2005年の読書記録*5月



都市伝説セピア/朱川湊人★★★★
文芸春秋社
セピアに彩られたようなノスタルジックな、ちょっと不思議でとっても切ない幻想的な短編集。
●アイスマン
●昨日公園
●フクロウ男
●死者恋
●月の石…の5編から
朱川さんの作品は「花まんま」に続き2冊目だけど、こちらのほうが先に刊行されている。「花まんま」のほうが良かったような気もするが、この作品もよかった。
というのも、この人の作品に出てくる登場人物たちの思い出や、時代設定がちょうど私の過ごしてきたものと重なるために、まさに「セピア色」のような懐かしさ、郷愁を覚えるのだ。
「シェー」という「イヤミのポーズ」、「大阪万博」、「時をかける少女(ドラマ)」「江戸川乱歩の少年探偵団」「目羅博士の不思議な犯罪」「パンダ」「仮面ライダー」などなど、懐かしいフレーズが一杯だ。

●昨日公園
その公園では、子供のころ大親友と何度も「同じ別れ」をした。その思い出はあまりにも辛くて切ない。「アイツを助けられるのは僕だけだ」という少年の決意がとっても切ない。
少年がそんな辛い思い出の公園に再び来たとき、主人公の目に映ったものは…。かなり切ない作品だけど、好きな人に対する愛情が伝わってきて、悲しいけれど悲しさだけがすべてじゃない、という感じでよかった。

●フクロウ男
江戸川乱歩へ捧げるオマージュ的作品だろうか。雰囲気自体がほんとうに乱歩って感じで私はこれが一番好きだった。「都市伝説」という表題から言えばこの作品が一番それらしい。フクロウ男という都市伝説のストーリーだから。
これはフクロウ男なる人物が「きみ」と呼ぶ知り合いらしき男に宛てて書いた手紙の形式をもった小説。だけど、どんどん引き込まれる語り口に、つい「小説」って事を忘れそうになった。そしてラスト1行にノックアウト。「、」の位置まで見事にツボ。
忘れ難い作品となったのではないだろうか。★★★★★

●月の石
大阪万博に行った経験があり、そのときの年齢が小学生ぐらいだったらこの小説を読むと、懐かしく胸がきゅんとなるような気がするのではないか?
自分がリストラにリストアップした相手や、最期を看取れなかった母親の事や、病気の妻…結局この主人公の優しさに読後感がほんわりとさせられる。

「フクロウ男」は★×5、「昨日公園」「月の石」は★4つあとは★×3ってトコか。



破裂/久坂部羊★★★★
幻冬舎
ジャーナリストの松野は、医者が一人前になる過程で死なせてしまう患者を、協力者の江崎峻医師の言葉から「痛恨の症例」として、まとめて発表したいと思っている。江崎は身近な友人などから「痛恨の症例」の具体例を集めて松野に渡していた。そんなとき、江崎の勤める阪都大学病院で時期教授の噂の高い香村が裁判沙汰になった。その香村の研究している「ペプタイド療法」を巡って厚生省の佐久間が怪しげな動きを見せていた。その内容とは「国家による望ましい死の保証」であった。
大学病院、そこに勤める医師、そして厚生省…。患者は何を信じればよいのか、そして超高齢化が進む日本の未来を問う問題作。
前作「廃用身」同様、斬新で衝撃的な発想で切り込まれました。

小説としては、冒頭の「痛恨の症例」ではその内容に愕然としてこちらまで「痛い!痛い!」気分になり、つかみはOKだったのだが、中盤までは視点がコロコロと変わりすぎ、誰に「身を寄せて」読めばよいのか分からなくなって集中できなかったし、江崎の人物設定などは最初のインタビューの時と後半があまりにも違和感があったり、松野にしても読めば読むほど期待とは裏腹に嫌な部分が目に付いて残念だったのだが(もっと「いい人」にしてくれたほうが読みやすかったと思う)後半、裁判の場面からぐっと面白くなった。

