたいなのでこの辺で。変な感想ですみません。素晴らしい感想は他のページで見てね。

(らむちゃん、ありがとう♪)



憧れのまほうつかい/さくらももこ★★★★
新潮社
さくらももこさんは、高校生のころ一冊の絵本に出会う。エロール・ル・カインという作者の絵に衝撃を受けたさくらさんは大ファンになり、漫画家になってから機会を得てイギリスに渡る。今は既に亡き人になってしまったル・カイン氏を良く知る人たちに会って話を聞くために。
そこはまるちゃんことさくらももこさんのこと、笑いあり笑いありの珍道中なのだった。

むかーしのこと、萩本欽一さんがチャップリンに会いに行くという企画をテレビで見たのだが、本書を読みながらあの時のことを思い出した。きんちゃんにとってのチャップリンがさくらさんにとってのエ・ロールなんだね。私が初めて手塚治虫氏の原画を見たときの感動は、きっと遠く及ばないだろうけれどやはり、この本を読んで思い出した。 こんな風に誰にでも自分の人生に重大な影響を与えた、大好きな人、と言うのがあるはず。そんな「一生懸命な好きという気持ち」はそれだけで生きる力になるし、ひとにとって大切な気持ちだと思う。そう言うメッセージが伝わってくる一冊。
イラストもさくらさん、ル・カイン氏色々載ってて見るだけでも楽しい。
私は図書館で読んだので、そのあと児童コーナーでさっそくル・カイン氏の本がないか探した。「ハーメルンの笛吹き」があったので、眺めてきました。私も好き、この人の絵!

アナタにとって「まほうつかい」は誰ですか?



眩暈を愛して夢をみよ/小川勝巳
新潮社(新潮ミステリー倶楽部)
失踪したAV女優にして、高校時代の憧れの先輩・柏木美南を追いかけていた須山は、調査を進めるうちに彼女の悲愴な過去を知る。一方、美南をなぶり、悲惨な虐めを繰り返していた関係者たちが、謎の言葉とともに次々と殺されていった。
やがて事件は一応の解決を見るが、そこからが本当のミステリーの幕開けだった―――。

と、このような表紙の折り返しに惹かれてこの本を借りてみたんだけれど、読み終えての感想はありません。
あえて言うなら「は??」と言う感じです。「では今まで読んできたのは何だったの?」と…。
私の理解力が乏しいのだと思うけれど、ここまで訳のわからなかったストーリーもない。
全く理解できません。



朱の丸御用船/吉村昭★★★
文藝春秋
伊勢湾、志摩半島の南東に波切の大王岬灯台がある。
私も一度訪れた事があるが、外海に面した景色が「男性的」と比喩される勇壮な風景が印象的な美しい場所です。
この波切という村で天明の頃、実際に起きた悲劇「波切騒動」を史実に基づいて小説化したものが本書。
波切騒動というのは「日本残酷物語」にも登場する悲劇とのことで、著者は廻船に関わる著書を多数出していることからこの「波切騒動」のことも取り上げたとあとがきに書いてある。
実際にその事件がどんなものであったかというと…。

御城米というのは天領の年貢の事で、それを江戸に運ぶ船を御城米船という。
船頭たちが米を売り払い、わざと船を嵐で沈めて難破したように見せかけたりする不正がしばしば行われたようだ。なので、役所としては一層厳しく取り締まったらしい。
あるとき、波切にも御城米船が難破していた。本来ならば役所に届けるべきところ、村民たちは瀬取り(=黙って自分たちの物にしてしまうこと)することにした。その後に調査に訪れた役人を「ゆすり」と誤解して殺してしまい 「役人殺し」「瀬取り」の罪を裁かれて、結局村民他13人が死刑になったという。
小説としては、登場人物の区別がつきにくく(登場人物のほとんどは当時の資料に書かれている名前)ちょっと戸惑いはしたものの、やはり史実に基づいた話はおもしろい。
人間が突発的に追い詰められた時、どれだけ残酷になれるか…。「赤信号、皆で渡れば恐くない」のように群集となると性格が変わってしまうのか。
「関東大震災」を読んだ時にも感じたけれど、急に残酷になるというよりも、その心理状態になるまでを順を追って丁寧に理由付けして描いてあるのですごく迫力がある。これからも、もっと読んでいきたい作家さんです。