大学病院の内情はもとより、厚生省の実態?もしもこんな事があったら怖すぎる。「厚生省のマキャべり」佐久間が印象的だった。ひょっとして、モデルがいたりして。メディアもほんとに信用できない。ベストセラーとか言って読んでるけど、これも情報操作されてるのかも!なんて勘ぐってしまった。
それにしても本著の怖いところは、あと100年も…いや数十年もすれば、これが実際に起きるのではないかという、全くの虚構とは言えないのではないかという空恐ろしさが残ったことだ。お上が道を誤ったとき、それを正すことができるのは誰なのでしょうか?

mocoさんからお借りしました。ありがとうございました♪



誘拐ラプソディー/荻原浩★★★★★
双葉文庫
女房・子供・家・金なにもなし、所持金は635円、借金300万円、そのうえ、勤めていた工務店にはどうしても顔を出せないようなこともしてしまった…。人生に絶望して、行き場もない主人公伊達秀吉が、選んだ道は「自殺」だった。しかし迷っている時に、たまたまそこに子供がいた事から「誘拐」を思いつく。しかし、この子供は…!
主人公の思惑とはどんどんとずれていくこの誘拐は成功するのか??
BGMはもちろん「ハンガリア狂詩曲」で!
冒頭、自殺しようとするこの伊達秀吉の逡巡が面白い!まず、ここで荻原さんのユーモラスな文章に引き込まれた。
そのあとで誘拐した子供・伝助(子供の名前ね)がまた、かわいいの何の。二人の会話に思わず口元はにやける。
展開としては、面白いものの結構想像の及ぶところ。でも、そこにある秀吉と伝助の間にはぐくまれる一種の友情…みたいなモノが読むものの気持ちを暖かくするのだ。またこの主人公秀吉の間の抜け具合!笑わずにおれない。本人はいたって真剣なだけにそのギャップがおかしい。そして、弟・秀次への気持ちがまた…。
笑って笑って、ヒヤヒヤさせられて、最後に泣かされる。荻原さんの魅力満載!と言った作品、オススメします。あ、出番は少ないけど、主人公の勤めていた工務店の親方の存在感がまた、特筆モノですよん!



赤毛のアン/モンゴメリ★★★★★
新潮文庫
農作業の手伝いをさせるのに、男の子を孤児院からもらおう…そう考えていたクスバート家のきょうだいマシュウとマリラの元にやってきたのはやせっぽっちでそばかすだらけで赤毛の、とってもおしゃべりな女の子だった。名前はアン、つづりはAnne(eを忘れないで!)。
世界で一番美しい島、プリンス・エドワード島はアヴォンリー、グリン・ゲイブルズ(緑の切妻)で周囲に驚きとトラブルとそして幸せを振りまきながら成長するアンと、彼女を取り巻く人たちの物語。
何度読んだ事か。
しかし、何度読んでもその都度、笑い泣き感動する。
一冊のうち、半分以上はあると思われるアンのおしゃべりも魅力だが、アンの引き起こす騒動がまた面白くて目が離せない。何度も読んでるのに!
本当にかわいい。少女時代のアンって。かわいくって胸がきゅんとする。
そして、全編にあふれる品の良いユーモアと、アンに向けられたマシュウとマリラの愛情が心地よく、知らないうちに口元が緩んでいるのだ。
いつもながら、マシュウのアンに対する優しさには胸が熱くなる。
しかし、今回はアンのグリーン・ゲイブルズ以前の境遇と、マリラがアンを引き取る事を決めたところがまず泣けました(凄く最初のほうだけど)。
次はアンがクィーン学園に行く事になったとき、マリラが今までのことを思いながら泣く場面で泣けた泣けた。子供が大きくなって、離れていくって寂しいもんね。マリラのこういう気持ちに共鳴するのは私も、そう言う年になったと言う事ですね。
読むたびに違う感動があるのがこの物語の良いところ。
落ち込んだときは、元気回復の書なのだ。



死小説/福澤徹三★★★
幻冬舎
「早期の胃癌です。切りましょう」と言われ、手術する事になった男が術後のベッドで見たものは…●憎悪の転生
不倫カップルが泊まったボロ宿で、知った真実とは…●屍の宿
老人介護用品のレンタルや販売の仕事をする男が体験した事は…●黒い子供
久しぶりに訪れた故郷での叔母の夜伽、男が幼いときに憧れた年上の従姉妹は何故独り身なのか…●夜伽
広告代理店と冷たい家庭との往復でストレスの果てに…●降神
以上5編からなるホラー短編集。
それほど、ゾクゾクするようなホラーではなかったが、特に面白かったのは「黒い子供」と言う話。これは、老人介護用品のレンタル販売会社に勤める男が、それぞれの介護老人を抱える家庭との接触の中で体験する「恐怖」が描かれているのだが、まず、その「老人介護」と言うテーマを素通りできないのである。しかも、介護する家族ではなく、こう言う業者からの視点と言うのが目新しく(病院関係でもない)「自分たちのやっている事は偽善では」と、悩みながらも空いた時間にはパチスロで湯水の如くお金を使ってしまう主人公たちのアンバランスなところに、興味を引かれた。
出てくる老人たちの「ボケ」の個々の症状の違い、取りまく家族の様子、身につまされながら読みました。この作品に関して言えば★★★★。ラストのオチも、この本の中で一番怖かったかな?
「夜伽」も、エロチックな中に意外性のある怖さが入ってて、面白かった。★★★★
「降神」は前回読んだ「壊れるもの」と良く似た設定。壊れそうな家庭を描かせてはとってもリアリティーがあると思う。「怖い」ものというより「転落系」として注目したい作家さんだ。




どろ/山本甲士★★★★
中央公論新社
「新聞が入ってない」という、些細なことが発端だった。
「ひょっとして隣のヒトの仕業では?」と疑いだした事から、その仕返しに「犬の糞を庭に投げ入れる」と言う行為になり、そのまた仕返しに隣の住人が「コスモスを抜く」と言う行為に…。そしてまたその仕返しに…という事をくり返し、とんでもない事になっていく様を、市役所の所員と、ペット葬儀社の社員のそれぞれの目を通して描いていく。
5月の葉っぱ」のkigiさんの感想に惹かれて山本甲士を読んできました。めぼしい物は大体読んだかと思うが、これが一番凄まじかったように思う。
とくに殺人やひどい暴力が出てくるわけではない。日常生活にありうるような、ごく普通のいざこざが描かれてるんだと思う。ともかく「しょーもない!!」んですよ。まったく、大人のやる事とは思えないことなのだ。でも、それも度重なりエスカレートしていくと、異常としかいえないのだ。先日、とある主婦が隣人への嫌がらせをしたということで逮捕された事件があったばかり。そうおもうと、作り事だからと笑って済ませられないような部分も無きにしも非ず。
「とげ」にも描かれていた「役所体質」がここでもまた違った角度から描かれていたり、ペット産業に男の私生活などの描写も読み応えがあった。
今までの作品と違って、今回は双方の視点で描かれているのも面白い。どっちもどっちなんだけど、ヒトがどれだけ自分の視点でしか物を見ていないかが、うまく描かれてて面白かった。

この本はkigiさんにお借りしました。ありがとうございました♪



とげ/山本甲士★★★★
小学館
市役所、市民相談室に勤める晴之のもとには連日、色々な電話がかかってくる。なかには管轄外のことも。内部での押し付け合い、たらいまわし、所員でありながらもその役所体質にはうんざりさせられる晴之。
なんで俺ばっかりこんな目に・・・と、思いながらも、どんどんと悪いことばかりが身の回りに降りかかってきて。
転落系?それとも?
JR事故とも程度の差こそあれ、トップのやり方への憤りには重なる部分があり、タイムリーにも感じた。
市役所の苦情処理係的な部署の内情を描いてあるので、荻原さんの「メリーゴーランド」と「神様からひと言」をパッと連想しました。が、本作のほうがもっとドロ〜リとしていて、毒が強い感じ。
どっちかと言うと、主人公こそ「普通」の考えで「役所体質」に対しての問題提起ということでは、こっちのほうが読み応えがある。ある一つの苦情に対しての「たらいまわし」などは、上手く描かれていて思わずのめりこんで読んだ。
この作家さんは、前に読んだ「かび」の時もそう思ったが、主人公の内面描写が上手い。主人公のその時々の呟きには臨場感があり、そうそう!と、頷いてしまう。家族団欒の描写も、幼い兄弟げんかなど、とってもリアル!よく、仲がよいばかりの一家団欒が描かれてると「嘘臭い」と思ってしまうけど、この作品の「団欒」は、真実味があり。
かくエピソードも無駄がなく、後でリンクしてくるので作品全体が長くても冗長な感じはなし。
ラストが「かび」に比べて爽やかな分、こちらの方がオススメ作品です。
しかし、最後にあの歌「ビリーブ」は!反則ですよ!(笑)



花まんま/朱川湊人★★★★
文芸春秋
切ない系のホラー。ホラーと言うよりも、非日常のすこし不思議な体験がメインなので全然怖くないんだけど、胸が締め付けられるような、涙が出るような…。珠玉のホラー短編集。
初めてこの著者の作品を読んだのだけど、好きなタイプのストーリーだった。
子どもの視点で描かれた不思議な物語に魅了されました。
●トカビの夜
大阪の下町で暮らした頃に、その一角に住んでいた朝鮮人親子の思い出。
「トカビ」って訛ってるらしいが朝鮮の言葉で「おばけ」って意味だそうだ。主人公の優しい気持ちが涙をそそる物語り。
●妖精生物
主人公が怪しげな物売りから買った一匹の不思議な生物。男はそれを「妖精生物」だと説明した。こっそり飼っていたが母親に見つかってしまう。そのころ、家の雇い人の中に大介という若い男が入り、主人公は淡い思慕を抱く。妖精生物が運んできたのは、幸せ?それとも…。
ちょっとエロティックでそして残酷な物語り。
●摩訶不思議
だいすきなおっちゃんが死んだ。だけど、焼き場の前で霊柩車が動かなくなってしまった。てこでも動かないのだ。ひょっとして「ヤヨイさん」がココにいないからじゃないか?考えた主人公は、おっちゃんの恋人をこの場に呼ぶのだが…。
一番ユーモラスな作品で、微笑ましくもあり。
●花まんま
妹が突然ヘンな事を言い出した。行ったこともない所を知っていたり、習ってない漢字でまるで一家の名前のような物を書いてみたり。ついには妹はそこに行ってみたいと言い出して…。
おかしな事を言う妹に手を焼きながら、協力してしまう兄がかわいい。
花まんま、、、って聞くと何を想像するだろう?その意味が分かった時、感動が…。
●送りん婆
死の間際で苦しんでいる人がいると呼ばれる「送りん婆」。
その後継者に指名された主人公が、しばらく「見習い体験」をする。その目で多数の死に際を見て、主人公が感じたことは…。
山岸凉子さんのまんがみたいだった。ストーリーのラストで主人公がつぶやいている言葉にすこしぞっとさせられる。
●凍蝶
友達から仲間外れにされて傷ついている寂しい主人公が、ひとりでやってきた墓場で出会ったミワさんとの心安らぐひと時。
「トカビの夜」でもそうだけど、差別される側をモチーフにした作品を、優しい視点で描いていてすごく心に迫る物がある。この「凍蝶」の主人公も、具体的には書いてないがなんらかの差別を受けている少年だ。描き方によっては嫌な気分になるところ、この作品では優しい気分になり読後感もとってもよかった。

個人的には「トカビの夜」「花まんま」「凍蝶」がかなり良かったので、★×5こ。この3作品に関して言えば正直泣けた。ほかは三つ半ってところでしょうか。オススメです。
あさみさんからお借りしました。ありがとう♪